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その令嬢、危険にて  作者: ペン銀太郎
第二部:第1章:お騒がせ新学期
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161話:偽りなき真の自由

地面に膝を着きながら、ネルカは安堵していた。


(よ、よかったわ。この結果に終わって…。)


実のところ、ギウスレアとの戦いが終わってコルネルをやめたとき、彼女は冷静になった。そして、冷静になったうえで改めて考えた結果、(なんで私はこんなことしてるんだろう)という結論に至っていたのだった。


男装して男を誘惑する――正気の沙汰じゃない。

乱闘大会を開催する――頭がおかしいとしか言えない。


しかし、そのタイミングで冷静になったところで、もう事態は取り返しのつかない段階になってしまっている。だからこそ、ダーデキシュが来たとき、適当な感じで終われるのだと彼女は思っていた。あとは盛り上げるだけ盛り上げて、ほどほどのタイミングで負ければいいだけだ。


なのに――「お前の暴走を、止めるため、来ただけだ」。


落としどころがなくなってしまった。

実のところ、彼女はものすごく焦っていた。


(想いを知って私が身を引く…もうそれしか道はなかったのよ。マリが真っ直ぐな性格で助かったわ…。まったく、あそこまでしないと正直になれない兄さんにも困ったものよ。)


――そうネルカが思っていることを誰も知らない。


二人の熱い想いが判明して、ついにネルカが折れてしまった、そんな感動劇にしか周囲の目には映っていない。だが彼女としてはこれこそ最善だと判断しているため、余裕の態度を最後まで崩すことはしなかった。


「ワタシノ、マケヨ。ナニモ、イウコトハ、ナイワ。」


「ネルカ…。」

「師匠…。」


「アトハ、フタリデ、ハナシアイナサイ。」


そう言いながら、結界の外へ向けて歩き出した。

終わり良ければすべてよしと、自身に言い訳をしながら。

今回の真相は墓場まで持っていくと誓った。


そして、結界から出ると、人だかりが待っていた。


「「「ネルカ嬢! あんなのインチキだ!」」」


皆が今回の参加者である。


「あら、何の事かしら?」


「最初から俺らにチャンスなんてなかっただろ!」

「コルネルだと、騙しやがって! ペテン師!」

「ふざけんな! 努力を返しやがれ!」


「悪いのは、勝てなかったあなたたちではなくて?」


「「「アンタや帝国最強を相手に無理に決まってんだろ!」」」


ここに詰め寄せている者は『ダーデキシュを優勝させるための乱闘大会』、つまり身内贔屓の出来レースだったのだと主張しているのだ。実際はそんなこと一切ないのだが、最後の彼女の大根役者ぶりを考えるとそれも当然のことなのかもしれない。


だが、しばらくすると、一同が黙り込んだ。


「「「ッ!?」」」


感じ取るただならぬ気配。

ネルカからではない、むしろ彼女も緊張している側だ。

死地へと飛び込むときに近い感覚だ。


コツコツコツ――静寂の中、足音が近づく。


「私はこんなアドバイスを送った覚えはないが?」


そこにいたのは激怒のマルシャだった。

あまりの気迫に、化身が存在する幻覚すら見える。

恐れた人々は彼女に道を空け、二人の目と目が合う。


「マ、マルシャ様…これは違うの…よ?」


「私たちは殿下の元に集った、言わば同士だ。だからこそ私は、どれだけ馬鹿でもトムスを教育し、どれだけ暴走してもエルスターを止めなければならない。そして、ネルカ嬢も今は同士だ…あとは分かるね?」


――私とゆっくり話をしようじゃないか。


人から怒られることに慣れていないネルカは、自身の背中を伝う冷や汗を感じてゴクリと喉を鳴らした。義父や義兄から受けるものとは違う、他人からの叱りだからこその恐怖。


「あ…あぁ……あぁぁ………。」


それからネルカはみっちりと怒られた。

日が暮れるまで、怒られたのだった。



 ― ― ― ― ― ―



次の日。


ネルカは王城にある医務室の前に立っていた。

彼女がドアを開けると、ベッドの淵に座りながら従者と会話するギウスレアがおり、彼はネルカを見つけると嬉しそうな表情で声を上げるのだった。


「おぉ! ネルカよ! 来たか!」


「元気そうね、安心したわ。」


「フハッハ~! 聖女とやらはすさまじいな! 折れた腕も数十分あれば接着可能……あとは身体強化の自然治癒に身をゆだねれば、一日二日で完治よ! あれでも力はかなり失ってしまった方だと聞くのだから、驚きだ!」


肩をグルグル回したり、手を何度も開閉させ確認するギウスレア。しかし、痛みや不具合は一切ないようで、満足気に頷くだけだった。そして、しばらくそうしていると、彼は窓の外を見ながら感慨深そうにつぶやくのだった。


「俺は自由などではなく、ただヤケクソに生きていたのだと、今ならよく分かる。かなり清々しい気分だ。感謝しようネルカよ、貴様のおかげで俺は解放されたのだ。」


「あらそう、私の知ったことではないわね。」


「うむ! やはり貴様が気に入った! 嫁に来い! 帝国に移れ!」


「それはできない相談ね。私、婚約者がいるのよ?」


「確か、デインとこの側近だな? 数年前に一度だけ会ったことがあるが、なかなかに面白い男だった。うむ、思い返してみれば貴様らはお似合いかもしれぬな。以前の俺ならそれでも貴様を奪い取っていたかもしれぬが……今の俺は違う、二人を祝福しようではないか! フハッハ~!」


ギウスレアが拳を突き出す。

ネルカはそこに拳をぶつけた。


そして、肘同士も。



最後にハイタッチを決めた。



帝国流の最大の友好表現――それを超える友好の証。


これまでのような互いに気に入っただけの関係ではなく、この瞬間を以てして二人は親友になったのだった。また、すぐ傍で見ていたギウスレアの従者は、「初めて友達が出来て良かったですねぇ、殿下…。」と涙を流している。


「だがしかし、やはり貴様を欲する気持ちは変わらぬな! 友としては来てくれぬのか? そうだ! エルスターが良いと言うのであれば、二人して帝国に来ると言うのはどうだ? 良い案だろう!」


「たぶん無理よ…エルはデイン殿下から離れたくないから…。」


「なるほど…『将を射んと欲すれば、まず馬を射よ』などと言われるが…今回はその逆『馬を射んと欲すれば、まず将を射よ』というわけか。貴様を求めるならエルスターを求め、エルスターを求めるならデインを求め……ということだな?」


「あっ、ちが――」


「よしっ! デインの元へ行くぞ!」


ネルカの呼び止めも聞かず、ギウスレアは部屋を出て行ってしまう。遅れて反応した彼の従者が「待ってくださ~い!」と言いながら追いかけるのだった。彼女はこれからデインの元に訪れる厄介事を想像しながら、ニヤリと笑って部屋を出て行った。


皇太子の嫁探しは引き延ばされることになった。



ネルカ(なんで私はこんなことしてるんだろう)

周囲(なんで彼女はこんなことしてるんだろう)

作者(なんで僕はこんな展開にしたんだろう)



【皆さまへ】


コチラの作品を読んで楽しんだら、高評価をしてくださると嬉しいです。


そして、何よりも嬉しいのは作品に対する直接の言葉です。

なので、コメントしてくださるともっともっと嬉しいです。


よろしくお願いします!


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