174話:王子様インファイト①
良くないことは続いて起きる――マーカスは心の中で悪態を吐いた。
スィレンが派手に暴れてくれたおかげで、白塗人間たちは引き寄せられるように集まっていき、完全フリーになった彼は二つ隣の区域まで移動したのだった。どこか小休憩でもできないかと、日干しレンガの家がポツリポツリと建つ道を歩いていたのだが――。
――今度はベルディゾと遭遇してしまったのだった。
彼が進もうとしていた方向は、先ほどまでマーカスがいた区域。
もしかしたら、目立つスィレンの元へと行こうとしていたに違いない。
だが、彼はマーカスを明確にターゲット切替たのか、殺気を放っていた。
「なぁ…協力し合って脱出しようって気は…ねぇか?」
「あぁ、ないな。」
「だろうな。」
「貴様らの仲間に、死神がいただろう。確実にあの娘ならばこの世界に辿り着くだろう。明細な根拠などないが、強き女であるということ以上の根拠など必要ない。そして、黒魔法ならこの世界を終わらすことができる。ならば、脱出はも時間の問題と言うだけのことよ。」
「テメェ、あいつの知り合いか?」
「いいや、あの娘を見たのは今日が初めてだ。だが、俺はあの娘の母のことをよく知っている。まぁ…仮にあの娘が期待外れだったとしても、俺にはこの世界から脱出する目途は立っているわけだがな。」
「なるほどな、そっちの繋がりか。」
刃を頭部右横に立てた構えを取るマーカスに対し、ベルディゾは左手を前に出しつつも右わきを締めて拳を作る構えを取った。ジリジリと距離を推し測りながら、双方は近づいていく。
「「ハァッ!」」
動いたのはほぼ同時。
だが、早いのはマーカスだった。
剣が首元へと向かわれるのを、ベルディゾは左手で受け止める。そして、そのまま刃を滑らすように接近し、右こぶしを顔面へと叩きこむのだった。スクリューパンチではないものの、首が千切れんばかりの衝撃に、マーカスは自身で後ろに跳躍することでしか身を守ることが出来なかった。
空中で縦に一回転したのちに何とか着地した彼であるが、隙を埋めるように接近したベルディゾの拳から放たれるギュルルルという音を聞き、慌ててその間に剣を入れてガードを図った。だが、繰り出された拳は、その剣を破壊したのだった。
「くそったれ!」
壊されはしたものの、ベルディゾの勢いを止めることには成功。
マーカスは数度のバックステップをして距離を取る。
そして、使い物にならなくなった剣を投げ捨てた。
そして、両手の拳を自身の胸前に、姿勢は少し前傾姿勢。
殴る蹴るという行動に重きを置いたスタイルである。
以前に義娘から聞いた、あっちの世界の格闘技をベースにしたもの。
実戦で使うのは初めてだが、マーカスの思考は不思議と冴えていた。
キュッキュと音を鳴らしながら、その場でステップを踏む。
「ほう? そう来るか。」
「あぁ、こう行くぜ。」
ベルディゾの強さについて、マーカスは二つの予想が立っている。
一つ目、彼は自身と同じく『魔力の濾過』ができる人間だ。
初めこそは魔力が多い人間かと思っていたが、あまりにも全力全開を常に出し過ぎており、多いという域を明らかに超えている。だが、他でもないマーカス本人がそういった戦い方をしているため、困惑するようなことではない。
二つ目、それは反応速度の早さだ。
以前にマーカスが王城内で鍛錬をしていたとき、ネルカと騎士団長ガドラクも偶然にも揃ったことがある。そして、小休憩中に戦いの談議をしていたところ、話題は判断の早さになったのだった。
判断の早さとは、基本的に『経験』によるものである。
思考するというプロセスを、マニュアルによるオートで短縮させる。
ちなみに、世には怪物がいる。
見る聞く感じるといった情報の入手――よりも前の段階で反応する者が存在するのだ。
ネルカがその筆頭であり、彼女曰く「上手く説明はできないけど、何となく感じるの…『勘』ってやつね。」などとのたまうのである。それも経験則の一種なのではという話も上がったが、結論には至らなかった。
ベルディゾは『経験のみ』だとマーカスは判断した。
いつも気付きがあってから反応している雰囲気があるからだ。
(けッ! 勘だとか訳の分かんねぇ理不尽じゃねぇなら、やりようはある…か。)
そうと分かれば、ベルディゾの全容が見えてくる。
彼の構えは相手の攻撃を左手でさばきながら隙を伺い、右の拳でトドメを刺す――カウンター特化の型である。魔力消費を無視してよく、『後の先』が許される反応速度だというのならば、確かに理に適っている。むしろ、素手こそが最善。
(だったら問題はねぇ……対策はすでに団長から聞いているからなぁ!)
マーカスは互いの攻撃可能距離まで近づくと、左の拳でパンチを何度も繰り出した。速度と連発をメインとした、場の駆け引きをおこなうためのパンチ――つまり『ジャブ』である。
対するベルディゾは一切動じることなく、すべてを左手でさばく。
時おり繰り出される右拳も、難なく受けきっていた。
しかし、マーカスの目はギラついていた。
「いまッ!」
マーカスの左手がブレた。
「ッ!?」
否、ブレたように見える速度なだけ。
放った本人ですら認識できないジャブだ。
マーカスがおこなったことは、動作の根元となる筋肉をまるで爆発させるかのように、一瞬にすべてをかけて身体強化をおこなうという――言わば魔力の刹那的放出。これは血の夜会事件において、バルドロが一度ネルカを追い詰めた技術でもあった。
重要なのは刹那的に魔力を放出させる点などでは決してない、それだけでは速度が出なかったりする。動きの根元だけに力を放出させ、それ以外の部分はむしろ逆に『脱力』させなければならないのだ。それでいて、自壊しないようにインパクトの瞬間には力ませる必要まであるのだ。
この『力み』と『脱力』のバランスが非常に繊細。
だからこその高難易度技術なのである。
一歩踏み出して手を伸ばすという距離においてなら、彼は大陸で最速に至った。
ヒットした感触ならあった。
同時に――掴まれた感触も。
「今のは肝が冷えたぞ、王国の王子よ。」
マーカスの拳は、手の平によって受け止められていた。
「てめぇまさか…。」
左手どうしの力比べが始まり、ギリギリッと音が鳴る。
そんな中でも、二人は睨み合っていた。
「未来が視えてやがるのか?」
ベルディゾは淡々と答えた――あぁ、そうだ。
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