145話:おうじ
ロズレアが腐の計画を立てている頃――
校内の別の場所にて、デインは歩いていた。
彼は現在、トムスと二人。
学年が違うマルシャは元より校内でいっしょになることが少なく、エルスターは情報収集役として様々な場所に派遣させることが増えた。そして、仲の良かった他の者たちは、ハスディ襲撃の一件により王都から離れてしまった。
「ふ~~~……。」
「殿下、お疲れっすか?」
「ハハッ。急に…あんな話が決定してしまったからね。」
ベルガンテ王国は周辺国と同盟を組んでいる。
その関係で留学生が来ることになってしまったのだ。
まずは、アースラッド王国。
ジャナタ王国との間に位置する国で、ベルガンテ王国が最も友好関係を築けている国でもある。あちら側の王子とはデインも仲が良く、親友と呼べるほどだ。
次に、クカン王国。
領土は山か田畑の二択しかない、などと言われているような国で、正直に言ってしまえば軍事力も乏しい。しかし、穏やかな国民性らしく、周囲から守られて存続している。
最後、パラナン帝国。
野心家だった前帝により急激に領土を広げた国で、ベルガンテ王国もかつては争っていたこともある。ガドラク団長の逸話の一つである『千人破壊の大防衛』に恐れをなし、さらに前帝が死んだことで領土拡大は鳴りを潜めてこそいるが――
(帝国の人たち…苦手なんだよな…。)
デインが心配しているのは帝国に対してだけだ。
例え来る留学生が大人しい気質だったとしても、ベルガンテ王国側としては決していい気分ではない。デインは今後のことを考えて、学園の有力貴族に根回しをしなければならないのだ。
彼はもう一度、深呼吸をした。
そして、再び歩き出そうとしたとき、視界の奥に手を振る者を見た。
「お~い! デイ~ン!」
水色髪、背も小さく、可愛い顔をした少年だ。
しかし、アルマ学園の制服を着ている。
近くには同じく制服を着た者も立っており、こちらは反対にガタイが大きい。少年がデインの方へと走り出すと、ガタイが大きい方は慌てて追いかけるあたり、関係性は主人と従者だろう。
そして、デインは少年のことをよく知っていた。
「え!? セシル!?」
少年――セシルはアースラッド王国の王子だ。
デインが驚くのも当然のことであった。
「明日から僕もここの生徒になるんだ! 今日は学園長への挨拶と、ちょっとした学校探検のつもりだったけど、デインに会えてよかったよ!」
「もしかして、留学生って君なの!?」
「ふっふ~ん、驚いた? 軍を他国に貸すとなったとき、年寄り連中が拒否してね。まったく、有事の際だってのに頭が固い連中だよ…。だから七番目とは言え王子である僕が行くことで、護衛という名目を付けるしかなかったんだ。」
イタズラが成功した子供のように笑うセシルに、デインも釣られて笑った。完璧超人であるデインが心の底から笑うときは、昔からセシルといっしょにいるときだけだ。おかげで、デインの疲労感もいつの間にかどこかへと吹き飛んでしまっていた。
そして、次の言葉でまた疲労感が戻ってくることになる。
「でもね、もっと驚くことがあるよ。」
「もっと!? それはいったい…。」
次の瞬間――。
二人の立っている場所に人影が差した。
今は昼頃の時間、太陽はほぼ真上にある。
そんな日が照っている状態で、影が出来るということは――
「帝国側からは俺が来た、ってことだろう?」
――一人の男が着地した。
掘りの深い顔立ちに、王子二人が見上げてしまう体格。
ニカッと笑った口からは、八重歯となった犬歯がよく目立つ。
金色の剛毛を後ろに流しており、右頬に傷跡が残っていた。
男の名前は【ギウスレア・パラナン・ガリッド】。
――帝国の皇太子だ。
「なっ!? 君は皇太子だろう!?」
驚くデインであるが、それも当然の事。
デインやセシルのような王の控えなどではない。
将来に皇帝を継ぐ予定の立場の人間だ。
野心的な前帝、平和主義の現帝――自由奔放な皇太子。
ギウスレアはやりたい放題で有名な皇太子である。
ちなみに、こう見えてデインたちとは年齢が一つしか変わらない。
「フハッハ~! 相変わらず優等生な考え方の王子だなぁ!」
「優等生って…それ以前の話だろう!」
「俺らは現場主義! トップは前線必須! 帝国流のやり方よ!」
「ま、まさか、その言い方…君は戦うために来たのかい!?」
「俺は強いからな! 守られる側ではなく、攻める側としてこの国に来た! シュヒ―ヴルとかいう輩相手に、俺は逃げてしまったからな! リベンジを果たすのはこの俺だ! 貴様らはせいぜい、御膳立てでもしてくれたまえ、フハッハ~!」
デインはゼノン教幹部であるシュヒ―ヴルとは一度も会っていないが、ネルカとエルスターとトーハの三人を以てしても、あのまま行けば相討ちだったという報告を受けている。
(そんなバケモノを相手して…再戦を求めていると言うのか。やはり、この男は…うぅ……胃が痛くなってきた…。)
胃の位置を摩り始めたデイン。
気の毒そうに憐みの目を向けるセシル。
そんな二人の様子など気にする様子もないのか、来るべき再戦の日に思いをはせながら空を見上げるギウスレア。彼はふと何かを思い出したのか、視線を戻すと珍しく恥ずかし気に口を開いた。
「それに、ゼノン教と闘う以外にも目的はある。」
「え? それは…?」
「決まっておろう、嫁探しだ。」
「「嫁探し!?」」
ギウスレアはそう言うと、満面の笑みでデインの肩に手を置いた。
ワクワクの様子の彼に、デインの胃は限界を迎えようとしていた。
「死神鴉――ネルカ・コールマンとやらに会いたい。」
新学期早々、雲行きは怪しくなっていた――
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