36話:収束と後始末
これにて真の意味での第一章は終わりになります。
次の話からはストックの問題で投稿頻度を減らす予定です。
ですが、最低でも一週間以上を空けることが無いようにしますので、これからもよろしくお願いします。
ある屋敷の入り口に、一台の王家の紋章が施された馬車が停止する。そこから出てきたのは血の夜会の一件の後始末により、寝る時間が減ってしまい目の隈が酷くなった――第一王子ケルトと第三王子デインの二人組みだった。
やつれた姿ながらも美しさが見てわかる二人に、屋敷の使用人たちは思わず見とれてしまっていた。
「まだ数日しか経っていなかったと思うけど? ネルカ嬢。」
そこはコールマン家タウンホーム。
案内された二人が向かったのは、応接間などではなく屋敷の裏庭だった。そこには、逆立ちをしながら腕立て伏せをしているネルカの姿があった。
「あら、デイン殿下……と…えっと…。」
「ケルト・ザ・ベルガー……一応、王太子だ。」
「連絡もなく来てしまって申し訳ないね。今から準備も大変だろうから、ここで話をしようか。……それにしても、怪我は本当に大丈夫なのかい?」
「さすが王宮お抱えの癒魔法術師というとこかしら。夏季休業の残り日数は治療に専念かと思っていたけれど、この様子なら万全とは言えなくてもある程度は動かせるわね。」
あの日以降、黒衣で自身を動かすという感覚に慣れたネルカ。極限下における集中力が必要なのか、バルドロと戦ったときのような完全な操作はまだできていないが、
それでも本来は未だ安静必須の状態でありながらトレーニングを再開できるほどの身体補助は可能となっていた。
「コールマン家には世話になった。感謝する。」
「ありがたく謝意をお受けします、王太子殿下。」
「それで、事の顛末はどこまで聞いている?」
「義父は…何も…。」
義娘をとにかく休ませたかったアデルは、事件についての一切を彼女に伝えようとはしなかった。それどころか部屋から一歩も出したくない気概で、結局は脱出されてこのように庭でトレーニングしているが、監視を数名付けていたほどである。
「まず、ネルカ嬢が暴れたこと…マクラン家が毒殺されたこと…この二つに関しては、敵を欺くための計画であったと事実通りに周囲に知らせた。あそこまでの大事、隠すことはできないからね。」
「はぁ…そうなのね。」
「ただし、側妃は幽閉…ってことにしてる。実態は居所不明だけどね。えぇっと…確か報告書によれば、黒血卿といっしょに逃げたんだっけ?」
「えぇ、その通りよ。」
別れ際の元・側妃の笑顔を思い出した彼女は忌々しいと表情を作り、舌打ちしたくなる気持ちを抑えながらそっぽを向く。しかし、ふと何かを思い出したのか、デインに再び向き合う。
「そう言えば…マーカス殿下はどうなるのかしら…?」
その言葉に今度は王子兄弟の表情が険しいものとなった。(聞いてはいけない事だったかしら…)と不安になったネルカだったが、ケルトは溜息を吐くと言葉を紡ぐ。
「あぁ、マーカスは――。」
― ― ― ― ― ―
時は遡って――夜会翌日――アランドロ家屋敷。
クーデターに参加しようとしていた兵士たちは、結界魔法が切れるや否や全てが降伏の意を示した。そこには王宮騎士団と数家騎士団を相手取るという気概、というよりはそこまでする義理がなかったのだ。
あくまで結界魔法で守られることが前提である、下級騎士や町に住むゴロツキがほとんど。将来の昇進のためだったり、生活のために協力していたにすぎなかったのだ。
「しかし、この者たち…どうするべきか。」
屋敷外玄関でうな垂れ座る者たちへ、目を向けたドロエスは思い悩む。切り捨てるという選択を取るのは簡単だ、殺せばいいだけなのだから。しかし、彼の長年の勘が有効活用があるはずだと訴えかけてもいた。
彼がウンウンと唸っていると、何やら門の方が騒がしくなっているようだった。そちらの方を見やると、そこにはマーカスの姿があり脇目も振らずに兵士たちの元へと歩み寄っていた。
「貴様らには選択肢がある!」
「ッ!?」
「公爵家側として断罪されるか! それとも側妃側で断罪されるか!」
どちらにせよ断罪は確定、兵士たちはマーカスを睨みつける。あたかも自分は関係ないと言わんばかりの態度に、彼らは苛立ちの気持ちを抱いた。しかし、マーカスが伝えたいことはそんなことではない。
「それとも、俺に付き従い罪を償うか?」
「で、殿下…?」
「俺は確かに今回の件に加担などしていない! だが、できることを放棄し、傍観者となっていたことは確かだ! だからこそ、王子として罪を償うつもりだ!」
その言葉に兵士たちは目線だけでなく、顔を上げてマーカスを見つめる。
彼らだって本当はこんなことしたかったわけではない。しかし、生きるためにはやらなければならない、クーデターが起きた後は媚びなければならない――仕方のなかったことなのだ。
だからこそ、彼らの心は揺れる。
「お、俺! 付いていきます!」
「殿下、どうか俺も! 頼む!」
「お願いだ、家族だけは…家族だけは…ッ!」
感謝のための平服をする彼らに背を向け、マーカスは準備をするために城へ帰るべく歩き出す。しかし、彼の歩く先には困惑した表情のドロエスが立ちはだかっていた。
「殿下、兵たちをどうするおつもりですか?」
「宰相殿、彼らはもう兵士ではない…ただのボランティア派遣員だ。ふむ…雪解けで洪水が起きた地域があったな。そこの復興はまだだと聞いたし、手伝いに行こうか。それとも父上を困らせている土砂崩れの方がいいか?」
「…よろしいのですか? あなた様ならこちらで便宜を謀っても…。」
「いや、死刑を免れても、針の筵には変わんねぇよ。だったら評価爆上げでもしておくさ。それに…母と祖父が彼らの人生をダメにしたようなもんだし、俺に尻拭いをさせてくれ。」
「例え殿下と言う立場を失ったとしても?」
「あぁ、そうだ。」
迷うことなく横を通り抜ける姿に、ドロエスは制止は不要だと判断する。それから、ふと疑問に思ったことがあったのか、その背に「そう言えば――」と言葉を投げかける。
「殿下…いえ、マーカス殿は何をなさりたいのですか?」
「何を…か。ハハッ。宰相殿の息子たちと仲良くなりたいから、そのための立場作りがしたいだけって言ったら?」
まさかそのような返しが来るとは思わなかった彼であったが、あまり評判が良いとは言い難い息子への好意に、ある一人の少女のことを思い出しながら、その表情は暖かい笑みを浮かべていた。
「えぇ、親としては嬉しい言葉です。」
【皆さまへ】
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