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その令嬢、危険にて  作者: ペン銀太郎
第一部:第4-3章:血の夜会(本番・後編)
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30話:VS バルドロ ②

いくら才能があると言え、ネルカの魔力練度はまだ若い。

ゆえにバルドロの渾身の一撃に対して斬られることこそなかったものの、十分に防ぐことができるほどの黒衣と魔力膜を展開することはできない。体の中がぐちゃぐちゃになった彼女は、指一つ動かすことすら難しく感じていた。


浅傷を付けられただけのバルドロ、致命傷を受けたネルカ。


「ぐぅ…がぁっ! かはぁ。」


「ほう、立ち上がるか。そのまま眠っていれば楽なものを。」


血を吐きながらも立ち上がる彼女は、こんな状況でもなお闘志を消さない。しかし、呼吸をするだけでも苦しいはずの損傷と、もう纏うこともできなくなってしまった黒衣。それでも何とか大鎌を生成するものの、振り下ろしは身体強化を使わなくても防げるほど弱弱しい攻撃にしかならない。


バルドロはその鎌を受け払うと、ネルカは後ろによろめいてしまう。


「それにしてもなかなかの逸材だ。数年後なら…あるいは…。」


「……。」


「戦士として貴様を認めよう。敬意を払って楽に死なせてやる。」


もしも、この原石を見つける順番が違っていたら、隣に立っているのはエルスターではなかったかもしれない。敵ではなかったのならリーネットは確実に気に入り、味方であったのならばバルドロは確実に弟子にしていただろう。


そんな惜しさを抱きながら、バルドロは悠然と近づく。


「辞世の句は?」


「って…んの…よ。」


「なに?」


「大事な者がァ! 待ってんのよォ!」



 ― ― ― ― ― ―



ネルカは元々は感情過多な子であったが、今のような性格になってしまったのは、かつて魔物にキレて暴走し友から怖がられるようになってからである。友情を失くすという出来事は、周囲が思うよりも深くネルカの心に傷を付けたのだ。


感情が動くことはある。

だが、激動はしない。


感情が揺れることはある。

だが、激揺はしない。


生きるため守るために魔物を狩ったというのに、どうして恐れ嫌われなくてはいけないのだろうか。それは感情を激しくしてしまった自身が悪いのかもしれない、ならば今後は何があっても抑えよう。


彼女は過去の友を憎まず――選択を見誤った自分を憎む道を選んだ。


「そもそも…自分で決めるからダメなのよ。」


この瞬間より彼女は『神の采配』に選択を委ねることにした。それでも不自由なく生きることができたこともあって、彼女は自分から選択する事を完全に放棄した。だからこそ学園に入学して数週間でエルスターに協力すると言った時、彼女はその理由を『なんとなく』であると自分に言い聞かせた。


しかし、本当は分かっていたのだ。分からないフリをしていた。

――そんなものに頼らないと生きる理由を見い出せない自分への虚無。

――ただひたすらに主のために動くエルスターへの羨望。

――『神の采配』はただの偶然、『なんとなく』は結局は自分の意志。



しばらくして、彼女の心にかつてと同等の激情が生まれる事件が起きる。

ローラへの苛めを止める際、友について嘲笑されたときである。


『ねぇ――死にたいの?』


言ってしまった脅しの言葉。

放ってしまった脅しの殺意。


それを友二人は――許容してくれた。


これは彼女の世界に再び色が戻った瞬間だった。

過去の友は恨まない。しかし、今の友を愛そう。


虚無も羨望ももうどこにもない。

あぁ、友が笑顔で居られる世界を望もう。

それでいい、それがいい、それだけでいい。



そして、もう一つの蓋をしていた感情にも目を向ける。

それは数時間前のエルスターの死を聞かされた時、そして仮死薬を飲んでいるだけだと聞かされた時の感情。友情だとかそういうのとは別種の、どうしようもなく今にも胸が張り裂けそうな感情。



そうか、私はエルスターのことを――



 ― ― ― ― ― ―



吠えたネルカが鎌を振り払うと、バルドロは咄嗟にそれを剣で受け止める。いつのまにか黒衣を再展開させた彼女は、その鍔迫り合いの状態のまま前へ前へと押し進める。


(どうして…その体を動かせる!? どこにこんなパワーが!?)


彼は自身が押し負けていることに驚愕するが、死ぬまで生きてきたのはそもそも自分も同じではないかと思い返す。無理だと言われた状況を生き残り、大事な人の元へと毎度帰還するというのは同じなのだ。


それならばとバルドロは押し勝つことをやめ、じわりと力を込めることで相手の消耗を早めさせる。そして、力が弱まったところで弾き払う。


しかし、ネルカは払われた鎌を手放すと、その体勢のまま回し蹴りへと切り返す。それでもなんとかバルドロがガードのために剣で受けようとするが、ネルカは回し蹴りを途中で止めたかと思うと、今度は逆回転へと変更して回し蹴りを繰り出す。


(人間にこんな動きが可能か!?)


腹に蹴りの衝撃を受けながら、バルドロは目の前で起きた出来事に精神的な衝撃も受けていた。


(否……不可能なはずだ!!)


バルドロはかつて一度だけ、全力の斬り払いが可能であるならば、全力の斬り戻しも可能であり、これを極めれば至高のフェイントになるのではないかと考えたことがある。


それが不可能であることに気付いたのは、とある魔物の魔力器官を手に入れるために、森で10日間を過ごしていたときがきっかけである。ある日、晩飯の準備のための肉の下処理をしていたとき、肉の付き方の違和感を覚えたのだ。


生物の筋肉は数十なんてものではなく、数百の単位で存在しており、同じ部位と思えるような場所でも、そこには複数の筋肉があったりするということに気付いたのだ。


これを研究していけば、この疑問の答えも分かるはず。


表立ってでは癒魔法使いしか許されぬ禁忌の領域【解剖学】。

出生ゆえに学も伝手もなかった彼が、それを理解するために壊した死体は数知れず。それぞれの機能の筋肉の太さの相違により、最高のフェイントは可能でも至高のフェイントは不可能であると気付いた段階だけでも、その死体の数は20は軽く超えた。


この研究の副産物として『相手の筋肉の張り具合を見ることによって、相手の動きを予想する』ということが可能になった。ネルカの高速連撃をさばくことができていたのも、この予測能力があったからにほかならない。


しかし――


「なぜ、そんな動きができる!?」


振り下ろされる鎌を剣で受けるも、それを軸に縦回転で跳躍しバルドロの背後へと回って背中を蹴り飛ばす。そして、地上に降りるよりも速く鎌をさらに振り下ろし、地面へと突き立てると土を抉りながら何回転も大車輪を行い、その勢いのままよろめいているバルドロへと追撃を行う。


(ま、まさか…この女…!?)


火事場の馬鹿力だとか根性論では説明できないネルカの動きについて、百戦錬磨の黒血卿はその理由に気付くことができた。亀の甲より年の功とはまさにこのことである。




「まさか…ッ!? 自分自身を操っているのか!?」




【皆さまへ】


コチラの作品を読んで楽しんだら、高評価をしてくださると嬉しいです。


そして、何よりも嬉しいのは作品に対する直接の言葉です。

なので、コメントしてくださるともっともっと嬉しいです。


よろしくお願いします!


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