表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その令嬢、危険にて  作者: ペン銀太郎
第二部:第3-1章:魔の森討伐任務(準備編)
200/206

200話:マクラン家(息子)

エルスターは馬車に乗りながら、窓の外を眺めていた。

向かう先はマクラン領、つまり実家である。


「もどかしいですねぇ…。」


神隠し事件での傷は未だ癒えていない。

いや、万全だとしても、彼では魔の森攻略任務には足手まといもいいところだ。結局のところ、実家に療養するのも、王都でお留守番も大差ない。


ただ、それはそれとして帰郷というのは彼の心を重くした。


エルスター・マクラン――人間の才能を見る才能がある男。


彼が生まれて初めて幻滅した相手は、自分自身と――


「……母、に遭わないようにしなければ……。」


産んだばかりの子から絶望の目を向けられるなど、果たしていったいどんな気持ちなのだろうか。当たり前だが彼はその瞬間を記憶などしてもいないし、当たり前だが子を持っているわけでもない、当たり前だがその答えにたどり着けるはずもない。


(いえ、これからも、分かる日など来るはずがないのでしょうねぇ。)


かつて、エルスターはネルカからこんな言葉を聞いたことがある。


――特別によってもたらされるのは、スタートの違い。

――才能によってもたらされるのは、道中の違い。

――努力によってもたらされるのは、ゴールの違い。


『特別』を驕らず、『才能』に溺れず、『努力』を止めない。


以前のエルスターであればそんな言葉を無視していたかもしれない。だが、血の夜会事件、避暑地での襲撃事件、王都襲撃事件、そして、神隠し事件――これらを通してエルスターの価値観は変わりつつある。ネルカの言葉を理解はできずとも、納得はできるようになっていた。


そう、間違いなくエルスターという男は、心が育っている。

育ったからこそ、今、苦しんでいるのだ。


できることなら、もっと昔に納得できる男でありたかった。


「ハァ……嫌ですねぇ。」


馬車がゆっくりと止まる。

軋む音とともに、重たい沈黙が破られた。


見慣れた門構え。

それなのに、懐かしさよりも先に、胸の奥がざらつく。


「……着いてしまいましたか」


ドアを開けたのは、白髪の家令だった。

背筋は今もまっすぐで、声も昔のまま落ち着いている。


「お帰りなさいませ、エルスター坊ちゃま。」


「………………………………ただいまですよ。」


穏やかに笑う家令の表情には、どこか安堵がにじんでいた。

マクラン家の親子共々を見てきた家令は、エルスターの精神的な成長をこの瞬間だけで判ってしまうのだ。だが、そんな彼でも、訊ねるべきかどうか悩むことがある。


エルスターの部屋の前で家令が立ち止まり、静かに言った。


「奥様には、お会いになりますか?」


エルスターは一瞬、視線を落とす。


「……………。」


その無言を肯定と捉えた家令は深く頭を下げ、足音を遠ざけていった。残された静寂の中、エルスターはゆっくりと扉を押し開ける。


中は――驚くほど、変わっていなかった。

本棚の配置も、窓辺の小さな観葉植物も、かつてのまま。


「……時が止まっているみたいですねぇ」


ため息を漏らし、ベッドに腰を下ろす。

ぼんやりと天井を見上げながら、思考が空回りしていく。

結局、自分は何を得て、何が足りないのだろう。


そのとき――


「おや……?」


外から、柔らかな笑い声が聞こえた。


エルスターは、ゆっくりと顔を上げる。

最初は耳の錯覚かと思った。

けれど、何度も響くたびに、その声の主を思い出す。


「……まさか」


立ち上がり、窓辺に歩み寄る。

カーテンをわずかに開いた先――庭。


そこに、陽の光を受けて笑う一人の女性がいた。

黒髪を束ね、穏やかな眼差しを浮かべて。


――母だった。


エルスターは、言葉を失った。

記憶の中の彼女は、いつも怯えていて、遠かった。

それが今、こんなにも自然に笑っている。


胸の奥が、わずかに痛む。


「……まさか、笑って!?」


誰かいる。

相手が、いる。

会話の相手が。


父ではない、宰相として王城にいるはずだから。


誰だ?


今日、自分が帰ることを知らないはずがない。

あの家令が母に伝えないわけない。


誰だ?


外に出てもいいほどに、楽しい相手がいる。


「誰だ?」


その顔を見るだけで視界が白く光る。

その顔を見るだけで胸奥が熱く燃える。

その顔を見るだけで身体が重く沈む。


眩暈、吐き気、倦怠感――エルスターにとって未知なる感情。


エルスターは母の会話の相手を見れなかった。


【皆さまへ】


コチラの作品を読んで楽しんだら、高評価をしてくださると嬉しいです。


そして、何よりも嬉しいのは作品に対する直接の言葉です。

なので、コメントしてくださるともっともっと嬉しいです。


よろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