207話:赤髪の男と七人の賢人
七賢人とナハス――その関係は今日一日限りではない。
今回の作戦が決まってから、ずっといっしょだったのだ。
デインからの指示で、七賢人の研究に参加していた。
――融合魔法の研究。
かつての王都襲撃事件のとき、ナハスがゴーレムにトドメを刺した魔法――『ラヴァファンディーラ』。魔導具による魔法と、詠唱による魔法を重ね合わせるという所業は、ありそうで意外とないことだった。
デインは考えた――この技術が七賢人と合わせれば。
だが、これが上手くいかなかった。
ナハスという男は『賢人』という言葉からは程遠い。
勉学などそっちのけ、難しいことはあまり考えたくなく、武力で解決するならそれに越したことはないとすら思っている。良いように言えば感覚派なのである。
「来るぞ!」
そんな彼らが、今、強大な敵に挑んでいる。
「任せて!」
魔力の圧縮の気配――水蒼竜の攻撃の前兆。
そこに七賢人の一人が皆の前に出て、障壁を生み出した。
線が細く、眼のクマが酷い女性――だが堂々としている。
まさに矛と盾、果たしてどちらが勝つのか。
「その程度じゃ、壊されちまう!」
ナハスの言う通り、障壁は不十分。
彼女が発動した魔法の障壁は、早さと長期戦を想定して編み出されたもの。
死を体現したかのような攻撃を防ぐことは想定していない。
だが、彼女の眼に迷いはない。
これで十分なのだと。
――衝突。
キィィィィンッ!!!!
線が逸れた、否、枝分かれした。
「ッ!? 防いだ!?」
「違うよ。正面勝負だったら勝てない、だから『斬った』の。」
「斬った…だと?」
「そう。線の中心に合わせて、障壁を――尖らせる。そしたら、向こう側の力で勝手に斬れてくれるってわけ。お分かり?」
茫然とするナハスに、彼女はニチャリと笑う。
そして、遥か遠くにいる水蒼竜を睨みつけた。
「ナハス殿、守りは彼女に、任せろ。」
リーダーの男がナハスの背に声を掛ける。
「物事には、小さな因果があり、複雑に絡まって、大きな因果となる。我々七賢人は、小さな因果を『視る』ことに長けた者たち。決して――大きな特別があるというわけではない。今の障壁も、考えれば小さきこと、だが、小さいからこそ、見つけられない。」
「あ? 急に、何…言ってんだ? 」
「貴殿は、我々と相容れない、そう思っているのだろう? だから、一人で、突っ込む。我々を信頼していない。だが、我々の見解は、逆だ。貴殿と、我々は、同類なのだ。」
「はぁ!?」
「七賢人は、ナハス・コールマンに――期待しているのだ。」
勘の鋭い男、と人はナハスを評価する。
だが、勘とは運などではない。
小さき因果を見逃さない眼。
小さき因果を記憶する執念。
小さき因果を結合させる思考。
意識してできれば『賢い人』で、
無意識でできれば『勘のいい人』。
ナハス・コールマンは決して『賢人』などではないが、
ナハス・コールマンは『賢人』と同列なのである。
「我々は、貴殿を、評価している。」
「………。」
「ガッカリさせてくれるな。」
「ッ!」
それは火力にこだわるナハスへの戒めだった。
火力は目的ではなく、手段なのだ。
やりようはある、いくらでも。
復讐心に駆られ、目的を見誤るな。
「力を貸せ、七賢人。」
ナハスの眼に火が灯る。
復讐心ではない、勝利への渇望の火だ。
勘を信じる、ナハスの積み重ねを信じる。
小さきことを積み重ねていく。
単純なことを積み重ねていく。
そこに――大がある。
そこに――複雑がある。
「『小を積み重ねて大』ねぇ…。」
「あぁ。」
「ハッ! みみっちいことをやるもんじゃねぇよ。 俺の好みじゃねぇ、テメェらの好みって話だろうが、ふざけんな! 俺は俺のやり方がある! 勝手に期待しやがって、だったら文句は言うなよ!」
「ほう?」
「小を重ねて大――『最大』を重ねりゃ『最強』だろうがッ!」
複合魔法の実験は何度も失敗した。
(失敗――本当にそうだったのか?)
完全な失敗などあるものなのか?
すべての情報を否定しないといけない失敗なのか?
望みが絶えた――絶望――そんな失敗だったのか?
いいや、そんなわけがない。
あったはずだ。
何かしらの『良い』が。
成功の要素が混じった、不純な失敗のはずだ。
(拾え。)
(積め。)
(重ねろ。)
良いも悪いも、良しも悪しも、善も悪も
すべてが成長の材料となりうるのだ。
「俺に魔法を――よこせ。」
ナハスの炎矢に、賢人たちの魔法が集まる。
なにか意図したわけではない、ただ目の前の赤髪の男にすべてを託す。
風を、熱を、火を、水を、結界を、重力を、感知を――7つの魔法が彼へと向けられた。。
「こ、これは…!?」
「なんて男だ!」
すべての制御権をナハスが支配したのだ。
まだ足りないと、賢人たちから魔力を搾取していく。
相容れぬ8種の魔力が、一つの魔法へと変貌していく。
「このままでは…魔力が…!」
「枯渇する、なんて言わねぇよなぁ!?」
「あったりめぇよ!」
「あぁ、俺らは――」
「「「「「七賢人なのだから。」」」」」
魔法使いの頂点、そのプライドがある。
勝つ、それまでは気を失ってなどいられない。
欲しけりゃくれてやる、だから――勝て!
「勝て――ナハス・コールマン。」
――射出。
――それは、遥か上空へと向けられていた。
ナハスの矢――もはや矢と呼べるものではない。
すれ違う空気が、風魔法により『燃焼』に転化される。
空気の摩擦が、熱魔法で『加熱』へと変換される。
加速すると燃え、燃えるからさらに加速、ゆえに燃える。
火魔法によって推進方向に指向性が生まれ、
水魔法が瞬時に蒸散しガス膨張を生む。
ただ噴出するのではない。
空気そのものを押し出す――爆縮噴射。
それら全ては結界魔法による形状制御によって保たれていた。
空気の導線、爆発の集約、推力の逃げ場すら計算された形。
マリアンネが見れば言っただろう。
――「この形って…ミサイルだ…。」と。
遥か高く飛翔する矢は、生物の限界高度を突破する。
そして一度減速に見え――
否。
加速の向きが変わっただけ。
重力魔法が作動し、落下ではなく“落下推進”が始まる。
高度が速度に転じ、感知魔法の照準がターゲットを逃さない。
逃げても無駄。
勝つまで追尾する。
下へ。
ただ一直線に。
水蒼竜へ――
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