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その令嬢、危険にて  作者: ペン銀太郎
第二部:第3-1章:魔の森討伐任務(準備編)
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196話:アデル・コールマン

主人不在の王宮宰相室。

そこには二人の男がいた。


宰相室の灯りは夜更けにも関わらず消えることなく、窓辺には酒瓶が二つ転がっている。そして、書き込まれた地図と魔物に関する書類が机に広がっており、それらはすべて――魔の森に関するものだ。


その上に肘をついて、宰相の右腕アデルが黙り込んでいた。

対に座るは親友モリヤー、彼が口を開いた。


「ようやく決まったな、出陣の日が」


 盃を傾けながら、モリヤーが感慨深げに語る。


「……あぁ」


 アデルは短く答える。


「裏切り者を野放しにしていた間は、どうにも動けなかった。だが、もう障害はない。それもこれも、新設部隊『王宮騎士団第零部隊』のおかげだな。」


「第零部隊……か。」


「お前の義娘が所属してる部隊だろ。もう少し、誇らしげにすればいいじゃねぇか。どうした? 腐ったものでも食ったみたいな顔しやがって。」


「いつもいつも、ネルカの功績を聞かされるたびに思うよ。ハァ……妻がいたら、もう少しまともに接してやれていたのだろうな……とね。息子たちはもう『実の兄』として見てもらっているみたいだが、私には未だに『義理の父』かのようだ。」


「あー、まぁ、仕方ないだろ。アデルは宰相の右腕で、あの子は『死神英雄』などと呼ばれるほどの存在。今更に家族って言われても、立場ってのが難しいもんな。」


アデルは視線を落としたまま、ハァと息を吐く。

胸中では、義娘の強さを誇らしく思う一方で、彼女に背負わせてしまった戦の責任の重さに重くのしかかる。本当に、自分は悪い親だと、自己嫌悪ばかりが脳内を埋める。


それを見たモリヤーは笑みを浮かべつつも、視線は鋭い。

本気の笑いではない、苦しみの笑みだった。


「お前は、子供を、あの森に送り出さなきゃならん。それは確定だ。」


「分かってるさ……あぁ、分かってる。」


溜め息が尽きない。

モリヤーは仕方ないと、立ち上がる。

そして、窓際の酒瓶を手に取った。


「ほら、俺らにできる仕事はもうないんだ。あとは、出発の後ろ姿を見て、帰還の顔を見てやるしかねぇだろ。俺らはインドア派だからな。」


そのままアデルの隣に座ると、背中をポンと叩く。

そして、顔の前に、酒瓶をチャポチャポさせるのだった。



「いいから、な? 飲むか?」



 ― ― ― ― ― ―



――同時刻。


ネルカは王城の騎士団棟を歩いていた。


「ついにこの日がって感じね。」


武具を磨く音。

作戦の書類を前に、声なき会話。

夜更けの城には、ひそやかな熱が満ちていた。


ネルカはその熱を受けながら、王城を歩いていた。

どこもかしこも討伐任務の準備、もちろんネルカだって。


そんな彼女が向かう先は、城の本丸方面。

宰相室、義父アデルに会いに。


そんな時だった――


「あら?」

「おっ?」

 

道中で、彼女は珍しい存在とバッタリ遭った。

それはコールマン家の次男、ナハスの姿だった。

向かう先は同じ、宰相室。


「……そう言えば、ナハス兄さんもあの会議にいたわね。もしかして、任務に参加するのかしら?」


並んで歩きながら、ネルカはぽつりと問う。


「当たり前だ。お前と初めて遭ったあの日、多くの部下を亡くしたことは決して忘れはしねぇ。これだけは譲れねぇよ。」


義兄の声は低く硬い。


「――あの魔物《蒼水竜》は、俺が絶対に倒してやる」


ネルカは一瞬だけ、出会った日のことを思い出す。

あの森で、血に染まった部下の死骸を見つめていた兄の姿を。

騎士とは死を覚悟するもの、だが、それでも――


「……あのときは、私もまだ実力が至らなかったわ。兄さんを助けることで精一杯だった。それに、まだ、従兄弟の関係ってのも知らなかったもの。」


そして言葉に力を込める。


「でも、今なら――兄さんと共に――戦えるわ。」


二人の間に沈黙が落ちる。

その沈黙は重くあった。

だが、どこか確かな連帯を感じさせるものだった。


やがて視界の先に、宰相室の扉が見えてきた。

そこには義父アデルが待っている。


「「失礼します。」」


扉を開けると、宰相室とは思えない酒臭さが排出される。

そこには酔っ払ったアデルとモリヤーの姿があった。


「あら、御義父様、仕事場でこれは……。」


「あ〜あ、こんな飲んで、ソルヴィ兄さんにバレたら……怒られるってもんじゃねぇぞ? 俺とネルカで黙っておいてやるから、これで終わっとけって。」


二人は毛布を持ってくると、アデルとモリヤーに掛けてあげるのだった。出陣前に、父と会話しておこうと思った二人だったが、これでは到底できやしないだろう。むしろ、これで良かったのかもしれない。


すると、


「……お前たち……息子……娘……頼もしい……」


呟きが聞こえた。


アデルの声は酒に揺れ、ろれつも回らない。

まるで夢でも見ているかのようだった。

だがその言葉の奥には、父親としての本音があった。


「……誇らしい。」


アデルの頬をツツッと涙が伝う。


「……だが……危険な場所に……行ってほしくない……」


ネルカは少しだけ顔を背け、静かに言った。


「そのお願いは、聞けないわ。」


ナハスも低く頷き、力強く応じる。


「あぁ、俺もだ。だがな――」


二人は視線を交わし、同時に声を重ねる。


「「帰ってくる。」」


アデルはその言葉に安堵したのか、微笑みを浮かべたまま、ソファに頭を傾け、ゆっくりと眠り込む。モリヤーも同様に、隣でそのまま落ちていた。


ネルカは二人を見下ろし、静かに息を吐く。


「……御義父様――いえ――」


小さな笑みを浮かべて、最後に言葉を残す。


「『アデル父さん』。」


そう呟くと、そっと宰相室を後にした。



【皆さまへ】


コチラの作品を読んで楽しんだら、高評価をしてくださると嬉しいです。


そして、何よりも嬉しいのは作品に対する直接の言葉です。

なので、コメントしてくださるともっともっと嬉しいです。


よろしくお願いします!


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