19話:第二王子マーカス
――時は少し遡り。
第二王子マーカス――彼は自分の執務室でとある報告書を読んでいた。
彼の母親であるリーネット側妃が何か企んでいるという内容である。
「母さんとジジイはまた何かやろうとしてんのか…。」
現在の王家は少しばかり荒れている。
元は正妃が中々に懐妊することが無かったため側妃を迎えたが、その途端に正妃が妊娠に成功したことが発端である。そして、しばらくすると側妃も妊娠してしまったため、側妃の家に野心が芽生えてしまい王宮内の雰囲気は一気に悪くなってしまったのだ。こうして生まれたのが第一王子ケルトと第二王子マーカスである。
では、数ヶ月しか歳の変わらない王子義兄弟の仲はと言うと、意外にもこれは悪くなかったりしていた。これは幼少の頃に側妃と第二王子を離させたとある辺境伯の英断なのだが、他にも思春期に二人が共通する天敵と出会ったことも関係したりする。
その天敵の名前はエルスター・マクラン――当時6歳。
当時からエルスターはデインばかり褒め、逆に他王子に対しては「いらない」「将来の国が不安」「近寄るな」といった反応を示していた。今でこそ長男ケルトに関しては『まぁ、今の殿下なら協力してやってもいいけど』という態度であるが、次男マーカスに対してはゴミを見る目から虫を見る目に昇格したぐらいである。
第三王子個人は嫌われていないが、エルスターのせいで兄弟から遠慮されている。
「今度の狙いはデインか…よくやるよ。…だが新しいアイツの味方ねぇ。」
報告書をめくるとそこはネルカ・コールマンについての情報があった。
狩人として生活していたが伯爵家の養子になった少女ということであるらしいが、それ以外にも何やら秘密があるらしいのは明白だった。その隠し事も国王自体は隠そうとしていないが、その周囲が必死で隠蔽しているようでなおのこと不思議なものである。
「夜会はエルスターにエスコートされて…ねぇ。しかもうちの家系列の夜会に参加するだなんて…向こうは向こうで情報を得ているということか。着せ替えさせられるからバーベラさんには会いたくないが――」
あのエルスターが気に入っているのであれば、それは悪い人間ではないのだろう…しかし、それでも気になってしまう。あまり夜会には参加しないマーカスだが、その面を拝むために今回は出席することに決めたのであった。
― ― ― ― ― ―
マーカスが得ている情報の中には、ネルカの趣味にバーベラの服に関するものはない。そのため、彼女がこの服を着ていることはエルスターの作戦であり、狙いはバーティ家とメンシニカ家を誘うことで間違いないだろう。
(だとしても、バーベラさんの服を着こなすなんて…なかなかいないぞ。)
露出度が高いながらも厭らしさを感じない彼女、マーカスはその理由について筋肉と身長、それに髪の短さと胸の薄さも要因であると推測していた。そんな彼の目線に気が付いたネルカが不審な者を見るかのような目をしたので、彼は慌てて自己紹介をする。
「お初にお目に掛かりますネルカ嬢。私はマーカス・ジ・ベルガー第二王子です。」
「初めましてマーカス殿下。それで話とはいったいなんでございましょうか?」
「それは…すみません、他の方々、ネルカ嬢と話をしたいのですが…えぇっと…そこの騎士、一応としてではあるが、キミだけ部屋に残ってくれるか?」
王子の命令となれば逆らうこともできず、その部屋にいるものは三人だけとなった。
指名された騎士は緊張の面持ちで部屋の隅に立っている。
「よし…ふ~、ま、これで邪魔モンはいなくなったな。」
「あら殿下、そんなすぐに本性を出しても?」
「あ? 構わねぇよ。お前も楽な口調にしてくれ、そこの騎士が黙ってくれりゃあいいだけさ。それにバレても教育係に怒られるだけだしな。知ってる奴は知ってんだ、特に問題はねぇよ。」
そう言うと彼はソファに深く座ると、組んだ足を机の上に置く。
そして、肩をコキコキと鳴らすと溜息を吐いて喋り出す
「お前もエルスターに振り回されてんだろ。」
「まぁ、エルは確かに問題児ね。」
「はっ、『エル』ねぇ。あのクソガキがそう呼ばしているってことは、あんたは気に入られているってことか。喜べ、それだけで信頼には値すんよ。あいつは嫌な奴だが、信用できることだけは確かだ。」
「……何が言いたいのかしら?」
「そう警戒すんなよ。母さんやジジイが何をしようとしていようが、俺は平和主義者と思ってくれ。まっ、エルスター蹴落とすってんなら協力するかもしれんがな。」
「じゃあ、今日のこれはただの興味が出たって認識で?」
「最初はそれだけでいいと思ったが…。」
マーカスは身を乗り出すとネルカの顎に手を添え、そして彼女の目を覗き込む。
しばらくして彼は体を離してハンッと笑うと、ソファーにたれ掛かり再び足を組む。
「あんた…人を殺せるな。そういう目をしている。」
「魔物を狩るのが私たちの仕事だと思われがちだけど、国境付近である魔の森なんて荒くれ者が隠れる場所には最適なのよ? やらなきゃやられるのは、殿下もご存知のはずだと思うのだけれども。」
「あぁ、そうだ。俺だってこの立場、殺し殺されの経験ぐらいあるさ。だが…あんたは呼吸をするようにそれができるだろう? そして、それに合うだけの強さもある。なぁ、あんたの母親ってもしかして…いや、ここで話すことではないな。」
人を殺人鬼のように言ってくる相手に彼女は少しムスッとしたが、母の教育がそういう類のものもあったことを自覚もしているため、これは仕方が無い事なのだろうと溜息を吐く。では、それが分かったとして目の前の男はどうしたいのかと気になった。
「ふ~ん、それで、危険人物は排除かしら?」
「いや、別にあんたがどういう人間かは重要じゃねぇ。付いている人間がエルスターだってのが問題なんだよ。過激な信仰心は万人受けしねぇから、国に迷惑かけるなってだけ。」
「ということは、首輪と鎖を私に付けるのかしら。ワンワン…なんてね。」
彼女は冗談交じりにカラカラと笑ってみせるが、マーカスは真面目な表情を変えることはしなかった。そして顎に手を当ててしばらく考えた後、何を思い付いたのかニヤリと笑って口を開く。
「――俺の元に…いや、俺の嫁に来い。」
その言葉は残された騎士だけでなく、ネルカを驚かせるのにも十分すぎるものだった。エルスターのときは何も感じなかった彼女だが、今回はどこかワクワクする気持ちが生まれており、これがイケメン&王子の力なのかと感嘆する。
「そうね、私は―――「ネルカ、話は終わりましたか?」」
彼女の回答を遮ったのはエルスターだった。
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