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その令嬢、危険にて  作者: ペン銀太郎
第一部: 後 日 譚
135/206

135話:恥ずかしくとも

襲撃事件からもう一週間が経過した。

統率を失った魔物とゼノン教信者の残党狩りも大方進み、マリアンネは聖女として、ネルカは護衛役として、ボロボロになった王都を見て回ることが許可されることになった。


聖女がいて、英雄たちがいる――

人徳王へ御恩を返す機会だ――

隣国からの援助だってある――


これらの三要素があるからこそ、ギリギリ気丈に振舞えるというのが現在の王都民だった。だからこそ、二人の姿を見るや否や人だかりができてしまうのは仕方ないことで、果たして王都を回りきるよりも先に、復興が終わってしまうのではと思ってしまうほどしか進めない。


そして今日、商業地区を訪れる日だった。


「まさかあのマリがねぇ。感慨深いねぇ。」

「つい最近までガキンチョだと思っていたのに…。」

「ふざけて聖女って呼んでたが、本当に聖女だったなんてな!」


この地区はマリアンネのホームグラウンドみたいなものである。

ネルカも確かに大物だが、昔馴染みの少女という要素には勝てず、ちょっとばかりアウェー気味になってしまった。そのため彼女は今回は護衛に徹することにした。


「ハスディ様のことは残念だったな…。」


「あっ……えっと……はい……。」


「ハスディ様は俺らの希望だったのにな…。」


ハスディが死んだことは知られている。

しかし、彼が元凶であることは伏せられてしまった。


人々に絶望を置いてしまってはいけない、そう国に判断させるほど、ハスディという男はベルガー教の聖職者として人々に好かれていたのだ。最期は街の人の為に行動し、犠牲になったことになっている。


「……アタシが…なってみせます。みんなの希望に。」


「「「うぅ…ぐすっ……こんな立派になって!」」」


そんな会話をどこか他人事のようにぼんやり聞いていたネルカだったが、一人だけ視線を彼女に向ける者に気付く。誰だろうと思って探すと、高身長ゆえに見渡せるネルカはすぐみ見つけることが出来た。


暗めの茶髪と三つ編みの少女。


「エレナ…。」


ネルカは思わず、目を背けてしまった。



 ― ― ― ― ― ―



ディードルラ商会王都支店の応接間。

二人分の紅茶が用意されると、従業員はすぐに退出し、部屋にはネルカとエレナの二人だけの空間になる。マリアンネは空気を読んで二人っきりにしてくれたんだ。

紅茶をチビりと飲んで、ソーサーにカップを置いては、また手に持ってチビりと飲む――ネルカはそんなことを繰り返し沈黙を保っていた。


(き、きまずい…。)


あの時、エレナを殺そうとした決断は間違ってはいない。

聖女の力が覚醒したことはあくまで結果論の話であり、選ぶ選択は『エレナを人として殺すか』『エレナを魔物として殺すか』の二択しかなかった。そのことはエレナも分かっているはずだ。


理性では、合理では、あの決断に非はない。



だからとって感情論でも正しいとも言い難い。



だって、斬ったのだ。


斬る前に止まったとかではない。

首と胴が離れた瞬間があったのだ。


ほんの一秒以下の時間でも聖女の覚醒が遅れてしまえば、治すことが出来なくなる状態になっていたような――間違いなくネルカはエレナを斬ったのだ。


どう接すればいいか分からない。


「ネルちゃん…。」


最初に沈黙を破ったのはエレナの方だった。


「ボクに遠慮してるの?」


「遠慮…という言葉ではないわ。ただ、気まずいのよ。」


「どうして?」


「だって…私は…あなたを……。」


――殺したのよ?


だが、言葉として口からは出せない。

チラッとエレナを見てみるが――


「……ッ!」


思わず顔を逸らしてしまう。

やはり目が合わせられない。


そんな彼女の様子に対し、エレナはムッと苛立ちを見せ始めた。エレナにとってネルカとは親友であり、彼女の人生観として『親友になら』というものがいくつかあり、その中に『殺されてもいい』が含まれている。


もし、あそこで死んだとして。

少なくとも親友だけは絶対に恨まない。


むしろ嬉しい。


命を託すというのは、信頼がなくてはならない。

最期を見届けさせるというのは、親愛がなくてはならない。


そんな関係を築いた『友』、狂おしいほど嬉しい。


(そう思っているのは、ボクだけなの?)


