172話:三つ巴の戦い
人数的なことだけであれば、この三つ巴には差がある。
騎士十数人がいて、さらなる援軍が見込めるマーカスたち。
三十を超える信者に、魔物を出現させるスィレン。
そして、マックスとベルディゾのたった二人である。
だが、意外なことにこの均衡においてもっとも優勢なのは、二人組――というよりはベルディゾ個人だった。彼の持つ圧倒的な魔力量を前にすれば、たかが知れた戦士など存在しないに等しい。
彼と戦えるとしたら、マーカスぐらいだが――
「私の王子様ァ♡」
スィレンがマーカスを狙っていたのだった。
しかも殺意ではなく、愛情を以て狙うのだ。
もちろん、彼自身はその理由に心当たりなどありはしない。
スィレンが出してくる魔物たちを対処しているうちに、彼女の部下がベルディゾへと集中砲火しているのだった。気が付けばマーカスとベルディゾの間には距離が出来てしまっていた。
「ウフフフ。」
「なんなんだよ、テメェは!」
「大人しくしてくれたら傷つけないわァ。でも、抵抗するってなら、手足をもいじゃって、私が可愛がるだけの存在にしちゃうわよォ。」
地を割って蛇の魔物が三匹、這い出す。
マーカスは一体を斬り伏せ、二体目を蹴り飛ばすした。だが、三体目、その牙が右腕に噛みついた。
魔力膜は食い破られない。
それでも、振り回され、
宙に飛ばされ、
地に叩きつけられる。
大地が砕け、
視界が揺れた。
「ぐっ……クソが……!」
血と唾を吐き出しながらも、彼は力を振り絞って最後の魔物を殴り殺す。だが、彼が顔を上げると、今度は別の魔物に囲まれていた。
スィレンにたどり着けない。
攻撃が、途切れない。
「ざァんねェん。私の可愛い可愛い子供たちは、まだまだいるわァ。」
魔物の連撃は止まらない。マーカスは斬り、蹴り、振り払う。だが消耗の果て、彼は弾き飛ばされ、建物を突き破って転がった。
「ガァッ! クッ! ッッッ!」
魔物たちがマーカスへの追撃に向かう。だが、主の意識が切り替わったのだろう。奴らは揃って足を止め、別の獲物へと向きを変えた。
「……なんだ?」
なんと、巨体の魔物が小型の一匹を掴み、スィレンの方へと投げつけたのだった。当然に狙いは彼女ではない。その背後に潜んでいた仮面の暗殺者――マックス。
「ちっ、バレたか!」
闇から現れた男を前に、スィランが細く笑う。
「抜け目がないわね」
「天敵のネルカもいねぇ。ベルディゾは別の相手に夢中だ。なら、ここで仕留めに来るのは当然だろ?」
一触即発の視線が交錯する。マックスが呪具の鞭を抜き、スィランはさらなる魔物を呼び出した――。
― ― ― ― ― ―
マックスとスィランが戦い始めた頃、マーカスは戦場へと戻ってこれるまで体を回復させていた。しかし、完全にフリー状態となった彼には、いくつか選択肢があり悩むことになった。
(ザコは無視。で、仮面野郎と女は勝手に潰し合っている。だったら、狙うとしたらステゴロ野郎ただ一人に限るか。このまま行くと、アイツ一人のせいで戦況はめちゃくちゃになってしまう。)
ベルディゾは未だスィランの部下の相手をしている。
信者である彼らは苦痛に対する恐怖が薄く、死なない限りは何度でも立ち上がって襲い掛かるため、しぶとく食い下がっているのだ。おかげで、騎士たちはスィランの呼び出す魔物の対応に向かえているわけだが、必ずどこかでこの関係は終わる。
言ってしまえば、ただ魔力が多いから身体強化と魔力膜が強いだけなので、ネルカさえ登場すれば片が着く相手ではある。しかし、このときのマーカスの中ではその発想が生まれなかった。
「ふーー……やるなら、一瞬。」
ベルディゾはマーカスの攻撃を防いだ時、明らかに魔力を防御専用に振り分けていた。だとすると、何もないときにくらってはいけない一撃ではある、少なくとも手も足も出ないというわけではないということだ。
隙を狙え。
ただ、その瞬間だけにすべてを込めろ。
彼は腰を落とし、魔力を練り始めた。
そして、数秒後に――
「ここだ。」
マーカスは身体強化で使われる魔力を、『ベルディゾへと接近し、剣を振るう』という動作に必要な部分だけに偏らせた。これはネルカから教わった身体強化の方法である。
決して彼女のように使い慣れているわけではない。
そもそも、王宮騎士団でも実戦化できた者が未だいないほど難しい。
彼が実行するには集中する必要があり、方向転換もできない。
だが、彼は銀色の髪を持つ才能の塊。
だが、彼は魔力に制限がない。
奇襲を仕掛けるだけなら、十分すぎる条件だ。
彼の跳び駆けは――
――豪速へと至る。
「ハァッ!」
一直線の最短距離。
乱戦の隙間を狙う、減速なしの一撃。
その剣が、ベルディゾの頭へと向かう。
そして――
――避けられる。
「ッ!?」
偶然などではなく、ベルディゾは完全に対応していた。
見えるはずもない死角、分かるはずもない一瞬。
それなのに、彼はスレスレの位置で避けてみせたのだ。
まるで、未来が見えているかのように。
目と目が合う。
体を捻ったベルディゾの蹴りが、マーカスの腹部に直撃した。
「ガハッ!」
そのまま飛ばされたマーカスは、なんとか着地する。
だが、すぐに地面に手を着き、うめくのだった。
ポタリ、ポタリと腹部から血が滴る。
「なんだ今の…打撃じゃねぇ…だが斬ってもねぇ。」
彼が自身の腹を見ると、そこの箇所では服がズタズタになっており、肌もいくつかの裂傷が見える。傷の形や方向を見るに、円形の回転刃によるもの。だが、もちろんベルディゾはそんな武器を持っていない。
マーカスは蹴りに使われた足を見た。
何かがギュルギュルと回転している。
それが魔力であると彼は気付いた。
魔力膜を回転させた――スクリューキック。
魔法などではない、ただの技術の一つ。
「ほう、殺す気で放ったのに、その程度で済んだか…良い魔力膜。その若さでかなりの魔力量を持っているようだな、おもしろい男だ。」
武術、魔力の扱い、魔力の量、経験――どれを取っても一流。
基礎を積むということの、さらに先の領域に踏み込んでいる。
ネルカと同じく、修練の果ての技術的個性だ。
このとき、マーカスはネルカという選択肢を思い出した。
(俺が勝てる相手じゃねぇ…だったら――。)
その時だった。
『ねぇ~え、あ~そ~ぼ~!』
声が聞こえた。
そして、
マーカスとベルディゾ、スィランの三名が消えた。
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