223話:(回想)英雄へと至る脇道
アルタンが初めてガドラクを見たのは、五十年も昔の話だ。
当時は帝国に警戒する時代で、騎士の需要が大きかった。
だから、酒浸りな父と浮気癖の母、そんなアルタンが家離れのために騎士を目指すのも自然なことだったのである。数年後、入隊が認められる年齢になったら王都の騎士になるべく、彼は領主騎士団の訓練場を眺められる丘でひたすらに木刀を振り続けていた。
「フンッ! フンッ!(絶対に! 騎士に! なってやる!)」
そんな、ある日のことだった。
アルタンは木の陰に、人を見た。
同い年ぐらいか、線の細い少年だった。
「おい! なに見てんだよ!」
「ィッ!?」
「あー…もう、こっち来い!」
涙を流して震える少年を、アルタンは日の下に引っ張り出した。
「俺はアルタン。お前は?」
「えっと、その…ガドラク…ワマイア…です…。」
「チッ…家名ありのボンボンかよ。で? なんのようだ? コソコソ見やがって、腹立つんだよ、帰れ!」
アルタンの剣幕に、目に涙を浮かべるガドラク。
それでも彼は逃げることはしなかった。
「ボ、ボクも! いっしょに! してもぉ……いい?」
アルタンの自主訓練に、一人増えた瞬間だった。
― ― ― ― ― ―
アルタンはガドラクのことが大嫌いだった。
急激に育っていくその肉体。
泣き虫なくせに頑張り屋。
恵まれた家庭環境。
なによりも、性格が自分に似てきているのだ。
持っている側のくせに。
持っていない側に寄せるな。
アルタンはガドラクのことが大嫌いだった。
「ねぇ、アルタン。」
「あ? 話しかけんな。」
「なんで騎士に、なりたいの?」
「……………だから、話しかけんなって。」
答えなかったのは、嫌いだから。
ガドラクよりももっと、自分が嫌いだから。
「えっと、ボク…じゃなくて、俺はな、感謝を伝えたくて、騎士になりたい、なりてぇ。」
「……。」
「病弱だった、俺、俺に、奔走してくれた父に、感謝したくて騎士になるんだぁ~。騎士になったら、こんな元気になりましたって言って、喜んでもらいたくて、認めてほしくて!」
「けっ…!」
何度も聞いた言葉。
父親のためなど、もう聞きたくもない。
アルタンでは決して至らぬ動機だから。
だが、その日ばかりは違った。
「でも、今は、別の理由も増えてて。」
ガドラクはどこか照れくさそうに彼を見ていた。
続きを聞きたい、なぜかアルタンはそう思ってしまった。
そして、
「アルタンにも、感謝を伝えたい!」
アルタンの中で何かが燃え上がった。
全身が熱くなる、顔が赤くなるのが自分でも分かる。
それは『恥じらい』ではない。
もっと純粋なもの――『恥』。
自身が彼にとってきた態度。
自身が彼に抱いてきた感情。
それを、否定しなければならないと思ったのだ。
でなければ、アルタンは騎士になれない。
「……れ。」
「え?」
「俺を殴れ! ガドラク!」
「えぇ~~~ッッッ!!!???」
一撃で気絶したアルタンが意識を取り戻した時、二人は親友になった。
それから数年が経ち、少年とは呼べぬ年齢になる。
騎士学校を卒業した彼らは、王宮騎士団からスカウトを受けたのだった。
― ― ― ― ― ―
ガドラク・ワマイアは感謝を返すため騎士になった。
きっとそこに嘘偽りはないのだろう。
だが、
「ガドラク…『最初』は違っていたんだろ?」
アルタンはガドラクの本気を、眼差しで知っている。
他の誰でもなく、彼自身が受けたことがある。
その眼差しが、父親にはいつも向けられていた。
ただの日常から、ガドラクはそうであったのだ。
尊敬、羨望、熱意――すなわち『憧れ』。
「お前の原初は、感謝じゃねぇし、認められたいでもねぇ。」
お前は、父親みたいになりたかったんだろ?
アルタンは何度もガドラクの父とは出会っている。
決して偉人たりえる存在などではなかった。
貴族家の使用人の一人、目立つことなどありはしない。
英雄の父親であるなど、誰も信じられないだろう。
しかし、ガドラクの前でだけは――父だった。
『英雄の父親』ではないけれど、『英雄』の父親だったのだ。
ガドラクだけの英雄。
(ガドラク、お前は似てるよ。それが証拠だ。)
彼が騎士団長として、
彼が英雄として、
彼がガドラク・ワマイヤとして、
国民と接するその眼差しは、彼の父親に似ていた。
どうしてお前は英雄なのか。
それはお前の父親が英雄だったからだ。
違いなんて規模の話。
息子を愛したか、国を愛したかーー誰の英雄であるかの違いだけ。
ガドラクはベルガンテ王国の父親になっただけ。
(お前が、父親から認められたいと思っていることは、幼少の頃から、そして今も続いているのだと、よく知っている。本心では『父親という英雄』に憧れ、でもそのことに気付けなくて、承認欲求だと勘違いしていたことだって……俺だけ、俺だけはよく知っているんだぜ? お前よりも、お前の父親よりも、俺の方がお前をより理解しているんだぜ?)
しかし、アルタンは家族の愛を知らない。
だから、嫉妬心からそれを伝えなかった。
親友になってからも伝えられなかった。
(あぁ…お前は父親に似ていると、教えてやればよかった。)
目の前で、死ぬからこそ生きる姿を見ながら、彼は後悔した。




