48話:タッグバトル
森の中を駆けるネルカは飛んでくる四振りの直剣を弾きながら、切り返しのタイミングをどうするか考えていた。トーハとの距離は近づかず離れ……若干ながらに離せているような気もしないわけでもない。
(しかし、あの獣畜生、どこ行ったのよ。)
セグの気配がまったくしない。
木々を蹴るようにして移動していたのをチラリと見えたのが一回あったきりで、ネルカは完全にセグを見失ってしまっていた。気配を断つのが上手いのか、黒い霧が原因なのか、それとも速く動いていて捉えれていないのか――もしくは全てか。
トーハと戦ってる最中にセグに横やりを入れられるのと、セグと戦ってる最中にトーハに横やりを入れられるのは訳が違う。ネルカ的にはなるべく後者でやっておきたかった。
(見つけられないなら仕方ないわね。)
ネルカは急なターンをしてトーハへと肉薄する。その首に突き刺さんとする手鎌に彼は何とかガードを挟むが、残っている左手が同じく首元へと攻撃をしかける。
「させるか。」
いつのまに現れたであろうセグが低姿勢で潜り込んでおり、空いた左脇めがけて爪を引っ掛けようとする。さすがの彼女でもその速さに追いつくことは不可能で、魔力膜の前ではあってないような反撃しかできないまま体をよろめかせる。そんな彼女に追討ちをかけるように、トーハが彼女の頬を曲剣で打つ。
――打たれたことにより視界がチカチカする。
なんとか踏みとどまったネルカは迫るトーハに目を向けると、右腕を突き出して攻撃を防ぐ。ミシミシと骨が悲鳴をあげるが、辛うじて弾き飛ばすことに成功する。
そして、右目をそのままに左目だけをギョロリ動かし、さらに迫るセグに対して鎌の柄でその頭を殴りつける。
「チッ、ここまで動けるか。」
「アイリーン、思い出す、出鱈目。」
治りつつあった腹部の怪我が再発したことにより、思わずネルカは痛みをこらえる表情を浮かべる。頭を殴られながらも左手を軸にして放つセグの旋蹴に反応できず、彼女の体は吹っ飛ばされる。
「がっ…。」
頭から地面に倒れ込んだ彼女は慌てて起き上がろうとするが、体を持ち上げた目の前にはすでに浮遊直剣と獣爪が迫っていた。さすがにこれを受けるのだけはマズいと頭では理解しているが、どうも体が上手く動かせない。
それでも彼女は目を閉ざすことだけはしなかった。
「――【セェリン・バラ―ハ】!」
次の瞬間、土の柱が斜めに出現し、直剣とセグを吹き飛ばす。
何が起きたのか分からないネルカは、柱が出現した方を見ると、そこには誰かが歩いて近付いて来ているようであった。そして、その人物を見たネルカは目を細めると、立ち上がって軽口をこぼす。
「フフッ、ヒーローは遅れて登場ってことかしら? ねぇ、エル。」
窮地を救った者はエルスター・マクラン。
ネルカを見る彼の目は――信頼と親愛に満ちていた。
「いやぁ、気持ちの整理に時間をかけてしまいましてねぇ。」
「あら、それなら答えを聞かせてくれるのかしら。」
「そうですね。好きですよ、ネルカ。」
「それが聞けて安心したわ。」
情緒の欠片もないような淡々としたやり取り。状況だって殺伐とした中である。人によってはこんな愛の告白など嫌がる者も多いだろう。
だけど、これこそが彼女のトキメキを刺激する。
彼と自分らしいではないか。彼と自分だけじゃないか。
唯一無二の関係――この要素だけでネルカは頬を染められる。
「じゃ、続きの話は終わってからにしましょう?」
ネルカはすぐ前まで近づいてきたその顔を見る。エルスターの顔には黒魔法のマスクが装着されており、彼ら彼女らはきちんと配布できたのだと悟る。しかし、それでも腑に落ちないことがあるのか、彼女はコテンッと首を傾げると、気になることを訊ねる。
「そう言えば…今の…魔法でしょう? この黒霧の中でどうやったのよ。」
「簡単な話ですよ。土を生み出すのではなく、操作しただけです。」
――黒魔法によりこの場は通常の魔法は使えない。
しかし、この表現は実際には正しくない。
――黒魔法によりこの霧の中では通常の魔法は使えない。
つまり、外気に触れていない範疇では魔法が使えるということである。
馬で駆けながら詠唱を行い、発動させないように体の内側に魔力を溜め、必要になった時に地面の中に手を突っ込んで魔法を発動させる。こうすることで黒霧の中での魔法の行使を可能としたのである。
「なるほどねぇ、あなた、随分と器用な人ね。」
「纏った魔法で身体操作補助するあなたに言われたくないですよ。」
そこらの凡人では詠唱をストックさせることも、霧に触れないよう魔力を外に漏らさないこともできない。彼がここまでの魔力練度を手に入れたのは、単に殿下のために鍛えてきたからに他ならない。
彼は才能を見出すことに長けている。
しかし、彼自身の才能はそこまで高いわけではない。
ただひたすらに考え、ただひたすらに試し、ただひたすらに鍛えた。
全ては殿下のため。
努力の結晶ではない、忠誠心の結晶だと彼自身は信じている。
「さぁ、共に戦いましょうか。愛しのネルカ。」
「フフッ、素敵な誘い文句ね。愛しのエル。」
今後はきっとこの忠誠心に、愛が加わってくるのであろう。
背中を合わせあう二人は――確かに笑っていた。
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