139話:調査
ベルガンテ王国の下水技術は大陸一だと言われている。
それは多方面での意味合いであり、衛生管理だけでなく下水道の建設技術なども含めた話である。一度入ってしまえば抜け出せない、などと冗談で言われるほどに下水道は非常に広いのだ。
そんな下水道の山側――そこには大穴があった。
「これは……相当じゃのう…。」
「そうですね。」
王宮騎士団第一部隊長ガドラク・ワマイア。
王宮騎士団第四部隊副隊長アッシュ。
珍しい組み合わせの二人が大穴を見て呟いていた。
周囲では騎士たちが忙しそうに作業をしていた。
「だ、団長! 報告致します!」
「うむ。」
「壁の素材ですが、おそらく生成方法は我々が知るものと同じで、冷え固まる液体と鉱物を混ぜたもので間違いないでしょう。ですが素材の詳細が分かりません………耐久度に関して言えば、我々のものよりも非常に高いものになります。それに、金属質の枠組みが中に仕込まれてもいます。」
「なるほど、お前さんの見解は?」
「人の手では作ることが出来ません。」
「となれば魔法かのう。引き続き調査をせい。」
「ハッ!」
ガドラクには一つだけ心当たりがある――ゴーレムだ。
商業地区の連なる背の高い建物、それらを優に超えるサイズのゴーレムともなれば、この大穴を舗装しながら作ることなど容易いことだろう。問題点としては魔力の反応で気付かれやすいことだが、日や時間に注意さえすれば無理というわけでもない。
「王都で暴れていた大型の魔物も…この穴を通ったか。」
「大型は…軟体型や群体型ばかり。通れないことはないかと。」
「出口は?」
「山の反対側でしょう。」
「うぅむ…。」
王城の背後には山がある。
しかしながら、王城に近い部分は崖となっており、山の中は毒性の強い植物が多く、自然の防壁となっており越すのは厳しくなっている。毎年、第三部隊が仕掛けた罠の点検に山に入ることになっているが、手練れの騎士ですら万全に万全を重ねる必要がある。
しかし、それは越すときの話だけ。
下からの侵入は想定していない。
「奥も調査すべきなんだろうが。無理そうか?」
「そうですね…感じます。多くの魔力が。逃げた魔物がどこに行ったのか気になっていましたが…攻めもできず、帰りもできなくなった…といった感じでしょうか? ただでさえ暗闇ですので…長期戦になるかと。」
「まっ、向こうさんから来ないなら、構わないわい。見たいもんは見た、お前さんは第四とこの隊長に報告しておけ。」
「了解。」
アッシュはそう言うと、消えるようにその場から離れた。
― ― ― ― ― ―
ガドラクが地上に戻る頃は、昼下がりの時間だった。
彼は曇り空を見上げると、一つ伸びをして肩をほぐす。
「さて、どうしようかのぉ。」
あれから三ヶ月ほどが経過したが、街の復興は想定の何倍も早く進んでいるようだった。その理由として、リーゼロッテや影の一族の祖国であるジャナタ王国に限らず、周辺の国すべてで連携を取るようになったことが大きいだろう。
アースラッド王国、クカン王国、パラナン帝国の三ヶ国。
というのも、報告が無かっただけでゼノン教の活動は、皆が思っている以上に広範囲に広がっているのだった。まるで、何かを探しているかのような動きっぷりで、攻撃の対象が見境がないのだ。
そして起きたベルガンテ王国の王都襲撃。
さすがに秘匿できるものではない被害。
そこでようやく、各国が「自国だけでない」と初めて知ったのだ。
自然、生じる流れは――同盟。
「にしても、この国に対するこだわりは異常じゃのぉ。」
他の国に対してしたことと言えば、呪具の回収や実験の成果を試す――これだけでもゼノン教が恨まれるには十分だが――ベルガンテ王国だけは随分と格が違う。
――側妃勢力のクーデターに協力。
――王子を狙うために避暑地を襲撃。
――(ハスディの独断とは言え)王都を襲撃。
あまりにも集中砲火なものだから、周辺国から「何か隠しているあなたの国が悪いのでは?」と疑いが向けられたほどだ。ちなみに、この疑いに関しては情報をオープン――それこそ本当なら出すべきではない情報すら開示――したことで晴れている。
だが、知らないだけで何かがあるかもしれない。
ということで、各国の騎士たちが現在、王都には滞在している。
「ワシらが知らないこと…。そう言えば、聖女様が言っておったか、ゲームとやらの最後は魔王を討伐するって。ありゃ? でも、それは二年後の話で…待てよ…確か嬢ちゃんから聞いた昔話では、教祖カンザキのもとに『魔王の種』が届いたって話じゃったな。ん? そうすれば――」
今回の襲撃した魔王が、種からうまれた存在だとしたら?
