46話:水面下の影
黒い霧が敵の発したものであるのならば、毒やそういった類である可能性が高い。だからこそ、四人は黒魔法のマスクを外すことはしなかった。
そして、この霧と目の前の男の正体を誰よりも早く察したのはネルカであった。
「これ…黒魔法の霧ッ!? あなた…まさかッ!」
そう、それはネルカと同じ魔法。
すなわち、襲撃者は――【影の一族】。
「あぁ、貴様…あの女の娘か。うわさは聞いていたが本当だったとはな……見目は似てはいないが、声があの女の若い頃にそっくりだ。」
「あの女って…母…のことよね…。」
「あぁ、アイリーンと俺は従兄妹。名はトーハ。」
トーハは忌々し気に彼女を睨みつける。
白髪と顔の皺の雰囲気枯らして年齢は40・50代だろうか。開いた翠眼と二重瞼、そして細く横長の眉毛、親族故か母親に似ているというのが彼女の感想だった。
「おい、感動の親戚出会いは置いとけ。どうする…魔力膜が使えねぇぞ。」
「マスクを外さないで…身体強化も使えなくなるわよ。」
「これが黒魔法…嬢ちゃんと同じやつか。」
その原因は黒魔法の霧である。
外気に触れている魔力膜が使えないのはもちろんであるが、マスクを外して呼吸をしてしまうと身体強化も使えなくなってしまう。
例え一流騎士でも身体強化なしのハンデがあれば、三流騎士相手でもキツイと言われるほどに、戦闘においての魔力の有用性は大きいのだ。
それにしても、この広範囲に黒魔法を気化させるというのだから、魔力量と魔力練度がいくら高くても、さすがに戦闘のために魔力を回すことはできないだろう。こんな堂々と現れてくるはずがない。となれば、目の間の男とは別に黒魔法の使い手がいるはずだ。
「こんな準備までして何の用かしら? トーハおじ様。」
「そうか、貴様らは国トップが何をしているのか知らなかったのだな。その魔魂喰らいだって準備の一つに過ぎない……そう…戦争のための準備だ。」
「戦争…俺らの国が…? バカ言うんじゃねぇ!」
「信じるかどうかは我らには関係ない。不安要素は始末しておく、それだけだ。」
明らかに相手は臨戦態勢であり、警戒の仕方がネルカにだけ向けられていることから、同族以外は黒魔法の前では何もできないのだと高をくくっているに違いない。つまり、黒魔法のマスクのことは考慮外のはずだ。
「この男の相手は私がするわ。」
「おいおい、一人でか? 何が真実でも俺らは騎士…この国のために戦うつもりだ。それが俺のプライドってもんだ。」
「大丈夫。それに…この男を相手するより、もっと大事なことを頼むつもりなの。はい、これ…作れる限りのマスクよ。騎士団の仲間に届けて欲しいわ。」
逆に言えば敵の計画は魔力使用不可であることが前提のはず。森に散らばっている者や、殿下を護衛している者たちにマスクさえ配ることができれば、この状況を打破できるかもしれない。
それに、霧を発生させている根源を叩ければ、そもそもマスクすら必要が無くなる。どちらにせよ、目の前の男で人数を消費するわけにはいかない。
そんな彼女の意図をくみ取ったのか、ロルディンは頷くと残る後ろ二人に数枚のマスクを渡して、こちらがすべきことを説明する。
「霧のせいで魔力が使えねぇみてぇだが、このマスクがあれば…魔力膜は無理だが…身体強化は使える。配るぞ。コルナールの嬢ちゃんは殿下の方を……俺とコイツは森の中を駆け回る。」
「分かったです……スンスン……アイナ様の匂いは消えていないです。これなら問題なく帰れるです。」
「匂い…お、おう…じゃあ、ネルカちゃん…そいつは任せた。」
「えぇ、そっちこそお願いね。」
つい最近も足止めを任されて孤軍奮闘したばかりだということを思い出し、ネルカはフフッと笑みをこぼしながら、黒衣と大鎌を生成する。
「まぁ、妥当な判断だ。身体強化も魔力膜もできない奴らなど、足手まといもいいとこだろう。援軍か? それとも逃がしただけか?」
「親族水入らずの会話がしたかっただけよ。」
「ほざけ。我らはあの女を親族などとみなしておらん。我が一族の最高傑作と言われておきながら、暗殺対象の弟と駆け落ちだと…? ふざけるな…ッ!」
「あら、私の母は最高傑作だったのね。娘として…弟子として…誇らしい気持ちでいっぱいだわ。私は恥じない活躍をしなくちゃね。」
トーハは自身の武器である六振りの剣を生成すると、彼女の方に歩いて近付き始める。対するネルカも同様に歩いて近付き、ついには互いの間合いにまで距離が縮まって足を止める
先にどちらが動くのかという状況――場の緊張が張り詰める。
否、張り詰めた緊張はトーハだけで、ネルカは涼しい顔をして見下ろしている。そんな彼女の姿がどうしても――トーハに過去の屈辱を思い出させた。
「その余裕…やはり…似ている…。腹立たしいッ! 殺すッ!」
「そりゃあ余裕よ。だってあなた…黒血卿と会った時のような覇気がないのだもの。つまり、アレよりは弱いってことでしょう? だったら怖くないわ。」
その言葉にトーハは見て分かるほどの青筋を立てると、魔力を膨らませて戦闘を開始させた。
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