158話:聖女争奪戦④
ギウスレアの体に仕込まれている呪具。
その誕生は――先帝が領土を侵略していたときだ。
およそ、四十年ほど前の話である。
当時、帝国軍は東部の森の民と戦いをおこなっており、帝都から遠い位置にある森林という立地条件により、圧倒的な戦力差にも関わらず頓着状態に陥っていた。
「貴様らは馬鹿か。」
「こ、これは! 陛下!」
作戦会議に先帝が現れた。
終わらぬ戦に業を煮やした彼は、自ら戦地に赴いたのだ。
そして、彼はなんてことないように究極の一手を提案した。
「森など、燃やせばいいではないか。」
だが、ここで一つの誤算が生じた。
帝都と違って東部は乾燥した空気になりやすく、想像以上に火が広がってしまったのだった。彼らは別に燃やして殺す気などなく、あくまで精神的負荷と戦場整理のためとしか考えていなかったにも関わらず。
「帝国のやつらめ! 俺らを全滅させるつもりだ!」
意図がどうあれ、森の部族がそう考えるのも当然のこと。
そして、彼らが取った行動は玉砕覚悟の対抗だった。
「「「「帝国民を一人でも多く殺せぇぇぇッ!」」」」
火の中を突き進み、帝国軍へと襲い掛かる。
焼けて、燃えて、地の利を捨て――部族が勝てるはずもない。
帝国軍の被害もあったが、屍の数は敵側の方が多い。
部族が滅ぶのも時間の問題。戦は終わりへと向かっていた。
そのとき――奇妙なことが起きた。
感情の矛先の一致により、死者の魂が集まっていったのだ。
もう肉体などない、だが想いは、魔力はまだ残っている。
倒す帝国軍を、必ず倒さなくてはいけない。
集まった力が、生き残っている仲間に宿る。
それは呪具の誕生に限りなく近い現象だった。
「皆の想いは受け取った! 俺らも戦うぞ!」
燃えてでも前に進む、命が尽きるまで。
帝国を許さない、そんな怨嗟の想いが魂と共に残る。
仲間へと託され、その背を押し、敵へと突き進ませる。
戦士への祝福ではない――死人からの呪い。
――彼らは退けなくなっていた。
――退かないのではなく、退けないのだ。
仲間から仲間へ、さらに仲間から仲間へ、強まっていく恨み。
それは生きている者たちへと渡り移っていく形なき力だ。
留まることを知らない死体の山、それでも彼らは戦うのだ。
仲間への想いこそが、仲間を死地へと送ることは誰も知らない。
気付けば最後の一人になっていた。
託された力は単騎で隊を三つほど落としたほど。
最後の一人は、勇者と呼ばれる存在になりえていた。
しかしながら、ついに最後も討たれてしまった。
敗者は悪、かの部族は勇者ではなく蛮族で終わった。
最後の一人の遺体から取り出された骨髄は呪具になっていた。
これこそがギウスレアがその身に宿す呪具の起源だ。
制御不可で全滅へと至った力であるが――。
――皇族が制御して自身の力とした。
なんとも、皮肉な話である。
― ― ― ― ― ―
呪具によりできることは『魔力の放出による推進力』。
至ってシンプルなものであるが、だからこそ強力。
「フハッハ~! ゆくぞ! コルネル!」
可視化されるほどの魔力の放出。
それによって生まれる推進力は、ギウスレアを空中へと飛ばすに至る。キュイィィンという音とともに、彼はネルカの周囲を飛び回り翻弄する。彼女を以てしても目で追うのがやっとの速度だ。今ならセグに匹敵する速度とも言えるだろう。それでいて爆発に近い放出がされるたびに、彼の体は急激な方向転換が行われる。
ネルカは大鎌をクルクルと回しながら、思案する。
(まず、目で見て反応するのは無理なことね。狙うはカウンター…どこかのタイミングで必ず来る攻撃…彼は必ず私に近づく。見たところ、力は彼からしか出せないから、距離を隔てた攻撃は当擲以外はありえない。)
彼女は大鎌を片手で持つと肩に担いだ。
そして、左手を前に突き出して、目を閉じる。
次の瞬間、彼女の魔力膜が膨れ広がった。
それは魔力膜を応用した探知だった。
維持を優先して一メートル半ほどの範囲。
結界の内外問わず、彼女の行動の意図に気付けた者は少数だ。そして、いずれも今まで思い至らなかった魔力の用途に、感嘆の気持ちを抱いたのであった。技術の発端はネルカではなく黒血卿であることなど露知らないことだが。
もちろんギウスレアも気付いた側である。
(フハッハ~! ならば俺は…その上を行くまでだ!)
カウンター狙いを分かったうえで、突撃を選択した。
「ハァッ!」
ギウスレアは仕掛けた。
背後から――フェイント――本命は、右から。
左手に持った旋棍をネルカの頭部へと突き出す。
この時点ではネルカは攻撃に気が付いていない。
しかし、探知用魔力膜に触れた途端、話は変わった。
「フッ!」
それは考えることを放棄した、条件反射に近い動きだった。
彼女は体を捻ると、突き出していた左手で旋棍を掴んだのだった。
叩くでもない、防ぐでもない――掴むという行動。
掴むという動作に、加速はいらない。
なんなら、ゼロ距離からでも繰り出せる動作だ。
それは『最短』の一つであるとも言えるだろう。
最短とは最速。
それがネルカなら、なおさらだ。
(さすがだ――)
グイッと引っ張られることにより、体勢が崩れてしまったギウスレアは、まるで左頬を彼女に差し出すかのようになってしまう。そして、彼女の右手からは鎌が消えており、それどころか手を開いた状態であった。
ネルカの手が、頬へと直進――掌底打ち。
彼の元から旋棍が離れると、その体は宙を舞ったのだった。
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