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その令嬢、危険にて  作者: ペン銀太郎
第二部:第2章:王宮騎士団第零部隊
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188話:アリス オブ ワンダーランド⑤

長らく投稿をお待たせしました。

――この異空間を維持するには特別な管理が必要。

――そして、管理の要はアリスの心臓に宿っている。


欲しい情報を得ることはできたと、エルスターは判断した。

あとはどうやって全てを破壊してみせるか、それだけだ。


確かに『信頼』という名の『毒』を注入することには成功し、仕留めるために近づくことだってできている。だが、それでもまだ、致命に至る箇所に近づくことはできない、アリスに近づくことはできていない。


エルスターの見立てとして、今現在どれほどまでに親しくなったとしても、周囲がアリスを守るという意識は絶対に途切れることはないだろう。許されるとしたら彼自身が食われ、栄養として吸収されるときだけ。


(それすなわち…私が…白塗人間になるとき。それはダメですねぇ。)


暴力による襲撃ができる『獅子』なら、機動力による襲撃ができる『鴉』なら。

だが、エルスターは『蛇』である、彼は彼の闘い方をするしかない。


(さてさて、どうしたものですかねぇ。交渉の場を設けるために、剣は捨て置いた……拾いに行けるあるいは匹敵する武器を手にする状況を作る……その後に、守りの目を掻い潜ってアリスに近づく。……言葉にするだけなら簡単ですが。)


エルスターはちらりとアリスを見る。

そして、その近くにはマエロの姿も。


そう、最短の道はマエロがアリスを殺すことだ。


だが、それをするだけの技量も気力も彼女にはない。

だからこそ、彼女は近づくことが許されているわけだが。


やはり遠回りでもエルスターがやらなければならない、か。


『……エルスターさん?』


思案に暮れる彼に、アリスの父親が言葉を投げかける。

聞きかった情報を入手したことで気が抜けてしまっていた彼は、アリスに対する視線を数秒間も維持してしまっていた。言ってしまえば数秒、されど数秒、アリスを守護する者は気に留める。だが、幸いにも、相手は疑いといった様子ではなく、心配という要素が強いように見える。


それでも守りの意識を一瞬で強めた。

エルスターにはそれが分かる。


アリスの両親はエルスターを疑ってはいるわけではない。

自身たちの限界を知っているから、自身の判断を疑うだけ。

疑わなくても大丈夫、という気持ちを疑っているのだ。


理と情ではなく、律だ。

アリスを守るためのマニュアル。

それこそが守りの意識を強めた理由。


「ハッ…あぁ、すみません、上の空でしたかねぇ。」


『いえいえ構いませんぞ。きっとこの世界の成り立ちを聞いて、理論だとか実験だとかを考えてなさっていたのでしょう。学者だとか研究者だとかは、そういう生き物であると私は承知しておりますので。』


やはり低能、だから徹底。


アリスの両親、とりわけ父親はただの一般人という枠を超えていない。だが、いや、だからこそなおさらに、アリスを守るというただ一点に関して全力を注ぎこむ。例え今この場でエルスターが駆け出して殺しに行ったとしても、異空間の制御権を行使して防いでしまうだろう。


心を離すだけではいけない。目を離させなければならない。

その盤面を作り出してようやくスタートラインだ。


「いやはや、そうですねぇ……ただ座って思考に耽るのも不健康的ですからねぇ。研究者としての悪いところがさらに露呈する前に、そろそろ運動を再開を提案しましょうか。どうでしょうか、アリス様?」


『…うぅん? あっ、確かに。アリス、いっぱい動きたいかも!』


『アリスや、お兄さんが遊んでくれるなんて良かったですな!』


エルスターはマエロをチラリと見たが、彼女は何も疑念を抱くことなく『アリスと仲良くなる』という任務遂行のために口を挟まない。恐怖や不安に支配されているのは当然のことなのに、エルスターに対する理由なき信頼だけを頼りに勇気を生み出しているのだ。


彼なら、自分を必ずや母親の元に戻してくれるはず。


(私がこの目を向けられる日が来るとはねぇ。)


かつてネルカに言われた言葉を思い出す。

――ファンの迷惑行動は推しの低評価につながる、と。


だったら逆も然りだ。

――ファンの善的行動は推しの高評価につながる、だ。


つまり、もしも、あるいは、だからこそ、ということは。


この少女を助けた後にデイン殿下の布教活動を行うと、今エルスターに向けられている感情のすべてがデインの評価へとシフトチェンジするのでは? それはとても魅力的なことではないか?


以前に彼は、トムスやネルカとの交流を以ったことで、デインを使って劣等感に対する言い訳をすることはやめた。こうしてエルスターの心の色眼鏡は消え去った。だが、それはデインに対する妄執が消えたということではまったくなく、むしろ逆に今まで以上に色付いて見えるようになってしまっていたのだった。今までのデインの素晴らしさを周囲に広めたいという意識を飛び越え、デインの血となり肉となり存在の一構成になりたいという欲望へとランクアップしたのだ。しかし、悲しいかな、人間という枠である限り、その欲は決して叶うことはないのだと諦めるしかなかった……はずだった。そこで、もしもエルスターの行動がデインに対する評価に繋がるというのであれば、もうそれは血となり肉となるのと同等の結果と言えるのではないか? いや、言えるに決まっている。




……という思考の暴走を抑えるため、エルスターは深呼吸をした。




主であるデインを思うとすぐ熱くなってしまうのは、彼の欠点だ。

かろうじて心を静めることに成功した彼は、穏やかに言葉を発する。


「そこでですねぇ、私の方から遊びを一つ提案したいのですよ。」


すでに場の空気はエルスターのもの。

発言権は彼が所有してるも同義の状態だ。

エルスターは次の毒を用意。


「では、『キシドロ』という遊びはどうでしょう?」


蛇の胃袋は、もうアリスの近くまで迫っている。




【皆さまへ】


コチラの作品を読んで楽しんだら、高評価をしてくださると嬉しいです。


そして、何よりも嬉しいのは作品に対する直接の言葉です。

なので、コメントしてくださるともっともっと嬉しいです。


よろしくお願いします!


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