37話:アタシのたのしいなつやすみ
新章突入します!
とりあえずチュートリアルが終わったので、こっからは遠慮なく色んなキャラを……これ以上は実際に読めば分かります。言えることといえば「この章で出てくる情報は、最後まで重要になる」ということだけです!
夏季休業の後半、ネルカはマリアンネと二人で馬車旅をしていた。
というのもネルカの功績に感謝したとある人物が、約一週間近くも避暑地用の別荘を用意してくれた――というのは彼女を王都から出すための口実。
あれから国王たちは無事に帰ってくることができたものの、王都ではクーデターの後始末で忙しい状態で、彼女があそこにいたらエルスターと共に動きそうだと判断されたのだ。彼女は療養が必要なのだ。監視役としてのマリアンネを添えて。
残念ながらエレナは用事があるということで不在だが、もしかすると途中参加で来れるかもしれないということであった。また、ネルカとは仲良くなったローラについては、集団としての友の輪に入ることはできないと本人が辞退した。これまでの人間関係と彼女の性格を考えれば、完全に仲良くなるには少し時間がかかるのであろう。
「師匠! 風が気持ちいいです~! あ~、サイコ~ですぅ~!」
「落ちないように気を付けてね。でも気持ちが良いのは確かだわ。」
ちなみに、マリアンネがコールマン家タウンハウスに着いた時、出迎えてくれたのはネルカと――ダーデキシュだった。他兄弟は領地に戻ったのだが彼だけは「遅れてからでいい」と言い、マリアンネを見ると「義妹をよろしく」と頭を撫でるのであった。頭を撫でられる権利を取ってしまって大丈夫なのかと、彼女は恐る恐るネルカを見上げたが、嫉妬して――同じように頭を撫で始める始末だった。
結局のところ、ゲーム世界だろうとリアル世界だろうと、この義兄妹はヒロインを可愛がることを経由して仲良くなる運命なのだ。
「フフフ、お菓子貰ってるから、窓閉めて食べましょうマリ。ほら、あ~ん。」
「…むぐむぐ…美味しいです! じゃあ、師匠もどうぞ!」
「ありがとう…ほんとうね、美味しいわ。」
しかしながら、出発してしまえば彼女を独占する権利はネルカにある。そんな優越感に浸りながら溺愛していた。ネルカの表情は完全に緩み切っており、彼女のことを知る者がこの光景を見たら驚くに違いない。
そんな幸せの時間を過ごしながら、夕方になる頃には目的地である湖の畔に辿り着いていた。ここは王都東の山を越えた先にある王家管理の土地――バスラン湖。囲まれた山と吹く風の影響でこの時期は涼しくなるため夏に人気がある。
東のエリアは別荘密集地帯であるが、反対であるここ西のエリアは大きな屋敷が3件、そして屋敷というよりはハウスと呼べる建物が1件あるだけであった。
彼女たちが寝泊りするのはそのハウスである。
「師匠師匠、見てください! 庭あるし、湖は見えるし…最高じゃないですか!」
「えぇ、そうね。とても素敵なところだわ。」
馬車から降りるとマリアンネはネルカの手を引っ張り、家の中ではなく裏手の方へと走り出す。そこには茶会ができるような大きめのガゼボがあり、見える景色は花が咲き乱れる丘と広大な湖であった。二人はその景色にしばらく見とれて立ち止まってしまったが、不意に一陣の風が吹くと我に返る。
「つ、つぎは中を見ましょう!」
もう一度に表側に戻ってくると、そこでは馬車を運転してくれていた従者が荷物を降ろしているところであり、あまりに浮かれてしまったと恥ずかしがる二人に従者は暖かい笑みを浮かべる。
あらかた荷物を出し終わり従者と別れた二人は、改めて世話になるハウスを探索することにした。大きさは4,5人を想定してのものだろうが、従者とは別れる彼女たちにとっては十分すぎるもの。
「こここここれは! 冷蔵保存用の魔道具! ふあぁ~、氷の魔石ってこの国だと珍しいんですよ! それに見てください師匠、この国じゃ入手しづらい食材がいっぱい、今日は何作ろっかなぁ♪」
「私はあなたの料理が楽しみよ。」
「それにこの案内地図…近場に乗馬場があるみたいですよ! アタシ馬乗ったことないんです! でも森でピクニックなんかもいいかもしれません! あぁ、迷っちゃう。」
「焦らなくても一週間はあるのだから、きちんと行く予定立てましょう。」
目を爛々と輝かせるマリアンネは家の中を隅々まで調べていた。対するネルカは家の中に入ってからむしろ落ち着きを取り戻しており、はしゃぐ友の姿を暖かい目で見守りながら、淡々と茶の準備をしていた。そして、紅茶が用意できるとマリアンネを呼び、とりあえず椅子に座らせることにした。
「はぁ、こんな良い物件で一週間も過ごせるなんて、幸せですよアタシィ。」
「フフフ…。」
「師匠?」
なんだか様子の違うネルカに不安を覚え、怖くなったマリアンネは紅茶を飲んで気を紛らわす。しかし、どういうわけか紅茶を飲んで少しすると急激に眠気が彼女を襲い、思考が緩んできているのかコクコクと頭は舟をこぎ始めた。
そんな彼女の様子を見たネルカは「さすがエルの用意した薬ね、早いわ。」と小さな声でつぶやくと、黒魔法を発動させて自身の体にまとわせる。そして、ついに机に突っ伏してしまったマリアンネの顔を覗いて話しかける。
「そりゃあそうよ、良い物件に決まってるわ。」
「え…?」
「だってここは――デイン殿下が手配してくださった家だもの。」
薄れゆく視界の中で彼女が見たものは、申し訳なさそうな表情のネルカだった。
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