56話:またまたデインサイド
またまたデインサイド―――
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デインたちはなんとか黒霧の範囲外まで脱出することができたようで、現在は森と別荘地の中間にある予備待機小屋に拠点を作っていた。というのも騎士の一人が天候を見て、局所的な豪雨が来ると予想したからである。
騎士4人、メイド1人、王子1人、令嬢3人、そして市民1人。
10人と言う数は小屋に入るには多いもので、少し窮屈なものであった。しかし、隠し地下には食料と武器が用意されているため、最悪の場面に備えることはできる。
「殿下、ルアンダと共に地下を確認してまいりましたが、誰もおりませんでした。そして、食料と武器は問題ありません。また、仮眠用の毛布が数枚ほど。寒いと感じましたらお伝えください。」
騎士のうち一人は四十を過ぎたベテランであるジェルア。
彼がいるからこそ、この小屋の中は落ち着きで満たされている。
残る騎士のうち二人は中堅どころのルアンダとフォスローだが、この二人ではさすがに経験が足りない。そして最若手であるジャックは雰囲気こそ落ち着いているが、心境はこの小屋内で一番にビビッている。
「あぁ、分かった。しばらく出れそうにないから安心したよ。」
「えぇ、ここまでの豪雨だと空も見えません。どれほどの時間、どこまでの範囲の天候なのか…さすがの私でも推し量れません。」
デインは椅子から立ち上がって窓の外を見てみるが、数メートル先でさえも景色が分からないという有様だった。非難するという選択肢は間違いではなかったが、ただ待つしかできないという時間がもどかしい。
そして、沈黙の十数分が経ち、口を開いたのはフォスローだった。
「それにしても、ルアンダの奴…もう少し入念にチェックしたいと言っていたが…さすがに遅いな。おいジャック、見て来い。」
「はい!」
ジャックは少し小走り気味でキッチン場まで移動すると、その端にある床扉を開いて中に入っていく。そして、数秒が経った後、地下の方からジャックの叫び声がした。
『うわぁぁぁぁぁぁぁ!』
デインはジェルアに目配せをすると、二人して立ち上がる。そして、空気を読んだフォスローは不安げな顔をする女性陣営に、大丈夫であることを語りかけ安心させようとしていた。
そして、地下に降りたデインとジェルアが見たのは、尻餅をついて震えているジャックと、うつ伏せになって倒れている恐らくルアンダであるであろう男――の周囲に血だまりができている光景だった。
ジェルアは剣を抜くと、その腹の部分を使って男をひっくりかえした。
やはり、その男はルアンダであった。
しかし、その喉元には――ナイフ。
「こ、これ…ルアンダ先輩が…高い買い物したって…自慢していた、ナ、ナイフ。そ、それにこの手…まさか、自分で喉を!?」
「死体は彼女たちに見せるべきではないね。隠せるかい?」
「そうですね…私に任せてくれますかな?」
前面顔付近は血みどろとなっているが、その表情はまるで何かに恐怖しているかのようであった。しかし、そうだとしたら死に際に叫んでいるだろうし、そもそも自害を今この場でしていること自体が不可解。
「しかし、これに近い死体…一度見た気が…確か…精神魔法の被g――」
次の瞬間、ルアンダの裂けた喉元に何かがいるのを三人が見た。
血のせいで具体的に何かまでは見えないが、確実にいる。
そして、傷口を無理矢理こじ開けて、中から現れたのは一匹の黒色甲虫だった。それはちょっと森に入って、ちょっと大きな石でもめくれば見つけれそうな――なんの変哲もない黒色甲虫。
一匹
二匹三匹
四匹五匹六匹
七匹八匹九匹十匹――
もはや数えることすら不可能と言えるほど、這い出てくる虫の早さは増していき、思わず三人は後ずさった。しかし、逃げることなど許さないとばかりに、虫はその足へと到達すると、徐々に体を這い上がって来る。
(これも! 襲撃者によるものなのか!)
デインは一番先頭の虫を握りつぶそうとするが、そこには感触と呼べるもの一切が存在しない。手をすり抜けたその虫は顔面まで到達し、彼の口や耳から入り込もうとしてくる。
まさしく、悪夢。
今すぐにでも咽せかえりたい。呼吸を止めてしまいたい。
耳の奥が、頭の中が、腰のあたりがぞわぞわして仕方ない。
(耐えろ耐えろ! ここで口を開けようものなら、私でもきっと…耐えきれない!これは幻覚、現実じゃない、現実なんかじゃない!)
虫が埋め尽くす視界の中、その隙間にジャックが見えた。
膝を付き、天井を仰ぎ、口を開いている――その中へと虫が侵入。
そして、彼の左手には剣が握られている。
まるで虫が喉に詰まっているかのように、剣を彼自身の――
「させないッ!」
デインは歯を食いしばったまま叫ぶと、その剣の刃の部分を掴んで動きを止めさせる。それでも止まらないジャックの剣に、デインの掌は切れていくがそれでも手を離すことはしなかった。
幸か不幸か、その判断は正しかった。
手に発生する痛みによるものなのか、視界に入る虫がなんだか半透明なものになっていた。それに心なしか数も減っているようで、これはやはり幻覚の類であるのだとデインは確証した。
彼は口を開けて大きく深呼吸すると、身体強化の魔力を足に集中させると、思いっきり地面を踏み叩いた。大きな音にビクリと体を震わしたジェルアとジャックは、首だけを動かしてデインの方を見る。
「私の言葉だけ聞け…これは幻覚だ。」
その言葉に幻覚が完全に解ける。
「で、殿下ぁ…。」
「助かりまし…た。さすが…王の一声…ってとこで?」
床に倒れて咽るジャックと、呼吸を荒くしながらも何とか耐えていたジェルアはそれぞれにデインに感謝する。しかし、気持ちを落ち着かせる間もなく、敵は次の一手を開始させていた。
ふと眩暈が生じたかと思うと、一瞬だけ視界がブラックアウトする。
明けた視界は――辺り一面が砂漠の世界だった。
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