195話:意味
ガッベの街――騎士団の病院。
ネルカは早歩きで、エルスターの部屋へと向かっていた
彼女がドアを開くと、そこにはベッドに寝かされたエルスター、全身を包帯でぐるぐる巻きにされて呻いていた。しかし、それだけではない。その枕元に座り、淡い光で治療を施している少女がいるのだ。
「……どう? 少しは楽になった?」
「……えぇ、少しはマシになりましたねぇ…。」
桃色の髪が特徴的な少女。
ネルカが見間違えるわけもない。
どうしてか、そこにいたのは聖女マリアンネだった。
「マリ!? なんでここに!」
「師匠っ!」
そんなネルカの疑問に応えるは、聞き慣れた高笑いだった。
「ふはっは〜! 俺が連れてきてやったのだ!」
金色の剛毛を揺らし、胸を張るのはギウスレアだった。
苦笑するマリアンネの横で、ネルカが呆れ顔で言う。
「…………まさか勝手にじゃないでしょうね? そもそも、殿下がこの街にいること自体がおかしな話なのよ。どうして。」
「勝手とは失礼な! 俺がいなければ貴様らは落下死しており、聖女もここに来られなかったのだぞ! そもそも、『神隠し』などという面白そうな事件がありながら、この俺を連れていかなかったことの方が問題だろう!」
「それって、つまり……結局は、勝手でしょう!?」
「勝手などではない! 友情による救助優先だ!」
「言わないわよ! ほら、マリの顔を見てみなさいよ! 誘拐されてやって来たみたいな表情をしているじゃない!」
「違うぞ! 俺への大感謝の顔だ!」
わ〜ぎゃ~する二人に、マリアンネとエルスターは苦笑するしかなかった。そんな中、二人の言い合いを止めたのは、疲れ混じりの低い声だった。
「……病院なんだから静かにしろよ」
ネルカが振り返ると、隣のベッドでマーカスが上体を起こしていた。
「あら、隊長じゃないの。無事だったのね」
「あぁ、死にかけだったがな……。あの異空間が急に崩れ始めたかと思ったら、街に戻されてたよ。そこに偶然、マリとギウスレア殿がいたおかげで命拾いしたってわけさ。」
「街に、戻され……?」
「生き残ってた連中は、みんな元の位置に戻されたらしいぜ? お前ら二人だけは……まぁ、敵の最期の悪あがきだろうな」
「……そう。とりあえずは一件落着、ってところね。それで? 敵はどうなったか分かるかしら?」
「ベルディゾとかいうタンクトップの男は俺がやっつけたぜ? まっ、生きてはいるが、ここの街の騎士に頼んで王都まで護送してもらってるところだな。それ以外の奴らは知らん、逃げられたと捉える方が自然か。」
「逃げられた……のね。分かったわ。」
神隠しの一件は終わった。
そう、終わったのだ。
リーネットの部下一人だけを倒せた、という結果で終わった。
そこには、『神隠し』と『魔王』の間に関係性だってなかった。
これを幸いとするべきか、それとも、これだけの労力を以てしてもこの程度の結果しか得られなかったとするべきか。ハァ〜と溜め息を吐いたネルカは、近くの椅子に深々と座り込んだ。
それを見たマーカスは、目を細めた。
「残念、みてぇな反応だな。」
「そりゃそうよ。」
「じゃあ、あの子を見てもそう言えるか?」
「……あの子? 誰のこと?」
マーカスは部屋にいた部下の一人に目を配る。
部下はうなずくと病室から出る。
そして、しばらくすると戻ってきたのだった。
とある二人を連れて、戻ってきた。
「「あっ!?」」
ネルカとエルスターはそう言えばと声を出した。
部下が連れてきたのは、神隠しにあった娘を探していた女性と、神隠しにあったその娘――つまり、マエロとその母だった。アリスを倒し、神隠しの異世界を壊すに至ったMVPの登場だ。
「エルお兄さん!それと、お姉さん!」
「この度は娘を助けていただいて、ありがとうございました。」
そう、無駄なことではない。
あの神隠しは、罪のない人を殺してきて、罪のない人をこれから殺すはずだったのだ。それを防ぐことができた、そのことの何が無駄なことだろうか、いや、必要なことだ。
「フ、フフ……、参ったわね。」
「そうですねぇ、頑張った甲斐があるってものですよ。」
ネルカはエルスターの手を引いて身体を起こすと、逆の手でマエロをベッドの上に乗せる。二人して頭を撫でると、少女はこそばそうに笑顔になるのだった。
この笑顔を見ると、こちらも笑顔になる。
そして――
「マエロね! 将来、お姉さんとお兄さんの、お嫁さんになる!」
ネルカとエルスター、同時にぽかんと口を開ける。
まさかの発言に、一瞬だけ思考が停止した。
「ちょ、ちょっとマエロ!? なに言ってるの!」
慌てて入ってきた母親が娘の口を塞ぐ。
その言葉に部屋にいる者の時が動き出した。
「だってお母さんが言ってたもん! ハーレム?ってやつは女の憧れだって!」
「マエローーッ!?」
ネルカとエルスターは思わず顔を見合わせた。
そして、すぐに吹き出して笑うのだった。
「あら、本日二度目のプロポーズね。すてき。」
「私の言葉が霞んでしまいますので、勘弁してほしいですねぇ。」
さらに、ギウスレアが顎をさすり、満面の笑みでうなずく。
「ふむ! 将来有望な少女だな!」
その一言に、大きな笑いが弾けた。
――こうして『神隠し事件』は幕を閉じた。
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