162話:想いってのは口にしないと伝わらないことがある
話は少し遡って、乱闘大会終了後――
ネルカがマルシャから怒られている間、負傷者の治療を済ませたマリアンネは、コロシアム内のとある一室に案内された。入るとそこにはダーデキシュが座っており、案内した騎士は「近くに控えていますんで、終わったら声をおかけください」とだけ言うと、部屋内を二人きりにさせたのだった。
「あっ、えっと…ダーデ様…。」
「マリ…ん……むむ…。」
気まずい空気が流れてしまう。
乱闘大会のことや、それ以前のことを考えると、互いが互いに好きなんじゃないかとひとつ疑念が生まれて入る。しかし、なんやかんや最後の最後まで決定的な言葉があったわけでもない。それゆえの気まずい空気だ。
(好き…なんだよね?)
(好き…なんだよな?)
夢を見ているかのようにフワフワしている。
だけど、話を切り出すにはちょっと恥ずかしい。
しばらくの沈黙の後、口を開いたのはマリアンネだった。
「そ、そう言えば、ダーデ様は仮爵になられるんでしたよね?」
「…………ネルカから聞いたのか。あぁ、そうだな、俺は将来、コールマン家という名前を借りずとも、やっていけるようにしたいと思っていた。」
「ですよね…伯爵家だと…祝福されませんよね…。それで、どんな方と結ばれるご予定なんですか? アタシ、式にはお祝いに行きますから…。」
自分から話題を始めておいて、自分で精神的ダメージを受ける。
しかし、ダーデキシュのネルカに対する啖呵を聞いて、それでもなお『彼の想い人』について素直に喜べないのは、仮爵のことがずっと頭から離れないからだ。
もういい、逃げずに聞こう。
嬉しくない答えが返ってこようとも。
いつまでも引きずるわけにはいかない。
しかし――対する彼の反応は違った。
「あ? まるで誰かと結婚するかのような物言いだな?」
本気の本当に疑問を抱いたかのよう。
二人は目を合わせながらも、パチクリパチクリと瞼をしきりに動かした。明らかに何かがズレている。ここに来て初めて、互いが互いに誤解を抱いていたのではないか、という結論に至り始めていた。
「いえ…だって…結婚したい人がいるんじゃ…。」
「………ん? 」
「………え?」
「そこまで、考えたこと、ない。」
「で、でも、仮爵ってのは形だけは存在するけど、実際の用途としては…その…高位貴族が平民と結ばれるためでしかないって! アタシ、そう聞きました!」
ダーデキシュは首を傾けた。
どうやら彼は仮爵制度の本来の意味などまったく知らなかったようで、しばらく考えたあと、頭を抱えて大きなため息を吐く。そして、コルネルとしてネルカが言っていた『ダーデ兄さんがすべてをハッキリ答えれば、問題解決に一歩近づくんだ。』を思い出すのだった。
「ハァ……そういう勘違いだったか…。あー、えっと、前に、俺が家族にコンプレックスを抱いてる、って話をしたこと覚えているか?」
「まぁ、はい。」
「仮爵を検討していたのは…『家の権力を使わなくても、のし上がってやる』って決意表明みたいなものだったんだ…。でも、あの日、マリに諭されてからは、今はもう…必要ねぇって思ってる。」
「じゃ、じゃあ、結婚予定の平民は…?」
「最初から、そんな相手は、いない。」
その言葉にマリアンネはその場に崩れ落ちた。
恐怖からの解放、安堵の涙、声も抑えきれない。
彼女の努力はまったくの無駄ではなかった。
(この反応、俺は…うぬぼれてもいいのか? 今の彼女は、俺に相手がいなかったことに、喜んでいるのだと、そう捉えてもいいんだよな? ネルカ、お前の言葉も、信じるぞ!)
ダーデキシュは立ち上がると、マリアンネの肩に手を置いた。
そして、泣いている彼女の顔を自身の胸に押し付けるように抱きしめる。マリアンネは慰めのためだと思い込み、服に涙を押し付けるように寄せた。
(言え! 言うんだ、俺! まだ! 伝わってないだろッ!)
想いってのは口にしないと伝わらないことが多い。
だからこそ――彼は――
「そもそも…俺が愛しているのは…マリ…お前だ…。」
今度こそ、ちゃんと、彼の言葉で。
ずっと抱いていた愛を囁いた。
きっかけなんざシンプルなもの。
相談に乗ってくれて、懐いてくれて、それがこんなに可愛い女の子なんだから好きになるのは当然のことだ。そんな浅ましさに嫌気がさして、今まで蓋をして――だけど関わっていくにつれて深い感情へと変化していった。
『好き』とは浅く、深くなって『愛』になる。
「アタシも…ダーデ様を愛しています…。」
それはマリアンネも同じだった。
『ゲームのキャラ』という好きになってもらうために作られた存在を、制作者の意図通りに好きになったにすぎない。彼女の人格は『山本茉莉』ではなく『マリアンネ』なのだが、それでも最初は彼のことをキャラとして好きだった。
だが、今なら、
胸を張って答えれる。
――ダーデキシュ・コールマンを愛しています、と。
彼女は腕を回し、抱きしめ返した。
そして、
「感動しましたわぁ~!」
扉がバンッと開け放たれた。
姿を現したのはなんとアイナだった。
彼女の背後では無言でうなずくコルナールと、オロオロと困った表情をしている案内した騎士がいる。もちろん、ダーデキシュとマリアンネは突然のことすぎて、ぽかんと口を開けることしかできなかった。
「寝取り大作戦は大成功だったのですわね!」
「アイナ様!? ど、どどどど、どうしてここに!」
「コルナール、行きますわよ! 祝福の準備ですわ!」
「はい、かしこまりましたです!」
「あっ、ちょっ! アイナ様ぁぁぁぁ!?」
急に現れた彼女は、急に走り去っていく。
彼女は王城へと向かったのだった。
権力をフル活用して、祝いの場を設けるつもりだ。
それほどまでに、アイナにとって嬉しい結末だった。
恩人であり、友人であり、妹分でもあるのだから。
だが、彼女は公爵家令嬢にして王子の婚約者である。
それが意味することは――情報が回るのが早いということ。
聖女の恋愛事情、話のネタとしてこれ以上はないだろう。
次の日には、王都全域に知れ渡る羽目になりましたとさ。
――聖女が想い人を寝取ったというニセ情報が……。
めでたし、めでたし。
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