彼女の頬は膨らんでいく。

見ようとしないネルカでは気付けないことだが。


(な、なんか、エレナから怒りの気配がするわ!?)


ズモモモ…と黒いオーラを出し始めた彼女に、ネルカですら背中を冷汗が流れる。それまでとは違った意味合いで、ネルカは目の前の少女を見れないでいた。そして、より一層に目を背けたネルカに対して、エレナの怒りも増していた。


「ふ~~ん、ネルちゃん、そういう態度を取るんだ?」


エレナは立ち上がると、テーブルをはさんだ反対側へと回り、ネルカの真横に座る。ジッと見つめてくる彼女に対し、暑くもないのにダラダラと汗を流しながら、ネルカは必死に顔だけは背けようとしていた。




ジーッ ―― エレナの顔は段々と近づく。




ググッ ―― 首がねじ切れんばかりにネルカは逃げる。




次の瞬間――




チュッ ―― ネルカの頬に柔らかい感触が生じた。




ネルカは気まずさなどそっちのけで、エレナの方に視線を覆移動させた。それはもう、はち切れんばかりの驚愕の表情で見つめる彼女の様子に対し、エレナはしてやったりと満足気だった。しかし、やっぱり恥ずかしかったのか頬を赤くし、潤ませた瞳で見上げ――いつもの笑顔をネルカに向けていた。


「エヘヘ~! 目~合~わせ~た! ボクの勝ちィ。」


そんな彼女からは、怒りのオーラが霧散していた。

彼女はただ、親友の関係に戻りたかっただけだ。

エレナが本当に求めていたことを、初めてネルカは知った。


彼女は心と頬を緩め、エレナと目を合わせた。


「………フフッ…負けたわ。さすが、エレナね。」


「うんうん、やっぱりネルちゃんは笑顔が似合う!」


「私は結局、信じきれてなかったのね…。」


「あ~あ、ボク、すっごく悲しかったなぁ。狩人やってた女の子って聞いてたから、あんなことになるかもしれないことは百も承知だったのになぁ。ボクの覚悟はネルちゃんには伝わってなかったんだねぇ~。」


「ぐっ…。」


「でも、ちゃんと理解してもらってよかった。勇気を出してネルちゃんのほっぺにした甲斐があるよ! やっぱり目覚めさせるのは、いつの時代も…んん、思い返してみれば…さすがに恥ずかしいことしちゃった…。」


「ありがとね。私の親友さん。」


「ふふ~~ん、親友、だもんね! 恥ずかしくとも!」


どうにもこうにも、ネルカの周囲には強き弱者が多い。

ネルカに感化され苛めに対抗したローラ、民のために庇う動きをしたアイナ、魔王に立ち向かったマリアンネ――そして、親友のためなら殺される事すら厭わなかったエレナ。


決して、剣を持てるわけではない。

決して、馬に乗れるわけでもない。

決して、戦いに直接参加できるものでもない。


だが、心が強い。


それがネルカにとって心地よい。

狩人時代の彼女が、真に欲していた友の形だった。

それを彼女自身が危うく、否定しかけてしまっていた。


(気付かせてくれて、ありがとう…エレナ。)


ネルカの心からすべての憂いが消え去っていた。



 ― ― ― ― ― ―



「もう、この際よ! なんでも償いするわ! 親友として…ね?」


「言ったなぁ? ボクの『なんでも』は生半可じゃないよ~?」


ちなみに、このときに交わした約束のせいで、ネルカは恥ずかしい思いをすることになってしまうのだが、それはまた後日の話―――――半年以上は先の話である。


【皆さまへ】


コチラの作品を読んで楽しんだら、高評価をしてくださると嬉しいです。


そして、何よりも嬉しいのは作品に対する直接の言葉です。

なので、コメントしてくださるともっともっと嬉しいです。


よろしくお願いします!


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