38話:聖女
マリアンネが目を覚ましたとき、そこはどこかの地下倉庫のようであった。そして少しモゾモゾ動くと自分が椅子に座って縛られていることに気付く。これはいったいどういうことかと周囲を見渡すと、そこには自分以外がいることを気付き、そのメンツにギョッとする。
「目覚めたようですね…ではマリアンネ嬢の事情聴取を行います。」
そう口を開いたのはエルスターだった。その横にはデインがおり、後ろには側近であるマルシャとトムス、護衛であるベルナンドとロルディン、そしてネルカが立っている。自分がなにか不敬になるような行動をしたのかと焦ったが、どうもネルカの表情はそうではないようではある。
「これはどういうことですか!?」
「ネルカからあなたの報告は受けていますが…何となくは知ってるけど、詳細までは把握できてない…とのことでしたので直接本人に聞くことにしたのですよ。夜会で忙しくて少しばかり時期は遅れてしまいましたが。」
「し、師匠! 騙したんですか?」
「マリ、ごめんなさい。今回はエルに逆らえないのよ。でも、ローラ様の一件は男装させたマリも悪いと思わない? あの時の罪償い…つまり因果応報よ。」
「いや! 気絶させた師匠が全面的に悪いですよね!?」
マリアンネとしては未来をある程度に知っていることを、特に隠しているわけではない。しかしながら、秘めておくようにとネルカから言われていたことと、自身が聖女として覚醒しなかったこと、そして実は前世の記憶を完璧に思い出したわけではないこと――それらの要素が重なり他の誰かに伝えようとはしなかっただけである。
「まぁ、アタシが知ってる範囲なら…いくらでも話しますよ。わざわざこんな回りくどいことしなくたって…王子権限で命令すればよかったじゃないですか…。」
「おいピンク髪、殿下に失礼だぞ。」
「いや、エル、私は構わないよ。それに苦言であればネルカ嬢にするのが筋というものだろう? 彼女としては友達を守るためだったかもしれないが、結果としては行き違いが生じた。」
「はい…申し訳ございませんでした。」
「…ふんっ、ほらピンク髪、話せ。」
とりあえず拘束だけは解いてもらえたマリアンネは、硬くなった肩をコキコキ慣らすと佇まいを正す。そして自身が前世の記憶を持っていること、この世界がゲームの話であること、恥ずかしながらもダーデキシュを追って入学したことなど――知る限りのことを全部話した。
「まさか、そんなことが…ね。」
「嘘でしょ…。」
デインは顎に手を当て何かを考え、マルシャは信じられないといった表情を作り、他の4名は驚きはしたもののそれを表には出さなかった。ここまではすでに話を聞いているネルカは、ここからの知らない部分を他に代わって促す。
それは彼女が思っていた以上に大事なことだった。
――聖女に毒を盛ろうとする事件が起きたり――
――ジャナタ王国から聖女に対して刺客が送られてきたり――。
――魔の森にて聖女の力に反応した魔王が復活したり――。
聖マリはそこまで戦いを押しているわけでもないので、それぞれのルート攻略での人間関係の障害が多い。そのため物騒な事件が起きるとしても、それは一年にちょっと程度だったりである。
もっと言ってしまえば魔王復活も含めてほとんどの事件が『聖女がいるから起きること』であり、聖女本人であるマリアンネが覚醒していない現状、彼女はあまり危機感を覚えていなかったのだ。
「だけどまぁ、その聖女って力がない限りは、大丈夫そうじゃないっすか。安心したっす。それに物語展開もボロボロみたいだし、あって無いようなもんじゃないっすか!」
暢気な声を出すのはお馬鹿なトムスだったが、隣に立っているマルシャはその頭を軽く叩く。何をするのかと憤る彼であったが、対する彼女の視線はバカを見る目であった。
「問題なのは起きるか起きないかではなく、聖女を狙う理由だろう!」
「そんなの聖女って存在が邪魔だからっすよね。」
「どうして邪魔になるかを考えたまえ!」
「そもそも聖女って何をするんすか?」
「そこからか!」
聖女――彼女たちは破壊の運命への特効を持つ。
正確にどんな存在で出現にどんな法則があるのかは謎に包まれているが、髪の色と聖女の力は必ずワンセットになっていると言われる。現在に聖女と呼ばれることが許されているのは、確認されている限りでは4人である。
――破壊の運命を捻じ曲げる金色。
――破壊の運命から身を隠す紫色。
――破壊の運命に立ち向かう白色。
――破壊の運命から身を守る黄色。
そして、マリアンネが仮に聖女の力をその身に宿しているのであれば、彼女は『破壊の運命を修繕する桃色』になるだろう。
「え? 聖女ってそんなたくさんいたんですか? それに修繕って…アタシ、てっきり規模のデカい癒魔法だとばかり…。」
「キミも理解していなかったのか…。」
そんな力を好ましく思うことはあれど疎ましく思うことなどあるはずがない――本来は。もしあるとするのならば、それはきっと『嫉妬』『邪魔』のどちらかなのだろう。前者ならトムスの言う通りに聖女が出なければいいだけ、しかし後者ならばどうだろうか?
「聖女の力が必要な状況が…裏で起きている可能性が高い…ね。」
「それに彼女の行動で起きなかったイベントがあるなら、その逆で起きることになってしまったイベントもあるはずですねぇ。アランドロ公爵家の反逆は本来は起きなかったようですし。もっと言えば、彼女が思い出せていない重要事件があるかもしれませんよ。」
エルスターの言葉にそこにいる一同は押し黙った。水面下で何かが起きていることは確かだが、その具体性がまったく見えてこない現状に、ありとあらゆる可能性が頭をよぎってしまうのだ。
ならば――デインは今後について結論を付ける。
「まぁ、あるか分からぬ情報に左右されることもないよね。マルシャは社交界で、エルは別個で情報を収集するだけ。トムスは私の護衛を。それだけは変わらない事だよ。」
「「「はっ!」」」
「で、マリアンネ嬢は時間があれば分かってることを、何かに書き残しといてくれないかな。そして、ネルカ嬢は彼女の護衛と引き続きエルの手伝い…って感じで。」
「は、はい!」「分かったわ。」
不安が解消されたわけではないがやることだけはハッキリとしたことで、一同から眉間の皺を取ることには成功したようであった。こうして、秘密の集会は解散されることになった。
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