「かつて世界を滅ぼした存在が、あの程度で終わったことにも納得がいくわい。きっと、あれはまだ幼体…発芽したての魔王じゃったのかもしれない。」
とすれば、可能性として高くなるのは――
――聖マリで復活する魔王は別で存在するということ。
「もしや、奴らがこの国にこだわる理由は―――」
と、その時だった――
『――ようやく気付いたか。』
ガドラクの背後から声がした。
彼には声の主に聞き覚えがある。
しかし、ここにいるはずがない存在だ。
彼は恐る恐る振り返った。
「なっ!? 貴様!」
そこにいたのは――
――黒血鎧バルドロだった。
(ワシが気付かなかった…!? こやつほどの存在を!?)
ガドラクは一瞬で魔力を昂らせた。
今のコンディションなら筋肉開放も可能。
その気になれば、いつでも本気で戦える。
「……………なんじゃ、久しぶりじゃのう。」
『あぁ、そうだな。貴様とは久しく感じる。』
「ふん、死神に負けたと聞いたぞ。ちなみに、ワシは勝った。」
『秘義を使って…だろう。緊急用の最終手段だったはずでは?』
「ガハハハ! おかげで、先日は本気を出せなくて困ったわい。」
会話をしながらもガドラクは観察をやめなかった。
そして、一つの違和感を覚えたのだった。
しかしならがら、その違和感の具体性は分からなかった。
『おっと、無駄話をしてしまったな。どうにも、貴様といると口が軽くなってしまってかなわなん。ふんっ、安心しろ、戦うことなどできやしない。今日はただ、話をしに来ただけだ。』
その言葉で、ガドラクは違和感の正体に気が付いた。
(こやつ、幻影か! どおりで何も感じないはずじゃ…。)
それならば相手側の目的は、伝令もしくは宣戦布告。
少しでも情報を聞き出す方針へと彼は切り替えた。
「仕方ない、話だけは聞いてやるか。」
『まぁ、話と言っても、ちょうど先ほど貴様が気付いたようだがな。』
「それは、魔王についてのことかのう?」
『知った経緯は貴様らとは違うがな。我々の仲間に、未来を知ることができる者がいる。当然、ジャナタ王国の姫聖女のような力を持っているわけではないが……少なくともその情報を元に行動してもいい……そう判断できるだけの確実性はある。』
「なるほどのぉ。つまり、魔王が復活することは分かっているということか…。しかも、この国でってことじゃな? それはゼノン教も同じことで。じゃが詳細までは知らなくて、ゼノン教は国が隠していると踏んで襲撃を…と言うことか…。」
『ご明察。その通りだ。』
バルドロはそう答えると、ジジジ…という音ともに姿が崩れ始めた。別の魔王がいると言う情報を伝える、そのためだけにバルドロの幻影が来たということに、ガドラクはどうしても驚きを隠せなかった。
震える声を抑えて、彼は話しかけた。
「最後に一つ、問おう。」
『なんだ?』
「なぜ、ワシに教えた。」
『――その方が楽しいから、我々にそれ以上の理由などない。』
そして、幻影は消えた。
一人残されたガドラクは空を見上げ、長い溜息を一つ吐いたのだった。未だに曇りが晴れぬ空模様であるが、吹く風に寒さは感じなかった。しかし、肌ではなく、心が冷える感覚が彼にはあった。
次の季節が、迫ろうとしていた。
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