184話:アリス オブ ワンダーランド②
マエロと共に脱出する。
それはエルスター単独で実行するよりも難易度が桁違いなこと。
合理的かどうかで言えば否なことである。
だが、婚約者ならば捨てなければならない瞬間までは諦めず、唯一の友であれば思考を放棄して救出に挑み――そして、最愛の主人ならばすべてを背負った上で成功を収めるに違いない。だったらエルスターがしなければならないことは、彼も彼なりの全力を示さなければならないということ。
でなければ、もしも一人生還したとしても、あの仲には戻れない。
「えっと、あなたの名前は?」
「マエロだよ! エルお兄さん!」
「エルお兄…ッ!? んん、ごほん、まぁいいでしょう。自由に呼べばいいでしょう、えぇ、仕方ないのですからねぇ。今は緊急時ですし、子供相手にやけになっても仕方ありませんので。…ですが、決してネルカの前ではそのように呼ばないでくださいね。決してですよ。分かりましたか?」
「ネルカさんってのは知んないけど、分かった!」
「……………では、マエロ、まずは互いに情報を共有しましょう。」
エルスターはこの屋敷について、すでに調査をしている。
そこで分かった重要なことは、たった三点だけである。
まず、床と壁と窓ガラスだけは破壊できそうにない。
少なくともエルスター程度の出力ではビクともしなかった。
椅子やテーブル、ドアなどは破壊可能であったが。
あと、エルスターの土操作魔法の範疇外である。
次に、白塗人間について。
脆くて、知能が足りなくて、見かけた人を襲う。
だが再生するし分裂もするので、逃げるが最善か。
最後、この屋敷には『お嬢様』なる存在がいる。
白塗人間はそのお嬢様についてのことしか言葉を発しないし、一部の部屋では幼い少女の肖像画が描かれていることから、この世界の核に深く関係しているとエルスターは予想している。問題は、どれだけ屋敷を走り回っても接触できそうにないことだ。
「あなたは、この世界について何か知っていますか?」
エルスターにとっては少しでも、という思いからの質問だった。
しかし、マエロの口から発せられる情報は、想定以上だった。
「えっとね、ここはね、アリスちゃんの、世界なんだって。」
「アリス? 誰ですか、それは?」
「うぅん、詳しくは知んない…。でもね、私ね、アリスちゃんと友達になったの。だけどね、私、すぐ疲れちゃうから、いっぱいは遊べないし、そろそろ帰りたいとも言ったの。そしたら、アリスちゃん泣き出してね、彼女のパパとママが怒っちゃって…「可哀想だとは思わないのか、この悪逆非道め!」って…屋敷に閉じ込められちゃったの。しかもね、勝手にね『かくれんぼ』が始まっちゃって、機嫌よくなったアリスちゃんが「永遠にアリスと遊ぼうね」なんて言ってたから…私恐くて…がんばって逃げてるの。」
「ふむ、きっとアリスという少女こそが『お嬢様』と呼ばれる存在でしょうねぇ。それに閉じ込められた…ということは、外があるということですか? 私は最初からこの屋敷にいましたので。」
「うん。全部が真っ白な町があったよ。空も白かったんだから。」
「アリスや両親は、どんな見た目でしたか?」
「ん~~~~、アリスちゃんは、私よりちょっとだけ大きかったよ。でも、アリスちゃんのパパとママは、なんかねぇ、ぼんやりしててよく分かんなかった。あっ、でも、宙にふよふよ~って浮いてた! 触った感じは、私と変わんないかも!」
エルスターはその言葉に対し、顎に手を当てて黙り込んだ。
マエロはその様子を見て、不安そうに彼を見上げる。
「私の話、いらなかった…?」
「いえ、かなり朗報ですねぇ。」
「ろうほう?」
「ありがたい話という意味です。」
「本当!?」
エルスターは強引さもなければ、賢さも一般人の限界を超えることだってできやしない。だが、人を見るということ、人の思考を上回るという点においてだけは、どんな努力でもたどり着けない場所にいるという自覚がある。そんな彼だからこそ有効活用できる情報が、マエロからはもたらされたのだった。
「まとめると…。」
アリスとその周囲の人物像は――
――悪意は存在せず、純粋無垢で無知ゆえに残酷。
――甘やかさればかりの、拒否の想定が生まれない環境。
――アリスは『楽しい』以外には興味がない。
――思い通りに行かずとも、周囲が強行突破してくれる。
――両親はアリス第一の思考、しかも短気で傲慢。
――彼女に異空間の支配権はなく、両親にある。
――両親に肉体はなく、アリスにはある。
だったら考えられる結論は一つ――この世界は『アリスのために』という同一方向性の意志が集合したことで作られたということ、現世でのマーカスの推理は間違っていなかったのだ。
(だが、アリスとやらの両親だけで作れるような空間ではない。いや、空間に閉じ込めた人間から搾取できる魔力量は解決……だとしても『最初』はあったはずですか。両親の他にも『アリスのために』という意志を持った人間がいると考えるのが妥当。……ハッ、そうか、あの真っ白な人間……もしかするとあれは、搾りカス…? ならば、まともな思考ができるのは、アリスとその両親だけ?)
空間の支配権はあるのに、アリスは自分たちを見つけれていない。
当然だ、両親の二人しかまともな支配者はいない、思考の限界は知れてる。
二人が『見れる範囲』でしか支配できないと考えるのが妥当であろう。
アリスたちは隙が多いということ。
「さぁ、マエロ、そろそろ行きますよ。」
「え? どこに?」
「この世界から脱出です。」
異空間の礎を壊す――そのための最初の一手は、アリスと接触。
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