55話:金色の聖女
結果から言えば、その刃がシュヒ―ヴルに届くことはなかった。
大鎌がまるで見えない球体に阻害されたかのように、不自然に捻じ曲げられているのだ。このような芸当が可能なのは防御系の魔法ぐらいだが、黒魔法を相手にしているのだからそれはありえない。
理由が分からない。
しかし、原因は推測できた。
シュヒ―ヴルとロルディンの間に、金髪の美少女が立っていたからだ。
「驕りが過ぎましたね、シュヒ―ヴル。わざと時間をかけるのは、あなたの悪い癖ですよ。今回で懲りて欲しいものですが…。」
心に透き通るような凛とした声で語りかけた少女は、悲し気に目を伏せる。その一挙一動があまりにも美しく、さらに醸し出される不思議な雰囲気のせいで、そこにいる全員の戦意が喪失してしまっていた。一同は武器を仕舞って臨戦態勢を解き、森の中で控えていたベルナンド筆頭の騎士たちがゾロゾロと現れる。
「皆さま、初めまして。私の名前はズァーレ、【金色の聖女】でございます。破壊の運命を捻じ曲げる金色……というのは聞いたことございますでしょうか? 以後、お見知りおきを。」
ペコリと頭を下げるズァーレに対し、対話のために前に出てきたのはベルナンドであった。彼は顎を触りながらしばらく黙り考え、そして口を開く。
「ふむ…その様子ですと、聖女様は戦われないのですかな?」
「はい、私には守る力しかございません。ゆえにシュヒ―ヴルがここまで損傷しているのであれば、できることと言えば会話することだけですから。それに私の役目はもう果たしておりますので。」
「役目…ですか。」
「あらかじめお伝えいたしますが、私たちゼノン教、最終目標は『世界の終焉』でございます。今回の襲撃はそのための予防線の一つにすぎません。」
その言葉にピリリとした空気が流れる。
この国を狙うというだけなら、もしかしたら仕方ないと思える事態があるかもしれない。しかし、行きつく先が世界規模の終焉となれば話は別だ。
「我々と敵対するのは…事情があるからと言われれば納得できますが…。破壊の運命に抗う聖女が、世界の滅亡など…どうしてなのか教えてくださるのですかな?」
「単純なことです。破壊の運命を辿らない最適解は、すでに破壊されていることだと思っているからです。生きているから死ぬ、死んでいれば死なない…ただそれだけでございます。」
彼女は聖女だ。
願うのは世界の安寧。
それについては全種前歴の聖女が共通すること。
しかし、それを成すための過程が歪んでいる。
幸福を与えるということは非常に困難であり、それが世界規模ともなれば不可能の領域。確かに不幸を取り除くことも困難であるが、不幸を感じなくさせるのは殺せばいいだけなのだから簡単だ。
歪んだ善意は悪意に匹敵する。
「幸福の反対が不幸だとしても、幸福の否定は不幸にならないわ! 逆だってそうよ! あなたがやろうとしていることは…幸福な世界なんかじゃない! ただ不幸ではないってだけよ!」
思わず口を挟んでしまったネルカに、ズァーレは目を伏せて涙をホロリと流した。そして、何かを思い出すように唇を噛むと、背筋を伸ばし目を開いて答える。
「そう…ですね。これは不幸を取り除くだけ…いえ、取り除くわけではない…不幸を感じさせないだけです。しかし、手段はこれしかないのでございます。」
「だとしても、あるかもしれない幸福を奪う権利はあなたにはないわ。」
「限定的な人間の幸福取得と、総合的な人類の不幸除去……天秤にかけられないのは、あまりにも自己中心的と言えます。あなたは個人の幸福を望み、私は世界の安寧を望む。それだけの違いでございます。」
彼女は聖女だからこのような考えに至ったわけではない、彼女がこのような考えに至りうるからこそ聖女になったのだ。何を言われようとも自分の意見に確固たる意志を持ち、まるで聖女の力のように周囲が意見を曲げるまで貫き通す。
「それに、あるかもしれないのは幸福だけでなく、不幸も同じでしょう?」
「それは…ッ、そうよ。」
「あなたは餓死を防ぐために魔物を食べたら、魔魂喰らいになったことはある? 天変地異により住処どころか故郷そのものがなくなったことはある? 怪物と言われて迫害を約百年で受けたことはある? それがそこにいるシュヒ―ヴルなのです。」
「……。」
「あなたは数時間前までいっしょに遊んでいた友達が、戦争によって死んでいく姿を見たことがある? 自身に降りかかる不幸が、周りの人間に反れていくのをただジッと見るしかできなかったことはある? どんなに死んで楽になりたいと思っても、聖女の力で死なせてもらえれなかったことはある? それが私です。」
地獄は見て来た――だからこそ、他者に地獄は見せたくない。
それこそが彼女の行動理由であり、やはり聖女なのだ。
彼女の背後に一匹の飛龍が降り立つと、その背から不愛想な表情をした一人の男が降り立つ。そして、その男はシュヒーヴルを肩に担ぎ、ズァーレを脇に抱える。
「何と言われようが、死は救済というのが私の心情でございます。無の世界に不幸はございません。これだけは変わらないことなのですよ。もし賛同してくださる方がいれば、ゼノン教に入信することをお勧め致します。」
その場にいる騎士の誰も動けず、男が飛龍に飛び乗るのをただジッと睨みつけることしかできなかった。羽ばたき始める飛龍の背から、ひょっこりとズァーレが顔を出し、頑張って大きな声を上げた。
「私たちの向かう道にあなた方がいますので、また会うこともあるでしょう。しかし正義など人の目の数だけあるものでございます。反発するのも仕方ないことでしょう。それでは皆様、ご機嫌用。」
誰も乗っていない残された飛龍も、慌てるように飛び立つ。
こうして、二匹の飛龍が山の向こうへと去っていった。
【皆さまへ】
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なので、コメントしてくださるともっともっと嬉しいです。
よろしくお願いします!
~~オマケの設定紹介~~
【ズァーレ】
セイス国(現在はベーティ帝国に吸収)出身。
リフュユース国のド近所で、シュヒ―ヴルとは8年の仲。
現在の金色の聖女。
彼女に降りかかる偶然的不幸は自然な形で逸れ、意図的不幸は不自然な形で捻じ曲げられる。斬ろうものなら剣は曲がり、餓死しようものなら誰かが見つけて救い、高所から落ちようものなら突風に助けられる。聖女の力は魔力ではないため、黒魔法で突破することも不可能。
また、ゼノン教の最高幹部の一人でもある。
最大目標は世界の終焉/最低限目標は自身の死。
理由については世界の救済のため。
生きているからこそ、不幸が訪れる。
死んでいれば、不幸は訪れない。
だからこそ世界の終焉=世界の救済だと信じている。
初期年齢14歳、身長150前半。
金髪ロング・清楚・何も知らない人は彼女を助けたくなる
普段は碧眼・聖女の力を使う時は金色になる。
性格:世界に救いを・不幸なき世界へ・善性
好きな食べ物:料理として成立しているものすべて
嫌いな食べ物:特になし
好きな人間:いつか世界は無になるので、それまでだけは無限の愛を。
嫌いな人間: 自分(正確に言えば、聖女の力を持った自分)