137話:素直になれないメンドクサい人たち(後編)
影の一族がデインの指示のもとで動いており、王都襲撃でも防衛に多大な貢献を果たしたということをネルカは聞いていた。だからこそ、彼の命令で二人がここに来ているというのなら納得が出来ただろう。
しかし、今回の調査はそのデインからの依頼だ。
つまり、彼は関与していないというのは明白。
「不思議な組み合わせ、不思議な光景っすね…。」
トムスの呟きにネルカの思考が戻って来た。
もう一度、エルスターとトーハを見る。
「これって――剣を教えている?」
そう、誰がどう見たって、剣を教えている光景なのだ。
ネルカとトムスは仲良く、目頭をグシグシと揉む。
しかし、やはり剣を教えているようだった。
ネルカとトムスは仲良く、瞬きをパチパチと繰り返す。
しかし、やはり剣を教えているようだった。
ネルカとトムスは仲良く、呼吸をス~ハ~と入れる。
しかし、やはり剣を教えているようだった。
(幻覚の類かしら…。)
しかし、薬であればだいたいの物に耐性は付いているし、黒魔法があるので精神魔法だって効かない。となれば彼女の目に映る光景は嘘偽りのない真実ということである。あのエルスターとトーハが、何てことない平民の子供に剣を教えているという真実だ。
「あっ! 死神様だ!」
信じきれない二人がボーッとしていると、子供のうちの一人が大きな声を上げた。ここらは商人の元で働くような家が多く、武闘大会を見ていた子供が多いのだ。一瞬にしてネルカの周りに人だかりができてしまう。
「おや、ネルカですか? バレてしまいましたか。」
二人は子供たちをかき分けながらエルスターへと近づいた。
「なにを…しているの?」
「見て分かりませんか? 剣を教えているんですよ。」
「まさか、子供共をイジメているようにでも見えたか?」
「まぁ…そうなんだろうけども…。」
剣を教えているということで間違いはなかった。
でも、やはり『この二人が』という部分に納得がいかないのか、ネルカとトムスは非常に困惑していた。そんな二人の様子に不満を抱いたのはトーハで、彼はまるで弁明するかのように怒り口調で語り出した。
「フンッ! 小僧どもから剣を教えてくれと頼まれただけだ。そもそも、今は、我々はこの国の為に動く存在、ならば断れんに決まっているだろう! ただ、それだけだ! べ、別に、我々のような裏側の存在以外を育成してみたくなったとか、そんなことはあるわけないからな! 分かったか!」
そんな彼に反応したのはエルスターだった。
「おやおや、随分と人のせいにした言い回しですねぇ。」
「なんだと!?」
「救った子供から憧れの目で見られたことが、嬉しかったと言えばいいではないですか。ええっと、なんでしたっけ…『おじさんみたいな戦士になって妹を守りたい!』でしたっけ? これだから…ゼノン教に騙されることになるんですよ。」
「なんだと! 貴様こそ、他人を見下したような言葉で誤魔化さず、婚約者の前でぐらい正直に自分の気持ちを言えば良かろう! 最初は我の監視だったのかもしれんが…剣を教えることになったのは、小僧どもの熱意に押し負けたからではないか! 人のことをとやかく言うなら、まずは自身から直すがいい!」
「ハァ…やれやれです。『子供の目を見て、将来に賭けてみた』だとか、そんなこと思うわけないじゃないですか。私が、不確定事項を楽しみにする人間だとでも? 才能よりも熱意を優先する人間だとでも? バカバカしい、これもすべて殿下のためですよ。強い子供を育てることは、将来に殿下のためになるからです。ネルカ、いいですか? 決して勘違いはしないでくださいね。」
周囲のことなど気にしない言い争いの開始。
ネルカとトムスに限らず、子供たちも引いている様子だった。
唯一、トーハが助けた少年だけは近くにおり、心配そうに彼を見上げている。少年は本来はこちらの居住区の者ではないが、仲の良い友達が多いからという理由で、剣を教えてもらう場所をここに決めたのだった。
「素直になれないメンドクサい人たちね…。」
「それは同感っす。」
知りたいことは知れたし後はもうどうでもいい。
どうやら二人の言い争いが治まる様子はまったくなく、その内容もネルカとトムスはデインに報告するべく、未だ言い争う二人を置いて立ち去ろうとした。
しかし、ネルカの服を掴む手が一つ。
それは最初に彼女に気付いた子供だった。
「ねーねー、死神様は、どうしてこの場に?」
「それは殿下から命令を受け…命令を…本当に?」
「死神様?」
「んっ…! えっと、今のは違うわ!」
彼女は子供と同じ目線になるように屈むと、両肩を掴んではガクガクと揺らすのだった。クールなイメージのある彼女が目をたぎらせて迫るものだから、子供は恐怖を抱いて泣きそうになっていた。
次に口からこぼれ出たのは、素直な彼女の気持ちだった。
「そ、そうよ! 殿下の命令ってのも間違いじゃないし、尾行が楽しそうだったおいう気持ちに嘘もないわ。だけど、それだけで動いたわけじゃないの。一番の理由は、相手がエルだったからよ。だってそうじゃない、エルと私は唯一の関係なのよ。分かる? 分からないわよね? 自分は相手の所有物で、相手は自分の所有物…そんな関係が心地よいだなんて子供には分からないわよね。所有物……フフフッ…良い響きね。今度、マリに頼んで相手の位置がわかる魔道具でも作ってもらおかしら? 会話を保存する機能があってもよさそうね。そしたらエルは私に隠し事ができなくなっちゃうわね。でも、拘束するようなことはしないわ、拘束しちゃったら一緒に行動することもできないものね。そもそも殿下だって悪い人だわ…最初は私とエルとでって話だったのに、結局エルを独占しているのは殿下だもの。でも私もマリばっかり構っていたから、他人の事言えないかしらね…。ンンッ、ゴホン…話を戻すわ…。ともかく! いけないよね、婚約者に黙って行動するなんていけないことよね、それぐらいは子供でも分かることでしょう? これが好きってことなの、これが愛ってことなの。あなたも大人になったら分かるようになると思うけd―――――」
素直になれない男二人。
素直すぎる女一人。
正反対のものである。
しかし、正反対であるのだが――
「素直でも、素直じゃなくても、メンドクサいっすね。」
メンドクサい奴ということだけは一致していた。
トムスは一人、曇り空を見上げながら溜息を吐いたのだった。
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