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その令嬢、危険にて  作者: ペン銀太郎
第二部:第3−2章:魔の森討伐任務(侵攻編)
206/207

206話:狩るモノと、駆る者と

蛇竜ガマーシュ種は執念深い生き物だ。

見つけた獲物は仕留める。必ずである。


そして、それは水蒼竜もまた同様のことであった。


かつて自身が獲り損なってしまった存在たち。

とりわけ水蒼竜が怒りを覚えたのは人間2体だった。

炎の戦士と、漆黒の狩人――ナハスとネルカである。


炎の矢が、漆黒の鎌が、完治してもなお疼くのだ。

執念深いのは何も水蒼竜だけではないと思い知らされた。


そもそも水蒼竜がこの森に来たことの理由は、ただ何となくそうすべきだと思ってしまった――否、そうすべきと思わさせられてしまったからだ。だが、きっかけなどどうでもいい、この森から水蒼竜は多くのことが学ぶことができた。魔の巣窟、食事の為ではなく優劣の為の闘争、そんな日々が水蒼竜をどんどん強くしていく。


そして、あの戦士と狩人もその一つなのだろう。

生存の試練ではなく、成長の試練。

食わねばならない、先の領域へと辿り着くために。


きっといつか、もう一度、闘う日が来る予感がしていた。




――その日は訪れた。




魔物の集団にとって騎士団の来襲というのは寝耳に水の出来事で、本来だったら彼らの作戦というのは成功するはずだった。しかしながら、水蒼竜の執念深さが戦況の天秤を傾けさせた――戦士と狩人の気配を感じ取ってしまったのだ。


確定と言えるようなものではない。

塞がったはずの傷がチリチリと傷んだ、それだけ。

それだけで、魔物の集団は罠を張ることを決定させた。


だが、ここで両陣営に誤算が生じる。


魔力の王――ゆえの『魔王』の気配が存在していた。

それは魔物陣営とは『別』の、騎士団陣営から放たれた気配。

有している本人ですら自覚のない気配。


ネルカ。


ネルカ・コールマンの腹部。


ハスディによる王都襲撃の時、彼女は魔王に腹部を貫かれている。

枯れて、出し切って、聖女の力を受け、消えたはずだった。


しかし、彼女の腹部には魔王の残骸が残っていた。


『グルルル…。』


――見つけた。


――漆黒の狩人。


何かが来た。

それが狩人だと気付けたのは水蒼竜だけ。

他の魔物は警戒しながら、そちらへ向かう。


知性は高いが理性の低い水蒼竜が取った行動は、仲間の合図を待たずして攻撃の準備を始めることだった。そのせいで騎士団側は水蒼竜の居場所を特定するに至り、そのおかげで魔物の仲間たちの潜伏に気付かれずに済んだ。


――――もう逃がさない。


距離ははるか遠い。


――――ロックオン。


それでもネルカだけの位置は捕捉できる。

狙いは一直線、魔王に向けて。


――――昂り。


イメージはできている。

炎の戦士がやっていたこと。

指輪に魔力を通すとき、一瞬だけ魔力が静かになる。

アレだ、覚えた、魔力を濃くする感覚。


――――圧縮。


漆黒の対策もできている。

水蒼竜がいる場所は、川だ。


――――発射。


――――静寂の線が放たれた。


二発で魔王の気が大人しくなった。

念のため、三発目もいこう。



そのとき、大きな魔力を感じた。

ここまで伝わる、その熱気、熱意、熱量。


炎の戦士も捕捉した。


『グルルォォ…。』


驚愕。

憤怒。

敬意。


湧き上がったのは三種の感情。

ちっぽけな人間の、大きな足掻き。

よもや、よくも、よくぞ――水流カッターを止めたな。


戦える。


ここを乗り越えたら、さらなる高みへ登れる。


水蒼竜は本来の計画など忘れて、遥か遠くのナハスと対峙した。



 ― ― ― ― ― ―



膨大な魔力へとナハスは走っていた。

勝てるはずもない、魔力量の差は明らか。

それでも彼は走った。


様々な感情が交錯し、正常な判断ができない中、すべての意志が向かう目的は一点に集中――水蒼竜を討つ。ただそれだけに急かされ、彼は配分など考慮することなく走り続けていた。


「ガマァァァシュゥゥゥッッ!!」


次の瞬間――


――線。


ナハスは炎の弓を構えると、水蒼竜の水流カッターに矢を放つ。

空気が裂けた。


矢が放たれた瞬間、周囲の温度が跳ね上がる。

ナハスの炎は、いつもより濃く、重く、鋭い。


「オオォォッッ!」


ナハスの炎矢が、線の中央へ吸い込まれるように突っ込む。


衝突――


炎と水。

熱と冷。

意思と意思。


対極の力がぶつかり、勝者は――ナハス。

彼の獄炎が水を全て蒸発させてみせたのだ。

線は散り、霧と化し、周囲を灼く。


「ッ!」


ナハスが片膝を着いた。

こみ上げる吐気、倦怠感、頭痛。

この症状――魔力の過剰消費。


ナハスの鍛練の日々、間違いなく魔力の扱いが成長している。

無駄なく、斑なく、至んなく、遺憾なく――余力が生まれる。


ただ、その余力、すべてを火力に捧げた。

相も変わらず短期決戦、すぐに魔力切れ。


「くるッ!」


それでも水蒼竜に慈悲はない。

静寂の線がナハスに向かって放たれる。

防げない、このままでは直撃する。


そして――


「一人で、行くな。ナハス殿。」


水流カッターの軌道が逸れた。

魔法による防御結界がナハスを守ったのだ。


ナハスは立ち上がると、後ろを振り返った。


「………七賢人。」


王国随一の魔法使い集団。

性別も出身も年齢もバラバラ。

ただ天才であるということだけが等しい。


「魔力の消費合戦、こちらが、不利。」


「だが奴だけは……やんねぇとッ!」


「それは同意、野放しには、できない。」


七賢人のリーダー格、白い髭を生やした男は目を細める。

遥か先にいる水蒼竜、見えるはずもない。

それほどの距離、一方的な水の狙撃。


「だから――」


この劣勢、覆してみせよう。

決して今は、敵だけの間合いではない。

それを知らしめてやるのだ。



「――この距離で、竜狩り、するぞ。」



水蒼竜 VS 七賢人&ナハス。



数キロ先の魔法対決――ここに開戦。


【皆さまへ】


コチラの作品を読んで楽しんだら、高評価をしてくださると嬉しいです。


そして、何よりも嬉しいのは作品に対する直接の言葉です。

なので、コメントしてくださるともっともっと嬉しいです。


よろしくお願いします!


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