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その令嬢、危険にて  作者: ペン銀太郎
第二部:第2章:王宮騎士団第零部隊
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170話:現地調査

ガッベの街のこすれた酒場『太陽の笑顔』。

そこで部下たちとの合流を果たしたマーカス一行であったが、もたらされた情報に苦虫を噛みしめたかのような気持ちになってしまっていた。というのも、神隠しを追っている集団についての情報が、つい先ほどに遭遇した女性そのものだったからだ。


「ふむ、敵の方が一枚上手だったと負けを認めるしかないですねぇ。あれだけ接近され、しかもネルカの殺気を受けてもなお、気付かれないほどですので。」


「ぐぐぐ! エルが鼻の下を伸ばしていたのが悪いのよ!」


「おやおや、だから言ったではありませんか。『私が夢中になるとしたら、一にデイン殿下、二にネルカ、三より先はいない』と。つまり、あの程度の輩に心奪われるなど、ありえないことなのですよ?」


「そ、そうだったわね。フフッ…私、だったわね。」


「おい、惚気話はもう終われ。真面目な話をすっぞ。」


マーカスはブドウ酒をグイッと飲み干すと、報告に来た部下に目を移す。

するとスキンヘッド部隊の報告係は頷いて、口を開くのだった。


「へい。あっしらからは死傷者こそいなかったですが、それでも反撃に遭いやしてね。なかなかに手練れの連中ですよ。この街に着いてからはパッと見失ってしまいやした…すいやせん。」


「あぁいい。街から出さなきゃ問題ねぇよ。」


「それよか! お頭ァ! 奴らもそうっすけど、もっと大変なことが起こりやしてね!」


「あ?」


スキンヘッドの報告係は慌てているのか、声を荒げてしまった。

周囲の者たちが驚いて振り向いたことで、報告係はここが酒場だと思い出す。

彼は身を乗り出し、小声で、それでいて張りを強めに声を出すのだった。



「神隠しですよ! 同じ場所で、十人も消えたんです!」



 ― ― ― ― ― ―



そこはなんてことない道だった。

細い道でもなんでもない、ただの道。

しかし、騎士たちにより通行止めになっていた。


神隠しがこの道の、しかもかなり部分的な箇所で連続発生となたため、危険区域とされてしまったのだ。今は、到着したネルカたちが近くの住人から話を聞いているところだった。


「それで? あなたが目撃者ですか?」


「いやまぁ、なんだ、この道は大通りから外れてるつっても、そこそこの通行量だ。目撃者と言っちまっても多くいるだろうよ。なのにちょうど真ん前の店だからって、俺が勝手に代表者扱いだぜ、まったく…。」


そう悪態を吐くのは近くのパン屋の店主だった。

ガラス窓から人が消える瞬間を見てしまったのは店員の一人だったようだが、さすがに危険であるため話だけ聞いて家に帰したとのこと。彼は疲れた顔をしながら、エルスターに状況を説明するのだった。


「最初は酔っ払いのオッサン三人組だったかな。次に調査に来た騎士様が消えてしまってなぁ。その後に幼い少女までもが消えたんだとよ。そしたら今度は、そこのスキンヘッドの集団から五人が消えたんだ、とんでもねぇぜ! 今では『悪魔が住み着いた場所』なんて言われちまって…商売になんねぇ!」


その言葉をエルスターの後ろで聞いていたネルカだったが、目撃情報だけでは分からないと判断し、勝手に辺りをぶらつくことにした。すると、近くで騎士に背を撫でられながら、石階段に座り込む女性が目に入った。


「娘が……娘が…消えたの…………手をつないでいたのに。」


彼女は消えた少女の母親だろうか。

泣くのも騒ぐのにも疲れてしまっており、ただ地面を見つめてはブツブツと呟いていた。さすがのネルカもいたたまれなくなり、フイと視線を外してしまったが、その近くには何か思案しているマーカスの姿があった。


ネルカは近づいて声をかけた。


「何かあったのかしら?」


「ここは…魔力がおかしいな。」


「おかしい?」


「俺が魔力を濾過する技術を持ってることは知ってるな?」


「えぇ、空中に漂う魔力を自分のモノにできるのよね。」


「あぁ、ここら一帯も他と同じように『不特定多数』の魔力が漂っていやがる。だが、濾過が出来ねぇんだ。俺が濾過できねぇってことはこの魔力は…所有者が存在する魔力だ。」


「ふ~ん? つまり?」


「これが神隠しの魔力ってんなら、偶然に発生した現象じゃねぇな。なんとなくだが意志があるように感じる。なんつーか、俺が遭難した時に助けられた『精霊』に近い、『魂』の気配がすんだよ。……それに、人が退避したら追いかけたって事例もあるぐらいだ、なおさらだ。」


野に放たれた魂は時間が経てば朽ちる。


しかし、モノに宿って呪具になれば残り続ける。

例えば黒血卿のようにである。


しかし、魔力の濃い魔孔のような場所なら維持できる。

例えばマーカスが出会った精霊のようにである。


「死んだ意志が残ることは、珍しくはあるがありえねぇわけじゃない。」


ならば、神隠しの場合はどうだ?


呪具だとしたら発せられる魔力で場所が特定できるはず。

かといって、移動しているのだから土地に定着したものでもない。

だが、魔力が濃くもなんともない場所でもあるので魂は維持できない。


だとしたら――


「もしかすると…神隠しの正体は『結界で作られた異空間』か!?」


「確かに…そうだとしたら辻褄は合うわ。呪具だとしても別空間にあれば視認できないし、魂の存在だとしても維持できる専用の空間を作ってしまえばいい。そうなると、消えた人たちが生きている可能性も出てきたわね。」


「あぁそうだな! ようやく先が見えてきた気がするぜ。」


急いでエルスターの元へと向かうマーカスの背を見ながら、ネルカは嫌な予感が頭から離れないでいた。もしも異空間による現象で正解だったとしても、どれほどの魔力を必要としないといけないのか、そう考えるとかなりの人数の集団の魂が関わっていることになる。仮に誘拐した人から魔力を吸い上げてしまうようなシステムだったとしても、必ず『最初』はあったのだ。


碌でもない意志が待ち構えているということだけは確かなのだ。




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