151話:大暴走令嬢ネルカ・コールマン
ダーデキシュの想いは確定した。
マリアンネの想いは既に知っている。
両想いが確定した今となっては、ネルカがすることはただ二人の気持ちを暴露させることだけとなっていた。なんなら、自身の口から伝えてしまってもいい、彼女はそう思っていた。
「じゃあ、後はその気持ちをマリに伝えるだけ…か。」
「ハァ!?」
「良いじゃないか。減るもんじゃないし。」
「減るだろ!?」
「減るのは失敗した時だけ。だったら、減らないよ。」
シンプル思考モードのネルカは悩まない。
深く考えることもせず、もはや脊髄で言葉を紡ぐ。
真っ直ぐ走れば、道を逸れることはないのだ。
そもそもが道の上に立っていないことなど知らず。
「いや、待て。前提がおかしい。」
「何がおかしいんだい?」
「それだと…まるで、マリが…そのぅ…あれだ、あー…まるで、マリが俺のことを、すす、好き…までいかないにしても、告白したら肯定できる程度には思っている、みたいじゃないか。」
「みたいどころか、そうなんだよ。」
「ち、違う! それは、ネルk…コルネルが、そうあって欲しいと思っているだけだ。マリと家族になりたいから、ちょうどいい俺をけしかけているだけだ! マリが俺のことを? 間違いだ! それに、お前は、男装の時点で迷走してる! 気付け!」
「あぁ、もう…強情だなぁ。」
いくら本人から聞いたと言われようが、ダーデキシュは一向にネルカの言葉を信じようとはしない。
そんな言い合いをしているせいで、何事かと屋敷の方から使用人が顔を出し始めていた。ネルカにとっては背後のことなので分からなかったが、ダーデキシュからはその様子が見えててしまっていた。
だからこそ、焦った彼はこの話題を早く終わらせたい気持ちが出てしまっていたのだった。
「だいたい! お前は人の気持ちだとか、関わらなくて良いことだとか、空気が読めないんじゃないのか? 周囲の優しさに甘えているだろう。」
「なに…?」
「まぁ、そうだろうな、ネルカみたいな性格のやつが、今までまともに友好関係を築けてきたはずがないよな。 良かったな? 自分を認めてくれる人に出会えて。手放したくはないよな。」
ダーデキシュ自身もオドラに会うまでは、禄に友好関係を築くことができなかった人間だ。だからこそ、友がいないという状態を指摘されるということは、対して苦にならないということを知っていた。
そして、彼は自身とネルカは同類だと思っており、ここまでなら発言しても問題ないーーはずだった。
「どうせ、狩人時代に友達なんていなかっただろ。」
しかし彼は、ネルカの性格が後天的なことを知らなかった。
生来きっての友達を作りにくいダーデキシュとは違うのだ。
「そうね…友は…いなくなったわ。」
ネルカの顔に影が差す。
「い、いなく…『なった』?」
「私の性格がこんなのだから、だったのかしら…。」
コルネルとしての演技すら忘れて。
ネルカにとってそれ程に気にしていた過去。
さすがのダーデキシュも勢いを失ってしまった。
「いや、その…言い過ぎた…すまん。」
「いや、いいのよ。言われてみれば、そうだから…。」
ダーデキシュとネルカはコールマン兄妹の中で、未だに一番会話が少ない組み合わせである。だからこそ、彼女がここまで気落ちすることがあるなど、思ってもいなかった。
(こんな表情も、できるやつだったのか…。)
この様子を見せられたら、さすがに信じるしかない。
マリアンネに思いを告げろというネルカの言葉に対し、もう少し話だけでも聞こうとダーデキシュは決意が揺らぎ始めていた。しかし、口下手な彼では最初の言葉を発することができなかった。
そうこうしていると、ネルカがボソボソと呟き始めた。
「そうだわ…私は手放したくなかったのね…。もう、失いたくなかったのよ。本当は自分でもわかっていたわよ、男装して男を堕とせばいいだなんて…正気な人間の考えることではないわ。これならまだ、皆殺しの方が理解できるもの…。」
「いや、それは理解しなくていいだろ。」
「大切なことに気がつくことができて良かったわ。危うくマリを不幸にするところだったわね。」
顔を上げた彼女の目には、何の憂いも無い。
澄んだ翡翠色には濁りは見えない。
彼女が見る景色には、ゴールへの道が存在していた。
彼女は満面の笑みで拳を天へ突き出した。
「大事なマリを、こんなヘタレ兄に任せられないわッ!」
迷走とは、本人も訳が分かっていないから迷走なのだ。
ゴールへの道も見えない中、走り出すからダメなのである。
逆に言えば、強い決意の元の直進は迷走にはならない。
それは――暴走だ。
今の、ネルカは迷走をしていない。
ただ、暴走しているだけだ。
「………………んん?」
「本当にマリのことを思っているのなら、目の前の幸せだけを考えてあげるなんてダメじゃない! そうよ、あの子が泣く結果になったとしても、嫌われる結果になったとしても、それでもいつかの幸福のために最善を尽くすのよネルカ!」
彼女の目的はマリアンネの幸せだ。
ダーデキシュにこだわる必要などない。
「お、おい? ネルカ?」
「計画変更よ!」
彼女は小屋から出ると、黒衣を纏って塀を越すように跳躍した。ダーデキシュが慌てて追いかけようとした頃には、すでに彼女は姿が見えないほど遠くまで移動してしまっていた。
彼女が向かったのは王宮だった。
とある施設の使用許可をもらうために――
― ― ― ― ― ―
しばらくして――
王都コロシアムの三日後の使用許可が受理された。
利用代表者はコルネル、保証人は国王直々によるもの。
そして、肝心の利用目的と言うと――
――年齢制限・職務制限ありの乱闘大会。
優勝者は――マリアンネとの婚姻にネルカが協力する。
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