179話:王子様インファイト④
マーカスは決して精神論で立っているわけではない。
身体強化の応用を使って、無理矢理に体を動かしてるのだ。
ついさっき編み出した、マーカスだけの技術である。
発端は、自分に似た状況に陥った者の話を思い出したこと。
それは――ネルカのこと。
彼女は夜会事件でバルドロと戦ったとき、体を動かせないほどボロボロになった。それでも、黒衣を操作して自分の体を動かしてみせたのだ。ちなみに、それ以降は身体補助程度でしか使用できないと彼女は悩んでいた。
確かにネルカは黒魔法を操作させることが不得意だ。
同族のトーハたちと比べると、なおさらに分かってしまう。
基本的に完璧な彼女の、数少ない苦手分野と言えるだろう。
では、バルドロ戦ではどうして動けたのか?
ここでマーカスはその理由について、とある仮説を立てていた。
黒衣『操作』ではなかったのでは?
彼女は大鎌を変形させながら、臨機応変に対応する戦闘スタイルである。今は彼女自身の実力がさらに増しているため、大鎌だけで対応できる範囲が広がってしまっているけれど。これについては、トーハも「あの変形速度は異常だ。」と言葉をこぼしていたこともあるほど。
彼女の黒魔法の得意分野は変形である、ということ。
ならば、同様に黒衣も変形させることが可能なはずである。
宙に浮かしたりはできぬが、変形も動きの一種だ。
伸縮と硬質化――これがネルカにとっての黒衣操作。
「同じだったんだ…俺らが魔力でやっている…『身体強化』も…同じ仕組みだったんだ。へっ…そうと分かれば、俺はまだ闘える。」
「何を言っている、貴様!」
「教えるかよバ~カ! 俺だけ知ってりゃいいコツだかんな!」
もしかすると身体強化というものは、魔力を体の内側にまとわりつかせることで、疑似的に筋繊維をより多く・太く・強靭にして、収縮と緩和によって運動能力を高めているのかもしれない。実際そうなのである、そうであるからこそ、今現在にマーカスが動くことが可能なのだ。
魔力による筋肉や骨の代替化である。
「ハァッ!」
万全の状態よりも、早くて速いジャブ。
ベルディゾの対応がギリギリになっていく。
彼の未来視はすぐ先の未来であり、だからこそ『1手先』を知ることが可能で、これがちょうどいい塩梅。しかし、マーカスの連撃の速度が過ぎるあまり、『2手先』の未来で対応しなければならなくなったのだ。
それでも若いころに『武神』と恐れられていただけのことはある。ベルディゾは『2手先』であることを理解したうえで、思考を切り替えることに成功したのだった。対応に余裕が生まれてくる。
気付いたマーカスはあえて速度を緩めたりすることで、『1手先』と『2手先』の未来を散らせたりするものの、そういう発想に至るであろうとマーカスの思考の癖を読み切る。
「くっ! ふっ!」
ふりだしに戻った。
傷を負っている分、マーカスが不利状況。
身体強化にも限度はあるのだ。
(――ってなると思ったぜ!)
だが、ベルディゾが速度に対応し、さらにはマーカスの癖までも熟知する、という今の状況はマーカスも想定していた展開だった。ベルディゾに戦いを支配していると思わせて、少しの油断を引き出すためのもの。
未来が更新される。
次の瞬間、ベルディゾは大振りの一撃の未来を視た。
いや、大振りの未来を見せられた。
彼が見た未来は『2手先の未来』。
つまりベルディゾが防ぐべきなのは、大振りの一撃ではない。仮にあの大振りが2手先であるということに気が付けたとしても、その確信にどこまで乗っかれるか。マーカスは(通せる!)と判断し、高速のジャブを繰り出した。
「ぬるいな。」
この駆け引きすらもベルディゾは読み切っていた。
その言葉を聞いた時にはもう遅い。
ジャブは防がれ、マーカスは次の攻撃に移っていた。
ベルディゾは大振りの一撃に対応する準備を始め――
――顔面にジャブが直撃していた。
(な、なにが…起きた!? まさか!?)
大振りの攻撃は『2手先の未来』ではなかった。
それは『3手先の未来』だったのだ。
油断を誘って未来視の更新の隙を突く、ということを誘導させたベルディゾ、という展開にマーカスは誘導したのだ。裏の裏の裏の、そのさらに裏に迫る応酬――マーカスが勝ち取った。
そして繰り出される大振りの攻撃。
ベルディゾのふところはガラ空きだ。
「せいやぁッ!」
渾身の一撃が、ベルディゾの腹部に直撃する。
ベルディゾは咄嗟に魔力膜を集中させるが、そんなことおかまいなしに拳はねじ込まれる。ついにマーカスは決定打とも言えるようなダメージを、与えることに成功したのだった。
「がはっ!」
ベルディゾの口から、血と空気が吐き出される。
だが――
「だが――」
(だが――耐えたぞ。)
裏の読み合いは確かにマーカスの勝ちだ。
だがベルディゾは耐えた、言ってしまえばただの根性論。
特別なことをしたわけではない、やせ我慢である。
基本的にベルディゾは未来視により、闘いは無傷による完封しかない。しかし、そもそも彼の師匠は黒魔法の使い手であるエイリーンである、修業時代に何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も血反吐を吐いているのだ。
ここで倒れるような男ではない。
「この程度ォ!」
「なにっ!?」
マーカスは完全に勝ったと思っていた。
だから、耐えられる展開までは予想していない。
次に懐がガラ空きなのは彼の方だった。
ギュルルルという空気を捩じ裂く音。
ドリルパンチの音である。
「ぬんっ!」
彼はマーカスのジャブパンチから、効率の良い魔力配分について学習していた。脱力と爆発による、瞬間的に強力な一撃。だが、ただ速度を出すだけが真髄ではないと、ベルディゾは理解していた。
これを上手く扱うなら――
――ジャブパンチと同じく、最短最速の直線攻撃。
――コンパクトでも威力を出すため、加速を体の内側でおこなう。
――魔力膜によるドリルだけでなく、肉体としての捻りも加える。
そうして――
合理によって辿り着いたのは――
――『正拳突き』。
【皆さまへ】
コチラの作品を読んで楽しんだら、高評価をしてくださると嬉しいです。
そして、何よりも嬉しいのは作品に対する直接の言葉です。
なので、コメントしてくださるともっともっと嬉しいです。
よろしくお願いします!




