206話:狩るモノと、駆る者と
蛇竜ガマーシュ種は執念深い生き物だ。
見つけた獲物は仕留める。必ずである。
そして、それは水蒼竜もまた同様のことであった。
かつて自身が獲り損なってしまった存在たち。
とりわけ水蒼竜が怒りを覚えたのは人間2体だった。
炎の戦士と、漆黒の狩人――ナハスとネルカである。
炎の矢が、漆黒の鎌が、完治してもなお疼くのだ。
執念深いのは何も水蒼竜だけではないと思い知らされた。
そもそも水蒼竜がこの森に来たことの理由は、ただ何となくそうすべきだと思ってしまった――否、そうすべきと思わさせられてしまったからだ。だが、きっかけなどどうでもいい、この森から水蒼竜は多くのことが学ぶことができた。魔の巣窟、食事の為ではなく優劣の為の闘争、そんな日々が水蒼竜をどんどん強くしていく。
そして、あの戦士と狩人もその一つなのだろう。
生存の試練ではなく、成長の試練。
食わねばならない、先の領域へと辿り着くために。
きっといつか、もう一度、闘う日が来る予感がしていた。
――その日は訪れた。
魔物の集団にとって騎士団の来襲というのは寝耳に水の出来事で、本来だったら彼らの作戦というのは成功するはずだった。しかしながら、水蒼竜の執念深さが戦況の天秤を傾けさせた――戦士と狩人の気配を感じ取ってしまったのだ。
確定と言えるようなものではない。
塞がったはずの傷がチリチリと傷んだ、それだけ。
それだけで、魔物の集団は罠を張ることを決定させた。
だが、ここで両陣営に誤算が生じる。
魔力の王――ゆえの『魔王』の気配が存在していた。
それは魔物陣営とは『別』の、騎士団陣営から放たれた気配。
有している本人ですら自覚のない気配。
ネルカ。
ネルカ・コールマンの腹部。
ハスディによる王都襲撃の時、彼女は魔王に腹部を貫かれている。
枯れて、出し切って、聖女の力を受け、消えたはずだった。
しかし、彼女の腹部には魔王の残骸が残っていた。
『グルルル…。』
――見つけた。
――漆黒の狩人。
何かが来た。
それが狩人だと気付けたのは水蒼竜だけ。
他の魔物は警戒しながら、そちらへ向かう。
知性は高いが理性の低い水蒼竜が取った行動は、仲間の合図を待たずして攻撃の準備を始めることだった。そのせいで騎士団側は水蒼竜の居場所を特定するに至り、そのおかげで魔物の仲間たちの潜伏に気付かれずに済んだ。
――――もう逃がさない。
距離ははるか遠い。
――――ロックオン。
それでもネルカだけの位置は捕捉できる。
狙いは一直線、魔王に向けて。
――――昂り。
イメージはできている。
炎の戦士がやっていたこと。
指輪に魔力を通すとき、一瞬だけ魔力が静かになる。
アレだ、覚えた、魔力を濃くする感覚。
――――圧縮。
漆黒の対策もできている。
水蒼竜がいる場所は、川だ。
――――発射。
――――静寂の線が放たれた。
二発で魔王の気が大人しくなった。
念のため、三発目もいこう。
そのとき、大きな魔力を感じた。
ここまで伝わる、その熱気、熱意、熱量。
炎の戦士も捕捉した。
『グルルォォ…。』
驚愕。
憤怒。
敬意。
湧き上がったのは三種の感情。
ちっぽけな人間の、大きな足掻き。
よもや、よくも、よくぞ――水流カッターを止めたな。
戦える。
ここを乗り越えたら、さらなる高みへ登れる。
水蒼竜は本来の計画など忘れて、遥か遠くのナハスと対峙した。
― ― ― ― ― ―
膨大な魔力へとナハスは走っていた。
勝てるはずもない、魔力量の差は明らか。
それでも彼は走った。
様々な感情が交錯し、正常な判断ができない中、すべての意志が向かう目的は一点に集中――水蒼竜を討つ。ただそれだけに急かされ、彼は配分など考慮することなく走り続けていた。
「ガマァァァシュゥゥゥッッ!!」
次の瞬間――
――線。
ナハスは炎の弓を構えると、水蒼竜の水流カッターに矢を放つ。
空気が裂けた。
矢が放たれた瞬間、周囲の温度が跳ね上がる。
ナハスの炎は、いつもより濃く、重く、鋭い。
「オオォォッッ!」
ナハスの炎矢が、線の中央へ吸い込まれるように突っ込む。
衝突――
炎と水。
熱と冷。
意思と意思。
対極の力がぶつかり、勝者は――ナハス。
彼の獄炎が水を全て蒸発させてみせたのだ。
線は散り、霧と化し、周囲を灼く。
「ッ!」
ナハスが片膝を着いた。
こみ上げる吐気、倦怠感、頭痛。
この症状――魔力の過剰消費。
ナハスの鍛練の日々、間違いなく魔力の扱いが成長している。
無駄なく、斑なく、至んなく、遺憾なく――余力が生まれる。
ただ、その余力、すべてを火力に捧げた。
相も変わらず短期決戦、すぐに魔力切れ。
「くるッ!」
それでも水蒼竜に慈悲はない。
静寂の線がナハスに向かって放たれる。
防げない、このままでは直撃する。
そして――
「一人で、行くな。ナハス殿。」
水流カッターの軌道が逸れた。
魔法による防御結界がナハスを守ったのだ。
ナハスは立ち上がると、後ろを振り返った。
「………七賢人。」
王国随一の魔法使い集団。
性別も出身も年齢もバラバラ。
ただ天才であるということだけが等しい。
「魔力の消費合戦、こちらが、不利。」
「だが奴だけは……やんねぇとッ!」
「それは同意、野放しには、できない。」
七賢人のリーダー格、白い髭を生やした男は目を細める。
遥か先にいる水蒼竜、見えるはずもない。
それほどの距離、一方的な水の狙撃。
「だから――」
この劣勢、覆してみせよう。
決して今は、敵だけの間合いではない。
それを知らしめてやるのだ。
「――この距離で、竜狩り、するぞ。」
水蒼竜 VS 七賢人&ナハス。
数キロ先の魔法対決――ここに開戦。
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