35話:決着
「ごめんねエル、遅れたわ。」
エルスターとナスタの元にネルカが現れた。
左手をぶらりと下げ、右手の黒魔法の杖を頼りにしながら歩いており、見て分かるほどの消耗具合だった。エルスターは予想外といった表情をしており、心配げにネルカに駆け寄る。
「いえいえ、これぐらいの遅刻は問題ありません。それよりも怪我は大丈夫ですか? あなたをそこまで追い詰めるなんて…数ですか? 質ですか?」
「質よ、黒血卿とかいうジジイ。ああいう執念の強いタイプとは二度と戦いたくないわね。死んでも動くなんてデタラメよ。ほんと最悪。夢に出てくるわ、きっと。」
「では、終わったら癒魔法が使える者を遣わしますよ。まぁそれでも、その傷の様子だと、癒魔法があっても安静にするのは確かでしょうけどね。」
何事もなかったかのように二人で話している中、彼女の姿を見たナスタはまるで金魚のように口をパクパクと開閉していた。しばらくして、彼はなんとか言葉を捻りだす。
「なななななぜ! 貴様もここに!」
「檻のことなら壊したわ。ここに来たことについては、エルの痕跡を辿った。なに?他に質問でもある? 今の私なら答えてもいい気分よ。」
「ふ、ふん! 援軍が来たところで死にぞこないの娘一人! け、けっけけけ、結局は私の魔法の前ではどうにも、で、できないだろう! この愚かも――」
まるでエルスターに再会できたことに喜んでいるかのような彼女に、初めこそナスタはイライラを募らせていたが、ふと思考の隅で引っかかりを覚えてしまった。
(どうして黒血卿は負けたのだ?)
時間の都合上、結界魔法を掛けた者は全員というわけではない。しかし、最強戦力である黒血卿には緊急事態用に結界が施してある。黒血卿に純粋な強さだけでも勝てる相手は限られるのに、プラスして結界が張ってあるのだから突破など不可能に近いはずである。
(それでも目の前の小娘は黒血卿に勝った…だと? こんな奴にいったい何ができーー)
ボトリ…
その時、彼の左手から何かが落ちた。
否、落ちたのは左手だった。
「あ? 手…? なぜこんなところに?」
ナスタは恐る恐る自分の左手に目を向けるが、そこで見たのは手首より先が消えた景色だった。状況を理解していくのと並行で、あるはずの部位から痛みが発生する。
「わ、私の…手…私の手が、な、なぜぇ!」
出血が止まらぬ左手を抑えながらうずくまるその姿に、ネルカは見下ろしながら冷ややかな目を向ける。
「よかったわね、人前でこうならなくて。大見え張っていた分、きっと恥ずかしいわよ。あっ、でもそっちの方が見てて楽しかったかしら。」
「貴様ァ、貴様ァ! アァァァ! 黒魔法の使い手かァ! クソクソ…クソがァ!」
「思ったより綺麗に鳴くのね。癖になりそうだわ。」
肩を軽く蹴り小突かれたナスタは地面に倒れ、そんな彼の頬をネルカが踏みつける。そして、エルスターは屈んでその顔を覗き込んだ。
「結界魔法を止めると言うのであれば、まぁ、生かしてあげても良いのですが…。どうでしょう。」
「う、ぐぅ…小僧小娘に媚びる命などない!」
「生きたくないのですか?」
「腐っても英雄の一族だ! 生き恥を晒すぐらいなら、ここで死んだ方がマシだ! 舐めるな小僧!」
「はぁ…しょうがないですねぇ。ネルカ?」
「は~い。」
彼女は杖の先端を変形させて尖らせると、ナスタの頭に突き刺す。ビクンッと一瞬だけ四肢が跳ねるが、ただそれだけですぐに全ての身体機能が停止する。そして、その停止ともに結界魔法も解除された。
「あとは大人たちの仕事です。ネルカは休んでも構いませんよ。お疲れ様でしたねぇ。」
「ハァ、バカね……こんなとこで休めるわけないじゃないの。そこの呪具を回収したら……ほら、肩ぐらい貸しなさい。」
「はいはい、それぐらいはいたしましょう。」
黒魔法を解除した彼女は姿勢を保っていられず、よろめいてしまうがエルスターが慌てて受け止めた。黒衣では分からなかったが、彼女の体は服越しでも分かるほどボロボロだった。
肩を組み寄せる彼女に、エルスターは珍しく労りの目を向ける。階段を互いに無言で上がり、そして路地裏へと帰ってくると同時に、彼の肩への重みが急に増した。チラリと顔を見るとどうやら彼女は寝ているようであった。スゥスゥと寝息をたてる彼女に、「仕方ないですねぇ。」とつぶやいたエルスターは背に担ごうとする。
「むぅ………。」
しかしながら、彼女は190前後という身長に対し、彼自身は170台前半ーー担いでしまうとどうしても彼女に負担が出てしまう。
「よいしょっと。」
彼は少しばかり逡巡した後、背と足に手を伸ばして横抱きーーつまり、お姫様抱っこの状態へと持ち換える。
そにまま階段を上がり、例のゴミ箱から外に出る。そのまま大通りへ抜けると、そこには徐々に日が射してきた街並みが広がっていた。遠くの太陽に目を細めながら、踵を返すとエルスターは王城へと歩き出す。
二人分の影を見ながら歩く彼の思考は、今後どうしていこうかという策略と、ネルカに対して抱く生まれてはじめての感情だった。きっと彼女は暇つぶし感覚で受け入れてくれるかもしれないが、それだけは彼のプライドに障るものがあった。
「さてはて、どうしましょうかねぇ。」
――夜は明け、朝が来た。
――血の夜会の幕は下げられた。
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