177話:(回想②)未来が視える男の、見えない未来
彼が『武神』と呼ばれるようになり、半年が経った頃の話。
いつものように山奥で魔物を相手に鍛練を積もうとしていた彼だったが、今日は魔物をいっさい見かけなかった。(ここももう移動する時期か?)と思っていたところ、彼の近くを小型の魔物が通り過ぎたのだった。
その魔物は、まるで何かから逃げるような雰囲気だった。
興味に駆られたベルディゾは、魔物がやって来た方面へと歩みを進めた。次第に大きくなっていくピリリとした感覚、まるで大きい魔物と対峙するときのようだった。彼は久しぶりの強者の気配に、舌なめずりをするのだった。
「あら、向こうから来てくれたわ。」
「手間が省けたか。ありがたいことだな。」
そうして、現れたのは一組の男女だった。
拳に黒い手袋を付けた、露出の多い女。
二振りの黒い曲刀を両手に持つ、しかめっつらの男。
なにより――
――未来の景色にこの二人だけが存在していない。
未来視が意味をなさない存在。
ベルディゾは驚愕して立ち止まった。
「初めまして、私の名前はエイリーンよ。」
「名乗る必要はないだろう。」
「何を言ってるのよトーハ。マナーでしょ?」
「ふんっ!」
やってられんという態度を示すトーハに、やれやれと肩をすくめたエイリーンは改めてベルディゾをジッと見つめた。そして、にやりと笑うと歩みを早めた。それを見たトーハは逆に、任せることにしたのか歩みを止める。
「あなた、『武神』って呼ばれてるそうね。クスクス…まぁ、なんと、御大層なこと! だけどね、残念ながらこの国で活動してしまったのはアナタの不運なのよねぇ。だって、ねぇ、『神』ってねぇ……クスクス。」
「な、なにがおかしい! 貴様ッ!」
「だって『神』の名が付く事象は、私たちが処理することになっているもの。」
次の瞬間、エイリーンから殺気が溢れた。
未来が視えずとも、ベルディゾとて戦歴を重ねた猛者である。一瞬で間合いを詰めたエイリーンに対し、蹴りを放つ。彼女の体にクリーンヒットしたかと思ったが、感触が軽かったため上手にいなされたことを悟った。
彼女はベルディゾの鼻先めがけて掌底を繰り出した。
彼は全力の魔力膜を以て迎え撃つ。
だが――
「ぶはっ!」
魔力が消された――エイリーンの手袋は黒魔法でできていた。
そんなことを知らないベルディゾは鼻血を出しながらも、なんとか倒れないように足を踏ん張る。そこにエイリーンからの足払いが入ることで、彼の体は宙に浮き――彼女の拳が腹に直撃したのだった。
「ごっ、カハッ!」
地面に倒れながら、ベルディゾは血を吐いた。
彼の内臓は破裂し、骨は砕けている。
勝負は終了、エイリーンの圧勝だった。
「き……貴様ら…何者………だ…。」
「私たち?」
彼女はベルディゾを見下ろす。
その背にトーハが歩いて近づいて来ていた。
「私たちは――『影の一族』よ。」
ベルディゾの視界は次第に暗くなっていく。
そして、完全に目を閉じた――真っ黒。
― ― ― ― ― ―
次に彼が目を覚ました時、ベッドの上だった。
どこかの小屋の中だろうか、彼はあたりを見渡した。
そして、すぐ近くでエイリーンが椅子に座って読書をしている。
「なっ! きさっ! グッ!」
ベルディゾは慌てて起き上がろうとしたが、腹部の痛みにより再びベッドに横になってしまう。その様子を見たエイリーンは立ち上がると、屈んでその顔を覗き込んでくる。
「おはようかしら。」
「…………………俺を殺すのではなったか。」
「筋が良かったから、弟子にしてあげることにしたの。」
その言葉に、ベルディゾは目を見開いた。
自分は特別な存在であると思ってたが、それを超える特別に出会ってしまった彼。義務感など綺麗さっぱり消えており、再び心はすっからかんになってしまっていた。だが、以前のような虚無という意味ではなく、様々な感情が入り込んでくる余地があるという意味でのすっからかんだった。
「俺を………弟子に…してください。」
こうして、ベルディゾとエイリーンの師弟生活が始まった。
― ― ― ― ― ―
弟子になって彼はエイリーンのことを次第に理解し始めた。
彼女は確かに『影の一族』による英才教育だとか、魔力を消す黒魔法だとか――ベルディゾが以前からこだわっていた『特別』な要素を持っている。持ってはいるのだが、他の同族であるトーハたちと比べたとき、エイリーンは明らかに違うものも持っていたのだ。
それの名前は『才能』だ。
人間は努力をすれば『特別』を凌駕することが出来るが、その努力のための必要経験値は『才能』によって変わる。強大な才能を持ったうえでの多量の努力の前には、いかなる存在も追い着くことが出来なくなってしまう。
特別によってもたらされるのは、スタートの違い。
才能によってもたらされるのは、道中の違い。
努力によってもたらされるのは、ゴールの違い。
『未来が視える』だとか『魔力が無限に使える』だとか『魔力を消せる』だとかよりもよっぽど、『天才である』ということが羨ましい。そして、どう努力しても埋めることのできない差に、理不尽を感じて苛立っていた。
師のことは好きだ。
その笑顔を見るだけで、胸が温かくなるから。
師のことは嫌いだ。
才能があるから。
師のことは尊敬している。
彼の中の未知を、たくさん教えてくれたから。
師のことは軽蔑している。
才能があるから。
師のことは目標だ。
心技体のいずれも備わっているから。
師のことは例外だ。
才能があるから。
師のことは愛している――才能があるから。
同時に、殺したいほど憎い――才能があるから。
そして、ベルディゾが弟子になって7年が経過した。
師は任務のために二つ隣の国に行くことになったようだ。
「パパッと終わらせて、パパッと帰るわ。待っていてね。」
だが――何年待っても、エイリーンは帰ってこなかった。
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