126話:(回想・前編)彼の周りは幸せであふれていて、世界はこれから幸せであふれるようになる
作者イチオシの話です!!
この過去回想につなげるためだけに、第十章は存在します!!
ハスディは何てことないどこかの村で生まれた。
強いて言うなれば、とある神を信仰している村というだけで、その信仰も第三者の目から見てもおかしな教えを説くようなものでもなかった。そして、彼もまたその信仰に則って育った。
【生を努めば、神は豊を与える
生を怠れば、神は朽を与える。
隣人に善きことを行えば、神は祝福を与える。
隣人に悪しことを行えば、神は天罰を与える。】
いくつか複雑かつ哲学的な教義があるものの、村人のほとんどはこの四行だけでも覚えておけと言われて育つ。それは努力と人徳が結果に繋がるということを、神という言葉を使って説明しているに過ぎないが、学のない者への宗教説明などそんなものである。
人々はこの教えを忠実に守る。無神論者ですら教えだけは従う。
それは、『人間社会』として必要なことであるからだ。
勤勉さと優しさを兼ね備えた村だと、一部で有名になるほどだった。
そして、ハスディは模範的な信者だった。
「ふ~、今日も仕事しました! 勤めによる疲れは、気持ちがいいものです! 神よ、今日も幸せに生きられたことに…感謝を。」
「お疲れハスディ! はいお水。喉乾いたでしょ?」
「ありがとうございます!」
そんな彼には一際に仲の良い、俗に幼馴染と呼べるような――シェイナという名の女の子がいた。彼らは互いに互いを意識していながら、思春期真っ只中なこともあり、意識し合う関係で止まっていた。
そんなある日、シェイナはとある話題を切り出した。
「私、楽園に行きたいの。」
それは教義において最上級の祝福と呼ばれている場所であり、死後の世界についてであった。善き人間は楽園と呼ばれる世界に行き、悪しき人間は魂を空白にされて善き人間になるまで転生を繰り返すというものである。
「楽園? それって、善人が死んだ後に行くと言われている場所ですか?」
「うん! だって、楽園って楽しい所って聞いたの! だったらね、きっと、きっと、笑顔な人で溢れていると思うんだ! 私ね、笑顔の人を見るのが大大大だ~~い好きなの!」
「そうだね、僕も他人が幸せそうにしてると…すっごく満たされます!」
ニヘリと笑う彼女を見るとハスディは胸の内が温かくなった。幸福感で溢れ、満たされた気分になり、それをシェイナにも分けてあげたくなる。そして、この感情を彼は『神の祝福』だと勘違いした。
「待って…ということは…僕が幸せそうにするとシェイナも幸せになって、そんなシェイナを見て僕は幸せになって、そんな僕を見たシェイナは幸せに…ということになる!?」
「ああ!? 本当だ! そうなったら、無限の幸せだね!」
「すごい! すごい発見ですよ! シェイナ!」
それはなんてことない、日常会話の一つにすぎなかった。
本来なら、いつか忘れてしまうような他愛もない会話。
しかし、この会話が後に悲劇を生む――
― ― ― ― ― ―
それから数年後、シェイナは――盲目になってしまった。
特に何かがあったわけではない。
長い時間をかけて目の機能が低下していったのだ。
きっと病気によるものなのだろう。
こんなものは誰が悪いとか、何のせいだとかは存在しない。生物のすべてが受けるかもしれない、自然界の理不尽の一つに過ぎないのだ。受け入れるか否かは別として、人々はこれを『不運』で済ませた。
しかし、ハスディとシェイナだけは違った――
「私が…悪い子だから…【天罰】がくだったんだよ…きっと。」
「はい、きっとそうなのでしょう。そして、僕にも…いつか、【天罰】がくだることになります。でも、これは僕らが悪いことなのですから。」
彼らの成した悪いこと――その名も【偽善】。
他人の幸福を願って『善い人』であり続けたと思っていた。しかし、その実態は他人の幸福を見ることで得られる自身の幸福感のための、この世の誰よりも欲望のために行動していたと結論付けたのであった。
善人とは見返りを求めてはいけない。
結果的な見返りは構わないが、見返りを理由にしてはいけない。
偽善とはニセの善であり、善ではない。
善でないなら何だろうか?
それは悪でしかない。
すなわち、偽善とは悪なのである。
「善い人でいるというのも、難しいものですね…。」
意思をもって行動する限り、そこには思考の中での何かしらの結論が存在しているということであり、それは『何かを成したい』という思いがあるからである。だからこそ完全なる善意などこの世には存在せず、そんなことはハスディは気づいていたが――そうなればシェイナの目が【天罰】によるものではないということを証明してしまう。だからこそ、どうしても自身たちの行動を『善か悪か』で決めたかった。
そうでなければ、この世のすべては偶然の重なりになってしまう。
そうでなければ、神はこの世に存在しないということになってしまう。
そうでなければ、生きる意味を見失ってしまう。
「でも、このままでは…シェイナは…。」
彼女が視力を失いまともに動けないということは、他者に労力を割かせてしまいながら生きていくということであり、それは『隣人にとって悪しこと』なのではないのかと彼は考えていた。つまり、これから先の彼女の人生は、天罰を与えられることしかない人生になってしまうのだ。
自分がこの先、どういう結末を迎えても構わない。
だけど、シェイナだけは救いたかった。
「ねぇ…シェイナちゃん…。」
「…? どうしたの…ハスディ?」
「今ならまだ…今ならまだ、楽園に行けます。」
「ほんと? 私、楽園にいける?」
彼らは知っている。
死とは生の怠りであり、苦しみから逃げるための願望である、と。
彼らは知っている。
自分たちが信じてきたものには、矛盾が内包している、と。
彼らは知っている。
「それでもいい」という言葉は決意ではない、と。
「それでもいい」という言葉は開き直っただけ、と。
それでも彼らは口にする――「それでもいい」。
彼らは知っている。
知らないということにしたことを、彼らは知っている。
「はい! 僕が保証します!」
そして、彼はシェイナを殺した。
首を絞めて、笑顔のシェイナを見ながら。
彼は知ってしまった。
偽善という概念を知った時点で、人生は詰んだ、と。
それでもいい。
【皆さまへ】
コチラの作品を読んで楽しんだら、高評価をしてくださると嬉しいです。
そして、何よりも嬉しいのは作品に対する直接の言葉です。
なので、コメントしてくださるともっともっと嬉しいです。
よろしくお願いします!




