173話:奇妙な世界
気が付けば、マーカスは不思議な空間にいた。
白しか存在しない世界、光と影だけが唯一の色。
周囲に広がるのは、まるで様々な様式の町が切り貼りされたような風景だった。木でできたボロ小屋があったかと思えば、王都にあるようなコンクリート造、さらには隣国で見たことがある大聖堂、果ては戦争のための砦――それらが区画ごとに乱雑されている。
しかも、なにより奇妙だったのは、その空間の重力だ。
眺める限りの白い世界の中に点在する区画は、異なる重力を持っているかのようだった。土台となる地面ごとに位置する高さも違えば、向きも違う。あちらに見える田舎町は逆さ、そっちに見えるマーカスも知らない街並みは斜めで、きっとあそこに見える地面の裏側も町が存在するのだろう――だが、いずれの区画でも『地面が下』なのだと、思わさせる何かがあった。
そして、果てが見えない。
この空間は、どれほどのサイズなのだろうか。
「これが、神隠しの世界…か?」
彼は冷静になってこの世界を分析し始めた。
魔力の濾過は問題なく行使ができる、ということは元の世界で彼が感知した魔力とは、あくまで世界間を繋ぐための目印にすぎなかったということになる。
つまり、仮に意思のある存在がこの世界を作ったとしても、好き勝手できるわけではないということ。想像ほどはヤバくはなかった現象と考えるべきか、それでもこれほどの異空間ならと考えるべきか、マーカスには判断のしようもなかった。
(それよりも…。)
マーカスの後ろの建物――の裏側。
魔力の気配がする、強い気配ではないが何かがおかしい。
その違和感の正体が何なのかを知ることができるほど、彼の魔力探知の練度は高いわけではない。だからこそ、好奇心が危機感を勝ることになってしまい、彼は建物の屋根へと移動したのだった。
そこで見たのは人らしき何かだった。
『人らしき』と表現したのは、その存在は輪郭以外を有しておらず、ただ真っ白な何かだったからだ。その白塗人間は複数人おり、意思もないかのようにフラフラと通りを歩いていた。
しかし、うち一体の白塗人間がマーカスを見つけると、顔の方向など見当もつかないながらに、彼は視線が自身へと集中した気配を感じたのだった。
そして、様々な声が一帯に響いた。
『お嬢の友達を増やすんだ。』
『キミも、白く、なりましょう?』
『楽しい毎日が始まるんだよ。』
一番近くにいた白塗人間が跳躍し、同じ屋根へと至る。
対するマーカスは着地するや否やのタイミングで、斬りかかった。
彼の本能が、対話不可能の危険な存在だと判断したのだった。
白塗人間の胴が真っ二つになる。
手ごたえは軽い、非常に脆い存在のようだ。
だが――
「ハァ!? うそだろッ!?」
再生したのだ。
しかも上半身と下半身の両方から。
つまり、実質的な分裂である。
斬るのは悪手ということである。
「逃げるしかねぇ!」
後ろから、横から、前から――迫りくる無数の白塗人間に対し、避けて斬って押しのけることにより数に押しつぶされないよう彼はただ走った。しかしながら、ここもまた一つの区画に過ぎない、つまりは端があるということだった。
区画と区画の間の無の空間、どうなっているかは分からない。
どこまでがどちらの区画の重力なのかも分からない。
だが、マーカスの選択肢はただ一つ。
「いっけぇ!」
跳ぶしかない。
そして、区画の端から跳躍して約3メートルほどの距離まで進むと、マーカスにとっての上下が消えたのだった。感覚としては水中に近いが、呼吸はできるし、粘度がないからどれだけ体をバタつかせても何も変わらない。それは『無重力』という状態だった。
クルクルと回る視界の中、白塗人間が区域から飛び出してきたが、マーカスと同じ無重力間の軌道に乗る存在はいない。
と思いきや、彼の足が掴まれた。
「うぉ!?」
彼は成すすべなく近くの区域へと引っ張り込まれ、ついには重力の範囲まで入ってしまう。着地に失敗した彼は慌てて自身の足を掴んでいる存在を見たが、それはとてつもなく長いだけの蛇が足に絡みついていたのだった。
そして、蛇の尻尾の方側に一人の女性が立ってた。
「王子様ァ♡」
「うげっ!」
スィレンである。
マーカスは蛇を引きちぎると、逃亡を開始した。
彼女は十本足の魔物の背に乗り、彼の追跡をするのだった。
「なんで逃げるのォ!」
「テメェの相手をしてる余裕がねぇからに決まってんだろ! 気持ち悪い奴らには追われるし、この世界からの脱出を優先してぇんだ、バカ!」
「もぉ! て・れ・か・く・し♡ なんだからァ!」
「うっせぇッ!」
「でも、仕方ないわァ。脱出優先は私もォ同じだもの。王子様を捕まえるのは後回しにして、今は協力ゥしましょ♡」
「そ、そうか、休戦だな!? 休戦でいいんだな!?」
「だ~か~ら~、せめて、私と子作りしましょ♡」
「『せめて』という言葉で繋げられる文章じゃねぇだろ!」
「あら言ってなかったかしら? え~っと、私の趣味は『強い子を作り上げること』でねェ。私のお腹がキュンキュンして告げてるの、あなたとの子は絶対に強くなるって♡ あっ、ちなみに、私がゼノン教にいる理由はね、魔王との間にできる子ってェ、絶対に最強になると思わなァい!?」
「なんだコイツ…イカレてやがる…ッ! クソが、ゼノン教の幹部と協力し合うとか、やっぱ無理な話だったんだ! チクショォッ!」
そんな彼らのやり取りに、近くにいた白塗人間が反応しないわけがない。逃亡劇の邪魔をするように、四方八方から襲い掛かって来るのだった。そして、白塗人間とは初遭遇なのかスィレンは魔物を召喚させて対応し、どんどん分裂を許してしまうことになってしまう。
「私のプロポーズをォ…邪魔しないでよ!」
分裂すれば分裂するほど、対抗してスィレンも魔物を召喚していく。彼女は自身の魔力量がかなり減ってきていることすら忘れ、ただただ感情の赴くままに出し続けるのだった。
物量VS物量
まさに地獄絵図。
「ヒ、ヒィィィ!」
ただでさえ肉体的ダメージが蓄積しているにも関わらず、今度は精神的疲労までもが積もりに積もっていく状態。マーカスはかなり限界が近づいて来ており、彼らしくない情けない悲鳴を上げるのだった。
依然変わらず、異空間からの脱出の目途はなし。
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