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その令嬢、危険にて  作者: ペン銀太郎
第二部:第1章:お騒がせ新学期
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160話:聖女争奪戦⑥

ダーデキシュは暴力とは正反対の男。

身体強化も魔力膜も、使うことすらできない。

模擬剣を持ち上げるだけでも既にフラフラだ。


「うおおおおッ!」


彼はネルカに対し剣を振るった。

だが、彼女は避けるまでもなく、右肩に攻撃を受けたのだった。微動だにせずただダーデキシュを見ているだけだ。戦いを知らぬ者の全力など、魔力膜の前ではマッサージを受ける程度の感覚でしかないのだ。


何度も、何度も、だが何も起きない。


ついにスタミナが尽きたダーデキシュは、荒く呼吸をしながら剣を杖のようにする。外から見ればどれほど情けない姿であろうか、それでも彼の想いだけは伝わって来るのか、誰も笑いはしなかった。


「みっともないわ、兄さん。」


「ゼー…ハー…うっ…うっさい…。」


「こうやって乱闘大会に参加しようって気概があるなら、先週の時点で私の案に乗っていればよかったのよ。もう遅いの、なにもかも。」


「勘違いするな…お前の暴走を、止めるため、来ただけだ。」


「そう、この期に及んでなのね。」


彼女は剣を足払いして、ダーデキシュの体を押した。

身体強化を使ってすらいない押しのけであったが、その体は地面へと転がる。彼は何とか立ち上がろうとするのだったが、今度は腹へとネルカの足が叩き込まれてしまい、苦しそうに嘔吐くしかできなくなってしまう。


ネルカは自身の兄に対し、見下ろすのであった。


「兄さん、無様だわ。」


「ぐっ…ぉ…。」


「降参すれば楽になるわよ。」


「ネ…ルカ……お前が…どれほどまでに、マリのことを、想っているかは…あぁ…理解した。お前にとって、今の時間は、男装したり、こんな大会を開いたり…それだけの価値があるってことがな。だが! 選択するのはネルカじゃねぇ! あいつが選ぶことだ!」


ダーデキシュはヨロヨロと立ち上がった。

目の奥に闘志を籠らせ、ネルカを睨みつける。




その時だった――




「そうです!」




会場に女性の声が響き渡った。

声の主に覚えのある二人は、驚愕の表情を浮かべる。

同時に振り返った方角、そこにはマリアンネが立っていた。


彼女はすでに結界の内側に入っていた。


「アタシの幸せは――」


次の瞬間、マリアンネの魔力が昂った。

そして、魔力が身体強化のために使われる。


駆け出した彼女はネルカしか見ていない。

残り数メートル、握りしめた拳を振りかぶった。


彼女の動きはせいぜいといったところ。

魔力の効率だって良いとは言い難い。


それでも――


「――アタシのものだぁぁぁ!」


――まさかの事態でネルカは準備していなかった。


ネルカの腹へと拳が直撃する。


なんとか魔力膜を展開したネルカであったが、万全とは言い難い守りにその体は飛ばされてしまう。また、身体強化だけしかできないマリアンネの拳は、自身の攻撃に耐え切れずベキベキと音を立てて折れるのであった。


とっさの判断が少しでも遅れていたら、今ごろネルカの内臓は悲惨なことになっていただろう。ちなみに、いつの間にか会場傍まで来ていたアイナが、「やったれ~ですわ!」と叫びながら応援していた。


「例え師匠でも、許しません!」


痛みを忘れるほどの興奮状態で、マリアンネは叫んだ。

折れた腕は聖女の力により自動的に修復されていく。


会場の周囲に控えていた騎士たちは、まさかの聖女の行動に呆気に取られていたが、すぐに正気に戻ると連れ出すべきかどうかの判断に悩むのであった。そして、決定を仰ぐべく団長であるガドラクを見るが、彼は手を出すなと指示を出した。


ネルカが立ち上がる。

何が起きたのかを理解できないかのように、しばらく茫然としていたが、ハッと我に帰ると次第に冷酷な雰囲気を出していった。今の彼女の心の内を悟れる者は、少なくともこの場には一人もいない。


「許さない、ね。いいわ、許されなくてもいいわ。」


その体に、黒衣を纏わす。

そして口元は笑っていた。


「マリ、あなたには黙っていようと思ったけど…選ぶ権利なんてどこにもないの。ねぇ? その力がこれから失っていくとしても、聖女という存在を国が放置するわけないでしょう? 国王陛下は確かに優しい御方よ…だけど、優しいだけで政治が務まらないのぐらい、あなたも分かるでしょう? あなたは国民の精神的安寧のため、特定の誰かと結婚しなければならないの。選ぶ権利なんて、ないのよ。」


「えっ…。」


「そして、『英雄』である私が選ぶなら…陛下はそう仰ってくださったわ。私だってね、あなたが誰と結ばれるにしても、段階を踏んで結ばれてほしいって気持ちはあるのよ。でも、周りの環境が時間を作ってくれないの。急がなければ、私や陛下ですら対応できないほどに、囲まれてしまわれかねないのよ。」


いくら権力があろうとも、いくら武力があろうとも。

集団が形成されてしまえばどうにもできない。

それが貴族社会というもの。


「師匠、今ならまだ、選べるんですね。」


「一応ね。」


「だったら、アタシは――」


凛とした態度で、マリアンネは告げる。

一切の揺るぎもない、純粋な心を吐く。


「ダーデキシュ・コールマンを望みます。」


だが、ネルカは静かに首を横に振るだけだった。

拒否――ダーデキシュはダメという意志。


マリアンネはこの結果になるという確信を持っていた。

ダーデキシュとネルカの間に何があったのか、彼がどうしてこの大会に参加しているのかだって分からない。だけど、彼が自身に対して好意以上のものを抱いてくれていることは理解したし、ネルカが彼を見限っていることも理解した。


だったら、彼女がしないといけないことは一つ。


ネルカから決定権を奪い取るだけだ。

もう一度、拳を握りしめた。


「ダーデ様、アタシのために戦ってくださってありがとうございます。急に想いを告げられれて困惑してると思いますが、無理に応えなくてもいいです。これは…アタシの問題ですから。」


意を決して、マリアンネは一歩を踏み出した。


だが、背後から肩を掴まれ、止められてしまう。

振り返ると、それは模擬剣を持ったダーデキシュだった。


「ダーデ…様?」


「俺がネルカに勝つ。それだけの話だ。」


「えぇッ!? い、いいですよ! ダーデ様は優しいから、こうやって戦ってくださってますけど、アタシが解決しなきゃいけないことですから!」


「違う! お前のためじゃない! 俺自身ためだ!」


「どうしてですか!」


「俺は…マリのことを――」


そう言うと、ダーデキシュは駆け出した。

対するネルカは大鎌を生成し、構える。



近づく二人、互いに武器を振り――




「――愛しているからだ!」




――模擬剣が折られ、剣先が飛んだ。




そして、ネルカが――




「ワ~、ヤラレタワ~。」


棒読みの敗北宣言と共に、その場に倒れたのだった。

それはそれは、本当に、ひどすぎる演技だった。




【皆さまへ】


コチラの作品を読んで楽しんだら、高評価をしてくださると嬉しいです。


そして、何よりも嬉しいのは作品に対する直接の言葉です。

なので、コメントしてくださるともっともっと嬉しいです。


よろしくお願いします!


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