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その令嬢、危険にて  作者: ペン銀太郎
第二部:第2章:王宮騎士団第零部隊
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169話:そして、裏では…

神隠しを追っている集団にはリーダーが存在する。

その者の名前は『スィラン』――女性だ。

出身はベルガンテ王国から遠い、大陸西端である。


そんな彼女は――ゼノン教の最高幹部の一人。

スィランは聖女ズァーレに続いての若手幹部であり、現在21歳。

ちなみに、例に倣って信仰心など皆無な教団員である。


彼女たちが神隠しについて追っている理由の発端は、魔王がベルガンテ王国の王都外で復活するという情報をリーネットから持たされたことである。ゼノン教の方針が『完全に情報を信じるわけではないが、何か怪しい所があれば調査に行く』となったのだ。


スィラン自身は当の会議には参加しなかったものの、仲の良い女性幹部であるレオーネ・シュビゼ――とある竜人が『若作りババア』と呼んでいる厚化粧の女性――から伝達の者が送られてきたため、情報は共有されていた。

そして、そんな彼女のちょうど近くを神隠し現象が通るということで、早速の調査に向かったのだった。ベルガンテ王国に入国するのは、彼女にとって今回が初めてである。




そんな彼女は――




「さっきの赤髪、まさか、例の死神ィ?」




――街中でエルスターとぶつかった女性だった。




しかし、正面突破では絶対に勝てない相手だと悟った彼女は、何も仕掛けずその場を去ることしかできなかった。むしろ、死神からの殺意を前に、一般人を演じきった自身を褒めたいほどである。彼女の頬を一粒の冷汗が伝う。


「スィラン様。ご無事でしたか? ですから我々から離れぬよう言っておりましたのに…これに懲りたら単独行動はおやめください。」


「さすがに焦ったけどォ、男絡みよ…バレてはいなかったわァ。」


「ハァ…それで? 奇襲をしかけますか? それとも、尾行を?」


「待ちなさァい。王国の意図が『私たちを追って来た』のか、『探し物があって来た』のか、まずはそこを確定させるべきよォ。もしも後者なら、私ってかなりラッキーじゃなァい? 横取りよォ。」


齢二十の女性とは思えないような妖艶さを醸し出しながら、ペロリと舌なめずりをした彼女に、護衛の男はゴクリと唾を飲み込んだ。しかし、その目の中には魔王ゼノンだけでなく、自分を助けた銀髪の男に対する熱い想いも宿っていることなどは誰も知らない。


(フフ…それにしても、あれがマーカス第二王子ね…欲しいわァ…。)


自覚があるレベルで男に見境のないスィレンだが、ここまでの焦がれた感情は十年ぶりである。たかが知れた一目惚れではあるのだが、思い返してみればあの王子は雰囲気が初恋の男に似ているかもしれない。


「でもねェ…。」


自分の世界に入りかけていた彼女だったが、ふと現実に戻される。

今度に脳裏に浮かんできたのは赤い髪の女だった。



「私は、死神娘とは戦いたくないわねェ。」



できることなら、利だけを掻っ攫う側になりたい。

彼女はそう願うのだった。



 ― ― ― ― ― ―



ネルカやスィレンとのやり取りを、遠くから見る者がいた。

どこかの宿の三階、ベランダに二つの男の影。


一人は傷んだ髪質とボサボサの顎髭の男。

ノースリーブと短パンの恰好の、筋肉質だ。


もう一人は白仮面の男――ベルガンテ祭においてリーネットを王都へと入れた張本人である。その正体はエレナの婚約者にして、呪具収集家の趣味を持つマックス・ハースロンだった。


「アンタの言うとおり、両勢力が来たなぁ? ベルディゾのおっさん。」


ベルティゾと呼ばれたノースリーブの男は、表情を一切に変えることはなかった。だが、その胸の内ではこの時を待ちわびていた、少なくとも隣に立つマックスからはそう見えていた。リーネットや黒血卿と同じく、自ら進んで困難へと向かう者のようであった。


「未来が視える力を持っているなんて、ちょっとばかし胡散くせぇなぁとは思っていたが…ヒヒッ…これは信じるに値するな。すまんすまん。」


「ふんっ、『視えた未来』は両勢力が揃った姿だけだ。それ以外は知らん。だからこそ、この後に結局は何もなかったということだってありえるからな? それにだ、例の黒魔法を使うとかいう女、そいつは俺の未来視には映っていなかった…全能の力というわけでもない。」


「おいおい。英雄に王子に、ゼノン教幹部…これだけのメンツが揃ってやがる。『何かがある』それだけは確実だろ。それともなんだ? 確証がないのに全員が来たってか? なわけねぇだろ、バカ。」


「まぁ、それもそうか。」


ベルティゾは頷くと、隣に立つ男を見た。

彼の野生のように鋭い眼光は、マックスの仮面の裏を見逃さない。

言葉とは裏腹に、彼からは不安の気配がにじみ出ていた。


「マックス、その割には嫌そうだな。」


「俺は呪具愛好家ってだけの、一般人だからな。肝は細いし、直接の戦闘能力も皆無に等しい。普段は好青年を演じていて、婚約者だっている。できることなら、戦いは避けてぇんだよ。」


「そうか。」


呪具収集家の一般人がいてたまるか、という言葉を飲み込んだベルティゾは、もう一度赤髪の戦士を見ると、すぐに部屋の中へと戻っていくのだった。残されたマックスはその背を見ながら、溜息を吐くかのように言葉を紡ぐのだった。



「特に、死神女とだけはやりたくねぇぜ、ヒヒッ。」



できることなら、利だけを掻っ攫う側になりたい。

彼はそう願うのだった。



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