27話:野望
顔が隠れるほどブカブカのマントローブを着込んだ男が、王都内の市民居住区の裏路地を歩いていた。その男はナスタであった。護衛もつけずただ一人歩く彼であるが、その表情はよろこびを隠し切れないといった風であった。
「この計画がこのままいけば…フフ…私が時期宰相だ。」
ある行き止まりまでたどり着いた彼は、そこ置かれている収集用ゴミ箱のドアを開けるが、そこにはゴミなど一切なく地下へと続く階段があるだけだった。腰にぶら下げていた簡易ランプの灯を点けると、そのまま地下へと入っていった。
そして降りきった先のドアを開けると部屋に入り、ランタンを部屋中央の天井から下げられている紐に括り付ける。その部屋は奥にテーブルと錠付きの鉄箱が置いてあるだけ。服内から取り出した鍵を使って錠を外して箱を開けると、そこには白色の球体が置いてあるだけだった。
この球体こそが彼らのとっておきなのである。
「これがあれば…リーネット様が国王となることも…。」
呪具――それは魔力を宿した物体のこと。
正確に言えば魔力を宿したわけでなく、魔力に含まれる生物の意志や魂の欠片が定着した物体のことある。物体が呪具となるパターンとして多いのは――魔力量の多い人間が、死に際に魔力を大量放出し、その矛先が物体に向けられたときである。
この球体呪具の名前は【魔仙玉】。
百年とか千年とかそんなチープなものでなくもっと大昔の生物が、地震によって地中に囚われ圧縮、偶然にもそこが地脈の通り道ということも含めて呪具化――というのが有力説である。
その効能は大気に存在する魔力を吸収し、登録された魔法を発動させ続けるというもの。かつて遠く離れたどこかの国で一人の馬鹿が攻撃魔法を登録してしまい、一つの街を半壊させてしまったという過去があってから、この呪具は禁忌とされてきた。
「いやはや…閣下もこんな物をどうやって探したのか。しかも、登録されているのが…例の魔法とはな。どちらも作り話じゃないかと疑うほどのものだというのに…。」
彼はそう呟くと魔法を発動させるための詠唱を開始する。というのも、この呪具に登録されているのは、魔法を他者に分配することを可能とする魔法である。
本来ならば魔力の消費量の問題で二人,三人が分配限界なところを、魔仙玉を経由することで何十何百の対象に分配することが可能なのである。
そして、分配させるナスタの魔法――それは【結界魔法】。
「フフフ…これで…計画は大詰めだ!」
今頃、城に向かって無敵の軍勢が行進していると思うと、ナスタはその様子を見てみたい衝動に駆られるが我慢だ。もし万が一に自分に何かあった場合は結界魔法が切れてしまう。寝ることすら許されないのだ。
そして、浮足立った気持ちだったからこそ、
部屋に入ってきた存在に気付いていなかった。
『ええ…計画は大詰めのようですね…お互いに。』
その声に対しナスタは(そんなわけない!)と振り返る。しかし、そこには確かに一人の男が立っていた――頭が回り、人の才を見出す感性を持ち、そして多くの者に嫌われている男。
そこにいたのは、不敵な笑みを浮かべたエルスターだった。
「どうも、ナスタ卿。よくもまぁ、殺しくれやがりましたねぇ。」
「き、きききき、貴様ァ! 死んだはずではッ!」
「あぁ、仮死薬による死んだフリですよ? デイン殿下派閥・我が家派閥・一部の騎士団員…これだけ駒が揃っていれば、あなたたちを騙すことなど容易いことです。」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ!」
「しかし、本当に狙いが国の乗っ取りとは…私の中の可能性としては一番低かったのですが…。それに、そんな呪具まで用意して…さすがに全部を予測することはできませんねぇ。とっておきは結界魔法でしたか、えぇ、厄介ですとも。」
その言葉にナスタは水を得た魚のように調子を取り戻す。
「フ、フハハハ! そ、そうだった。この結界魔法の硬さは実験済み…地に穴を開けるような攻撃でも無傷! 魔力膜だとかそんなものの比ではない! 計画がバレた? それで? 貴様がどうこうできる話ではなかろう!」
結界魔法に適性のある者は意外と多いが、ナスタほどの固さを誇る結界を張れる者は現在だけでなく過去を見てもなかなかいない。強力な結界を張れる者ほど魔力消費の加減が難しいという欠点はあるが、今回は呪具のおかげでその心配もなく最大出力で挑める。
そうとなれば軍勢どころか個を突破することすら厳しい。王家が隠し持っているとされるとある呪具の存在さえなければ、本来ならばこんな回りくどい方法で王城を空にする必要もないほど。
「えぇ、確かに。今はどうにもできませんねぇ。」
そちらにとっておきがあるように、こちらにもとっておきはある。
「私は…ただ…ネルカを待つだけです。」
― ― ― ― ― ―
時は遡って数時間前――ネルカがいる牢。
――否、ネルカがいた牢。
内から強引にこじ開けられた鉄格子と、それを茫然と見ている監視役を尻目に、マーカスはそこの元住民のことを思い出して笑っていた。彼は笑いが収まったかと思えば、彼女の言葉を思い出して笑いを再開させる。
『エル、私は(ああいう輩の鼻っ面を叩き潰すのが)好きよ。』
『えぇ、あなたが(この件に手を)出す必要はないわ』
『残念かもしれないけど…白馬に乗った王子様も、牢屋から出してくれる王子様もいらないのよ。だって(自分で出来ることを他人に望む必要があって?)。』
彼女の秘密を目の前で見た今の彼にとって、魔力封じだとか鉄格子だとか結界だとかを用意した実母一派が、あまりに滑稽であるものだと分かる。確かに彼女の持つ力がアレであるのならば、周囲の者たちは隠そうとするだろう。
そして、先手に回っている現在の側妃を止めることができるとしたら、恐らく王都にいる者としてはネルカぐらいしかいない。この先、どちらが勝つかはまだ分からない。
「ククク…ア~ハッハ! やっぱおもしー女だ! この状況を計画したのがエルスターってのは癪に障るが、サイコーじゃねぇか!」
そして同時に、今回の一件はマーカスにやる気を出させるのに十分すぎるモノだった。自身が本格的に動けば王位問題が荒れるということで、今まで目を背けてきた『王子としての責』――だが、どちら側が勝つにせよ今後は必要となることだ。
「さて…俺も…王子としての仕事をしてくるか。」
それに――
「今度は俺も計画に混ぜてくれよ?」
エルスターとネルカ、そこに自分も混ざりたいと思うようになっていた。
だからこそ目指そう、優秀な王弟と認められるように。
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