22話:一触即発の挑発行為
王宮にある夜会専用施設にて――
ネルカが会場に入った時、その姿を見た者たちは驚きの表情をしていた。それもそのはず、あのエルスターが誰かをエスコートしており、しかもその相手の女性は『女性的ではない』と言われてきたメンシニカ夫人の作品を着ている。
二人はそんな視線をまるでないものかのように押し歩き、そのまま主催者である王家の席の方まで進む。ある女性の前まで辿りくと、エルスターは左足を下げ右ひざを少し曲げる当国男性用のお辞儀をするが――対のネルカは片膝を地に付けて両手を胸の前で交差させる当国騎士用のお辞儀を行った。
「ふんっ! 無礼者エルスターはエスコート相手も無礼者ということですか。あなたのソレは戦う者が行う挨拶ですよ。」
これでもかと言わんばかりのキラキラを纏った女性――側妃リーネット・ミ・ベルガーは目の前にいる二人を忌々し気に見ており、その後ろではマーカスが必死に笑いをこらえている状態だった。
「失礼ながら申し上げますと、私は元狩人…戦士でございます。」
「ほう?」
「これまでも、そして、これからも。私は戦士としてこの国を守る所存でございます。それが立場が貴族になったというだけで変わらないことだと思っております。リーネット陛下が王族として我々を守ってくださっているように。」
これが皮肉であることなどそこにいる者は承知のことであるが、それを口に出してしまうと『側妃は民を守っていない』ということになってしまう。それは避けたいリーネットは「もうよい、気持ちは分かった。下がれ。」と言いこの場を収める。
しかし、その怒りを抑えられない者もいた。
「待て小娘! 貴様が戦士など片腹痛いわ!」
「えぇっと、どなたかしら?」
「ふん! 栄光あるグレイ家を知らぬとはな小娘。私はナスタ・グレイ、英雄の一族だぞ! 貴様のような蛮族とはわけが違うわ!」
ギリギリ太っていると言われないような体型のおっさんの登場に、ネルカはちらりとリーネットを見るが彼を諫める様子もない。むしろ、やるならやってくれた方が助かると言わんばかりの態度であり、どうやら殺し合い上等なのはお互いの思惑だったようである。
(こんな挑発に乗るのは嫌だけど…エルの計画ならやるしかないわ。)
ネルカは嫌々ながらも言葉を返す。
「あら、それではグレイ様は素晴らしい方ですのね。」
「あぁそうだとも。肝に命じて――」
「アヴァロン・グレイ様は素晴らしい方なのね。」
それは初代英雄の名前、そして今代の名前では決してない。
皮肉を言ったことに対する諫め――その諫めの回答が皮肉。
ネルカはチラッと隣に立つ満足顔のパートナーを見て、よくもまぁ自分もこんなことが口から出てくる人間になったものだと思う。彼女とて好きでこんな性格になったわけではなく、これはほとんど彼の影響によるものだ。だからこそ、顔を赤くしてプルプル震えているナスタを見て、爽やかな気分になっているとかはない……いや、もしかするとちょっとだけはあるかもしれない。
「な、な、な…貴様…私を侮辱したな。」
ナスタは腰に下げていた剣の柄へと手を掛け、腰を落として臨戦態勢へと移る。それに対してネルカは誰にもバレないよう隠しながら、黒魔法を使用して剣が引き抜けないようにしていた。
どれだけ力を入れても抜けない剣に最初こそ不気味さを感じる彼だったが、目の前に立つ女の人を見下すような微笑みを見て、原因が彼女にあると察すると同時に苛立ちが生まれた。
(この女だけは絶対に殺す!)
ある一定以上の手練れた者ならは、身体強化を使ったことに気付けるほど荒れるナスタの魔力。対してネルカは今にも剣を抜き振ろうとするナスタの右腕を――
「やめないか! 陛下の御前だぞ!」
――と、一触即発の状態を止めたのは宰相ドロエスであり、その後ろにはアデルとモリヤ―が控えていた。こうして各自の息子・義娘を叱るという名目の上、一同はその場から去ることに成功したのであった。
― ― ― ― ― ―
アデルはネルカの腕を引っ張り、一度会場の外へと連れ出す。
その様子は問題児が暴走してしまうために、心労が絶えない保護者の図であった。ネルカとエルスターの組み合わせは悪くない…そのように上から評価を聞いていたが、本当にそうだったのだろうかと彼は今になって不安になっていた。
「ナスタを殺すつもりだったな…まだ早いだろう!」
「殺すだなんて物騒よ、お義父様。ちょっと右腕を封じる程度なのに。」
「そういう話ではない! 計画通りにやるんだ!」
「エルからは【血の夜会】にする許可を貰っているの。それに王命は『敵を潰せ』だし。問題はどこにもないと思――」
「ネルカ、それでもダメだ…分かったな。」
「…はいはい。」
温厚気弱な実父と楽観自由の実母の元に生まれたネルカにとって、このように親から怒られることは珍しく、それでいて理不尽なことであるかのように感じるものだった。だからこそ、目の前の養父が溜息を吐くほどに素っ気ない態度で返事をし、逃げ場を探すように周囲を見渡していた。
「そう言えばお義兄様たちは…?」
「あっちでナハスが囲まれている。あいつはこういう場所には基本来ないからな、狙っている令嬢たちは必死なのだろう。って! そんなことより!」
「分かってるわ。やるときは人目のないところで、迅速にってことよね。」
「ちがっ…もう…はぁ…とりあえず西庭を調査区域にしなさい。暗黙の了解で若者エリアとなっているから、ナスタやアランドラ卿と遭遇することもないだろう。それにデイン殿下もそちらにおられるから、怪しい動きがあるならそっちのはずだ。」
別で怒られているであろうエルスターを待つという選択肢もあったが、少しばかりお腹が減っていた彼女は西庭に行くことを優先することにした。そして、別れる直前にアデルから呼び止められる。
「あぁ、それとね、ネルカ。」
「はい?」
「怒ってしまった私だが…まぁその…ダンスタイムになったら来てくれよ? 今年は娘と踊る他家を羨むことがなくなりそうで、ちょっとばかし期待しているんだ。」
アデルはそう言うとウィンクを決めて、その場から立ち去るのであった。
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~~オマケの設定紹介~~
【アデル・コールマン】
コールマン伯爵家の当主。
宰相の補佐業務をしている。
25年も弟とは家出により会っていない。
その一件で母がノイローゼ・父が介抱理由で当主交代となってしまい、20代前半という若さで当主となってしまった苦労人。ネルカのことは父に報告しているが、母には隠しておこうという結論に至った。二人を会わせたくなかったため、学園に行ったことは内心ホッとしている。
13年前に病気により未亡人になった。
そのことで酒浸りのグレ期もあった。親友に怒られて殴られた際に、長男が領土管理を裏でしていたことを知り改心。改心後初めての夜会時にドロエス(に連れられたエルスター)と出会い、宰相補佐として引き抜かれる。
初期年齢46歳。身長170台前半。
王都アルマ学園OB・一年は普通科第二発室・以降は第一教室
暴飲暴食期のせいで中年太り気味。学生時代はモテモテ(モリヤ―談)。
赤髪・先端ワカメ・釣り目気味。
性格:愛妻家だった・人が良い・出来の良い息子で助かる
好きな食べ物:酒とそれに合う物(医者忠告を受けて食事管理中)
嫌いな食べ物:甘いもの
好きな人間:無口ながらも時折見せてくれるデレ(要は妻)
嫌いな人間:声のデカい人