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その令嬢、危険にて  作者: ペン銀太郎
第二部:第3−2章:魔の森討伐任務(侵攻編)
204/207

204話:透明な奇襲

まるで空間が引き裂かれたかのようだった。


ほんの一瞬だけ透明な線が発生したかと思うと、景色が歪み、元に戻る。

何かがあったと知覚はしても、何かがあったと自覚はできない。

反応することもできず、始まり、終わっていた。


一瞬な出来事。

透明な出来事。

静寂な出来事。


「あ…れ……?」


その呟きは、『線』の上に立っていた騎士の口から漏れたものだった。

声と同時に、赤い液体がその口端から垂れる。


揺れる瞳で視界を必死に保ちつつ、彼は――見てしまった。


そこにあったはずの身体が、欠けている。


誰かの腕が。

誰かの胸が。

誰かの腹が。

誰かの頭が。


まるで存在そのものを切り取られたように、静かに失われていた。


霧が揺れ、風が通り抜ける。

断面はあまりにも滑らかで、血の滴りだけが現実を証明している。


そして、自分の顎を伝うぬるい血の感触が――

自分も奪われた側だと告げていた。


自分は、命を――失う。


「……な…んだ…今…の…?」


人が倒れるには、あまりにも静かだった。

一人? 五人? いや、それ以上。


「誰か、倒れたぞ!」


叫びが上がったことで、ようやく混乱から時間が解放された。

それはネルカやマーカス、ガドラクたちとて同様のことだった。

猛者すら思考を止めてしまうほどの異常事態。


(何が起きたの?)


ネルカは黒衣を展開し、霧を裂くように魔力を走らせる。

その線は、視界の数センチ先――頬をかすめていた。


生きているのは、奇跡。


(早く、主を探さないと……!)


焦燥が胸を締めつける。

だが、目には何も映らない。

空も、森も、霧も、静かすぎる。


「あの線……いったい何なのよ!」


ここに集まる者に弱者など一人もいない。

あの瞬間、ガドラクの号令と共に、魔力膜は一斉に展開された。

ガードは間違いなく成功していたはずだったのだ。


それを消した。


消し飛ばしたのではない、ただ消したのだ。


「どこからの攻撃じゃッ!」


ガドラクの怒声が周囲に響く。


ざわめきが一斉に広がる。

しかし、誰も見つけられない。

痕跡も、予兆も、存在しない。


「魔力も感じられないのは…おかしいわね。…ん? 魔力……?」


ネルカの思考が、ひとつの点に触れた。

ありえない。ありえないからこそ見落としていた。

だが、ありえるとしたら――アレしかない。


「いや、あるわ……一つだけ。前兆が、あった。」


まさか。

まさか。

まさか。


(まさか――この距離からの攻撃?)


遥か遠く。

数キロ先に潜む、膨大な魔力の塊。

それが、再び『圧縮』されたのを感じた。


(来る!)


次の瞬間、霧が裂かれる。

『線』が、再び生じた。

軌道は、ネルカの正面――!


「くっ!」


彼女は黒魔法の大鎌を顕現させ、『線』に叩きつけた。


鋭い衝突音。

空気が弾け、霧が散る。


頬に触れたのは――冷たい水。


(……水!?)


線の正体は――水。

高圧で放たれた、超高速の水流。


黒魔法の防御で威力が落ちている。

魔力攻撃であることは間違いない。


しかし――消えていない。


(おかしい……魔力量は少ない。痕跡を残さない程度……なのに、黒魔法で消しきれない?)


黒魔法でも『消せない場合』がある。

黒血卿と闘った時、圧倒的魔力量と相対した時だ。

だが今回は、魔力の量が問題ではない。


大鎌が軋む。

耐えきれない。


ネルカは気づいてしまった。


(……混ざってる?)


魔力で生成した水と――

『本物の水』が混ざっている。


黒魔法は魔力を消すことはできる。

だが、現実の物質までは消せない。


(黒魔法対策。私を……知っているの?)


一撃目は掠めただけ。

二撃目は、正確に彼女の中心を狙ってきた。


狙撃者は、ネルカを理解している。

彼女の魔法特性を知っている。


(ありえない……私を真っ先に潰しに――)


パリンッ。


大鎌に亀裂が走り、そのまま砕け散る。


「――ッ!」


腕を交差してガードするが――


「がぁッ!」


衝撃が、全身を貫いた。

ネルカの体は空高く弾かれ、

木々の枝を打ち、折り、絡む。

最後にはクの字に折れ曲がって止まる。


枝葉が震える。

血が滴る。


「ネルカ!」


マーカスの叫びが森に溶ける。


彼女の身体は、吊られた人形のように動かない。

両腕は不自然な角度に折れ、額から赤い線が滴る。


ネルカは最後の力を振り絞り、唇を動かした。



「――――水蒼竜。」



その名が放たれた瞬間、森が――動いた。


『グルルルゥ…。』


木々の間から、魔物が顔を覗き始めた。

数えるのが馬鹿馬鹿しく思うほど、あまりにも数が多い。

これほどの接近をまさか許してしまうとは。


「魔物のくせに、こざかしい。」


魔物たちは気配を抑え、強大な魔力に隠れていたのだ。

まるで奇襲が成功することを待っていたかのように。


ガドラクたちは魔力を目印に作戦を練った。

だが実際は、魔力を目印に作戦を練るよう誘導されていた。


「しかし、連携が取れておるのぉ。」


魔物たちの強さはバラバラ。

魔物たちは種もバラバラ。


だが、目的だけは統一されている。


「ガドラク! 撤退だ! こいつらはザコだ、押し切れるだろ!」


「マーカス殿下よ、それは無理な話じゃよ。」


「あ?」


ズンッ。


魔力の圧が、一段階跳ね上がる。


姿を現したのは――

数メートル級の魔物たち。


騎士たちは思い出す。

今回の任務の緊急度。

国家規模で対処すべき、終焉級。


魔害級が複数体――それらすべてを総合した脅威。


牛人型タウルス種――【壊獣】

狼型ルーフ種――【黒影狼】

骨型パリュト種――【死魔骨】


報告通りの三体。


だが、それだけではない。


猪型ダドン種。

豚型ピグラム種。

白毛猿型ルコンガ種。

鳥型ラックガァ種。


そして――


「ッ!?」


遥か遠方の魔力が、三度目の変化を起こした。


また来る。

死を運ぶ線、が。


ネルカの推測が正しければ――

この魔力の主は――



蛇竜型ガマーシュ種――


【水蒼竜】。



魔害級――計八体。

総じて、終焉級。



絶望は――まだ、始まったばかりだった。


【皆さまへ】


コチラの作品を読んで楽しんだら、高評価をしてくださると嬉しいです。


そして、何よりも嬉しいのは作品に対する直接の言葉です。

なので、コメントしてくださるともっともっと嬉しいです。


よろしくお願いします!


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