157話:(回想2)最強という言葉に踊らされた者たち
ギウスレアには二人の弟と一人の妹が存在する。
弟妹たちもまた、呪具を有して産まれた者たちだ。
だが、いずれも父の臆病な部分とそれぞれの母を引き継ぎ、何よりも才能と呼べるようなものも持っていなかったため、次期の皇帝としてふさわしのはギウスレアだけだった。
父のことを誰よりも嫌っている彼は、自分の人生が敷かれたレールではないことを証明するため、やりたいことをやりたいように生きている。それこそが自由奔放な彼のルーツだ。
――そんなある日、彼がベルガンテ王国に来訪する数か月前。
「最強、最強、最強。父上はいつもそればっかりだな。」
「まぁねぇー、殿下は最強になれる逸材ですから~。」
彼は馬車に揺られながら、愚痴をこぼしていた。
共に乗るのは彼の従者、バカで本音がポロリと出る性格なのだが、そういったところがギウスレアにとっては心地よい。このように従者に愚痴をこぼすのは、彼にとって日常茶飯事だった。
「祖父が死んだのは、弱いからなどと思っているみたいだが…違うだろう。好き勝手をしたから死んだのだ。結局、父上が大事にしているのは【皇家のための国】ではないか。つまらん。」
「まぁ、殿下も好き勝手してますけどね。」
「フハッハ~! 俺は、死など上等と思っておるからな!」
豪快に笑う二人が向かう先は現帝の別荘の一つ。
ゼノン教と呼ばれる組織が、現帝のコレクションである呪具を強奪して回っているようで、迎え撃つための作戦が実行されているのだが――ギウスレアは指示を無視して我先にと襲撃予測地点へと向かったのだった。
「これがもし…【国のための皇家】だとかであったとすれば、俺も父上に従ってはいたのだがな。残念ながら、意見の不一致だ。」
「意外ですね! 殿下のことですから『誰のためだと? 俺のため以外はありえん!』なんて言うかと思っていましたよ。まさか、国のためだったなら従っていたなんて…愛国心があったんですね!」
「馬鹿を言うな……父上に従う可能性を述べたのは、肉親だからこその譲歩に過ぎん。俺は戦うのが好きだ、楽しくて楽しくて仕方がない。父上に従う価値がないと分かった今、優先は欲だけだ!」
「それでこそ殿下ですぅ~!」
屋敷が見えてくる。
未だに現帝は子作りに勤しんでいるため、集めた呪具を奪われるのはたまったものじゃないだろう。だが、ギウスレアにとっては家族が増えようが減ろうが関係ない。
やりたいことをやりたいように――それだけだ。
「む…。」
その時、ギウスレアは何かに気付いた。
次の瞬間、馬車が――破壊された。
人型の何かが走行中の前に現れ、馬を掴み上げると馬車に叩き付けたのだった。車体が無残な状態になるほどの勢い、馬の肉体も見るに堪えない姿と化していた。しかし、人型の存在だけは五体満足の状態で、左前を見ながらニヤリと笑っていた。
人型の存在――龍の肉体を宿した男――シュヒ―ヴルだ。
「うまく脱出し――」
言葉を紡ぎ終えるよりも早く、顔面に旋棍が叩きつけられる。
殴り飛ばされたシュヒ―ヴルは地面に数バウンドしたのち、仰向けに倒れ空を見上げる。だが、束の間、ギウスレアが迫り、目と目が合う。追い打ちをかけるように旋棍が振るわれ、顔面を右手と地面でサンドイッチ。
「キヒヒ…やるなぁ。」
だが、左手はシュヒ―ヴルによって掴まれてしまう。
シュヒ―ヴルは膝をギウスレアの腹に入れる。
体は吹き飛ばされようとするが左手を離さず、龍の尾で地面を押しのけたのもあって、二人の体は持ち上がった。シュヒ―ヴルの両足が地面に着くと、彼は余っている方の手でギウスレアの首を掴み、近くの木へと叩きつけるのだった。
「あがッ!」
意識が飛びそうになっても、ギウスレアは目に闘志を宿す。
シュヒ―ヴルの顔面は陥没しており、再生が始まっていた。
「ふ~…魔人で良かった…普通の人間なら頭がパーンッて破裂するぜぇ? キヒヒ…誇れ、ためらいがねぇってのは、攻める側としては大事なことだ。なぁ、知ってるか? ベルガンテ王国では正義感や勇気で突き進む。だが、テメェらパラナン帝国の連中は欲や気狂いで突き進んで来る。どっちかって言えば、俺は帝国民の方が好きだなぁ。」
「ぅ…くはっ…。」
「テメェのことは気に入った。今後の成長に期待して見逃してやんよ。」
シュヒ―ヴルはもう一度ギウスレアの腹を蹴ると、首から手を離して見下ろす。ギウスレアの体では生きるために肺と心臓が激しく活動し、どれだけ闘志を漲らせようと指を動かすことすら困難だった。
(キヒヒ…まだ闘おうとする意志を示すか…おもしれぇ。)
竜人の背筋がゾクリと震える。
「だがまぁ、あの女には及ばねぇなぁ。あいつだけは格別だ、正義も勇気も欲も気狂いも…すべてを持ってる。バケモノだぜぇ、キヒヒッ!」
「…お…ケホッ お…んな…だと?」
「あぁ、そうだ、ネルカ・コールマンって女だ。」
空を見つめる竜人の顔面は、未だに回復してはいない。
だが、それでも、楽しそうにしていることだけは確かだ。
この皇子も、あの死神も――面白くて仕方ない。
強いだけの存在なら世の中には多くおり、それこそシュヒ―ヴルでさえ逃げの一手を考えてしまう存在もいる。だが、相対して楽しい気分にさせられる存在は、少なくともここ数十年の間は二人だけ――しかも、将来有望な若者二人だ。
「こっちの大陸に来て正解だったぜぇ。テメェらみたいなやつらに会えたんだからなぁ? 長く生きたが、あぁ…最高だぁ。」
そう言い残すと、シュヒ―ヴルは去って行った。
敵がいなくなった空間で、ようやくギウスレアはヨロヨロと立ち上がる。従者が近づいて体を支えるが、そんなことを意識の外なのか彼はボーっと竜人が去って行った方を見つめるだけだった。
(ネルカ・コールマン…か。)
彼はベルガンテ王国への留学を決意したのだった。
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