125話:最期の瞬間
ゴーレムを撃破した後、ナハスはマリアンネと出会った。
歩ける程度には回復させてもらったのだが、戦闘に加わることが出来るほどは回復できていなかったため、彼女には部下だけを託し、自身は王都外周方面へと歩を進めていた。しかし、道中、偶然に時計塔へと入って行くラルシュを見つけ、不審に思った彼は同じようにここへ来たのだ。
「で? それは武器なんだろ?」
「あ、あぁ…。」
「俺に使わせろ。俺の方が使える。」
目と目が合い、しばらく沈黙が続く。
ネルカの兄――マリアンネの兄――同じ『兄』。
何を感じ取ったのか、沈黙のまま二人は握手を交わした。
そして、ラルシュはナハスを信じることに決めたのだった。
「原理は教えれねぇし、誰にも話さないでくれたら助かる。」
「あぁ、妹を守るためなら安い約束だ。」
「撃てるのは一発、運が良くても二発まで。魔力が足りねぇし、熱で銃身だって保たない。届く範囲だって…あそこの森と化した広場がせいぜいってところだ。」
「了解。……風は?」
「空気の影響を軽減する術式も施しているし、弾も特殊な形状で回転するが…碌な実験もしてない。だから、本音を言えば、どれだけズレるか見当もつかねぇ。」
「ふ~ん…。」
ナハスは『ディリュート』の射撃部分を、回したりしながらじっくりと見る。ラルシュ以外の二人は本当に彼を信じていいのかオロオロしていたが、ラルシュだけは迷いなくセッティングを始めていた。
「よし、使い方はなんとなく分かった。」
ナハスはそうつぶやくと腹ばいの姿勢を取る。
彼の本能は告げている――狙うならこの姿勢だ、と。
そうして銃を握り、スコープを覗き込んだ。
スコープの先はもちろん王都中央広場。
魔王の密林と化してしまっているため、どこに誰がいるのか分からない状況だった。そうこうしてナハスが悩んでいる間、彼の背後では準備が完了しており、いつでも発射が可能な状態になっていた。一か八か、魔王の密集具合的からハスディの居場所を予想しようか、そうナハスが思っていた時だった――
(あれはッ!)
森から仄かに光る何かが現れた。
日も落ちて暗くなっているからこそ目立つ光の正体は、聖女の力を発しているマリアンネだった。ナハスは驚きに目を広げ、思わず銃を握る手が強くなる。
(俺を治療した女の子だ!)
マリアンネは明らかに足を掴まれている様であり、魔王の密集具合からしても付近にハスディがいてもおかしくない場所だった。聖女を離さなくてはいけない理由になる何かが、あの森の中では起きていると想像するのは難くないことだ。
もしも、銃を撃つとしたら、今がその機会だろう。
聖女を解放するために撃つ、それしかない。
(暗い! 狙えねぇ!)
暗闇の中では、聖女の発光は目立つ。
だが、彼女を掴んでいる魔王を狙うとなると話は変わる。
まったく見えないと表現するほどである。
(勘でいくか? いや、ダメだ! 勘だと外す、そう勘が告げている! 落ち着け、俺、何か、無いか? 何か…何か!)
彼はレンズの先の景色をギョロギョロと見渡し、その額と背には良くない汗がダラダラと流れる。掴まえられているなら、その根元には必ず魔王があるはずだと、彼は意を決して狙いをマリアンネの脚へと向けた。
ある、細い線のようなものが。
あれがマリアンネを掴んでいる魔王だ。
ナハスは銃のトリガーに指を掛けた。
(撃てる、撃てる、撃てるはずだ! 撃つしかない!)
(撃てるに決まっているだろう、ナハス・コールマン!)
腕が、指が、呼吸が、心が、照準が震える。
こういう時に必要なことは、邪念をとっぱらい、冷静かつ冷徹になることである。ナハスはそのことを分かっていながら、頭の中は余分な気持ちで詰まってしまっていた。
緊張で指に力が入る。
この精神的疲労の時間を早く終わらせたいというナハスの本能と、ここで撃つべきではないという理性がせめぎ合う中、トリガーは指の動きに合わせて押し込まれていく。
ドゥンッ!
それは銃撃の音ではない。
空が――光っていた。
赤、緑、白――鮮やかに空が彩られている。
王城から文字通りに『光が打ち上げられた』のだ。
「これは…ベルガンテ祭の…。」
それは、七賢人による祭の最終催し――ライトアップショー。
王宮騎士団総団長であるガドラクが、王都での騎士の活動を助けるために、明かりの代わりとして賢人たちに依頼したのだ。そして、その恩恵は今この場のナハスにももたらされる物だった。
――ナハスの震えが止まった。
「見えた。」
入れる呼吸は一つだけ、心を落ち着かせるもの。
そして、ナハスはためらうことなく、引き金を引いた。
― ― ― ― ― ―
ナハスの狙いは――見事に命中した。
弾丸はマリアンネを掴んでいた細い魔王の根へと直撃し、その体は解放されて空中へと放り出された。だが、彼女は自身が地面へと叩きつけられる未来を悟ってなお、聖女の力を使うことだけに意識を向け始めていた。
「小僧!」
「了解ッス!」
ダスラが叫ぶよりも早く坊主頭の騎士は動いていた。
黒魔法の鎌から手を離し、落下するマリアンネを受け止めた。
そして、同時とも言える瞬間、聖女の力がネルカへと届く。
貫かれた腹部に光が宿る。
ネルカの目に光が宿る。
鎌を掴む手に力が宿る。
ネルカは顔を上げ、ダスラと共に叫ぶ。
「「うおぉぉぉぉぉ!」」
ザンッ!
次の瞬間、ハスディの体が斜めに切り離された。
宙を舞うハスディの上半身、時が遅くなったのではと思ってしまうほど、ゆっくりと流れる意識の視界で、ネルカと彼は目が合った。だが、これから死ぬというはずの彼の顔に、ネルカは驚愕し目を見張った。
「これで…ようやく…。」
彼は呟く、穏やかな気持ちで。
歓喜でも絶望でもなく、ただ穏やかに。
彼女はここに来て初めて、ハスディの本心を垣間見た気がした。
「ようやく、あなたに会いに行ける。シェイナ…。」
彼の眼には、幸せに溢れた世界が見える。
彼の耳には、幸せに溢れた叫びが聞こえる。
彼の心には、幸せに溢れた人々が宿っている。
しかし、今、死に行くという今現在。
誰よりも幸せなのは彼自身だった。
(そうか、私が本当に願っていたことは――)
彼が本当に願っていたのは、人々を幸せにすることではなく――。
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