130話:それは終焉か、それとも救済か
「ネルカ嬢、どうやら一大事みてぇだな。」
ゴワゴワの銀髪、ボサボサの無精髭、モリモリの筋肉。
その背後にはスキンヘッドの集団が控えている。
声を聞いていなければ本人だと分からないほどになってしまった第二王子の姿に、さすがのネルカもどう反応していいのか分からず茫然とする。遭難して安否不明だという情報は有名であり、野垂れ死んだとネルカは予想していただけに、まさかこんな野生的になっているなんて想像もしていなかったのだ。
「ほ、本当に…殿下なの…?」
「あぁ、本当の殿下だぜ。」
彼らはネルカたちの元へと歩き出す。
広場に集まってきた魔物たちが襲い掛かって来るが、スキンヘッドの男たちがすかさず防ぎ、そこにはマーカスの為の道が出来上がっている。彼は魔王の蕾を見上げながら、ネルカに問いかけた。
「俺、来たばかりだから何があったか知らねぇけどよぉ。王都、襲撃受けたのか?それにこのデカいやつ…ヤバそうな雰囲気出してんな。」
「えぇ、そうね、これ魔王の蕾なの。」
「え? 魔王? 蕾? これが?」
「中には花粉が詰まっていてね。適合者が吸い込んでしまうと、魔物化しちゃうの。人以外も魔物になっちゃうわね。マリ…えぇっと…この子が持ってる力で浄化できるけど…このデカいやつだけは最終兵器みたいで、その力を通さないようになってるの。」
「なぁ……………これ…開花したら…被害は?」
「少なくとも王都全土、予想は王都を越えるわね。」
「ハァ!? 想像以上の事態じゃねぇか!」
マーカスはズンズンと歩き進めて蕾まで近づくと、ペタペタと何かを確認するかのように触った。そして、振り返ると魔物と交戦中の部下たちに、大きな声で指示を出した。
「俺が魔力を練っている間、 お前ら、守れ!」
「「「ウスッ! 了解でさァ! お頭ァ!」」」
「聖女とやらも準備しとけ!」
「はい! 分かりました!」
「……ぬんっ!」
彼が四股を踏んで深呼吸をすると、意識しなくても見ることができるほど特濃の魔力に覆われる。ネルカは驚愕してジッと目を凝らしてみると、彼の体から発せられた魔力ではなく、空気中の魔力が彼に集まっているのだと分かった。
一人だけ傍に控えたスキンヘッドにネルカは話しかけた。
「殿下…いったい…何があったの…。」
「姐さん、気になりますかい?」
「姐って……まぁ、お願いするわ。」
「あっしは詳しくないですが、何でも…『魔孔』…と呼ばれるような場所に遭難してしまってみたいなんです。とてもとても…魔力が濃い洞窟に。」
前提として、生き物は常に魔力を垂れ流している。
魔法や魔力膜などで放出されるも含めると、空中や地面には無限と言えるような種類の魔力が漂っているのだ。ただ認識することができないほど薄いだけで、今、この場においても漂っている。
そして、世にはそんな魔力が溜まりやすい場所がある。
この国ではそういった場所を『魔孔』と呼んでいる。
【レーストァ・ロンデル・ピチュナ】も魔孔の一つだ。
ちょっとした程度の魔孔であるなら、生物への影響はむしろ良いとされており、魔石や魔玉の採集地にもなったりするのだが、溜まる魔力量が多すぎる場所になって来ると話は変わる。
まず、たいていの生き物は高すぎる魔力濃度に耐えられず、肉体は無事なまま魂が圧し潰されて死んでしまう。ちなみに、そういった魔孔の周辺は魔力量が減って丁度良くなるため、大森林の中に不自然な不毛の地ができあがっているという状態なことが多い。
マーカスが落ちてしまった洞窟は、そんな魔孔の中でもトップクラスに魔力が集まる場所。あまりにも魔力が集まりすぎるせいで、時空が歪んでしまっているという始末。彼の体感で二日三日程度だったのに対し、地上では十数日も経っていたのはそれが原因である。
そんな危険な場所だからこそ、人々は神聖な土地として崇拝し――ゆえに『神が住まう場所』などと大層な名前が付けられたのである。
「で、でも、そんな危険な場所でも、殿下は生還したのよね?」
「えぇ、精霊に助けられたって言うんですよ。ビックリですよねぇ、まるで古代英雄譚みたいで。でも、時空が歪むような空間ってなら、そんな不思議なことが起きてもおかしくないって思っちゃいやすよ。」
「………精霊ねぇ…。私も昔話でしか知らないわ。」
【精霊】――それは数百年前に絶滅したと言われる存在だ。
食べたり、考えたり、話したり、それこそ造形も人に近くありながら、生物としては見なされなかったと言われる。創作の話ではなく、実際に身近にいたのだと記録として残されている。
そして、気に入った人間を助けると、どこかへ消えると言われている。
おそらくマーカスは精霊に気に入られたのだろう。
ある一つの――魔力に関する指南を受けたのだ。
それは、宙に漂う魔力を『濾過する』方法だった。
基本的に魔力は、自身には害を及ぼさない。
そうでなくてはナハスは自身の炎弓で手が焼けてしまう。
つまり、魔孔において魂が圧し潰されてしまうのは、魔力の色が自分のものとは違うからであり、これを自分のものと同じにすれば魔孔の中でも自由に活動することができるということである。
これこそが魔力の濾過。
「……ということは、まさか――。」
主導権を失った漂う魔力なら、自身の色に変えることが出来るということは、魔力を無限に補給することができるということを意味する。そして、無限の魔力補給を理解した本能は、一度に魔力を使い切らないように設定されている『リミッター』を――解除した。
身体強化を――フルパワーで使える。
マーカスは吠えた。
「しゃぁっ! 行くぞ!」
「お願いします! 行きます!」
ビクともしなかったはずの蕾をこじ開けた。
目を瞑って集中力を高めていたマリアンネが聖女の力を発するのは、ほぼ同時のできごとだった。蕾の中にはまだ皮があったが、聖女の力を遮っているのは外側だけで、内側の皮はまったくの影響を及ぼさない。
「どうだ聖女! やれそうか!」
「うるさい! 黙っててください!」
マリアンネは全力で力を注ぎ込む。
抵抗しようとしている感覚がする。
だが、それさえもねじ伏せて注ぎ込んだ。
マリアンネの失敗は、国の壊滅を意味する。
兄の死を意味する。
孤児院の家族の死を意味する。
ヤマモト連合の仲間たちの死を意味する。
学園の友達の死を意味する。
(アタシがやるんだ! アタシはヒロインなんだ!)
大好きな赤髪の――兄妹の死を意味する。
「「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!」」
開花、粉が、王都を――包み込んだ。
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