122話:ラストスパート
マリアンネは主人公である。
ゲームの世界の主人公だ。
攻略対象がいて、恋愛して――そういうゲームのはずだ。
しかし、なぜか、その最後は必ず魔王を討伐するという終わり方をする。攻略対象が本来は戦闘とは無縁な人間だとしても、必ず魔王を倒すための何かをして終わる。
もしかすると、聖女という肩書があるから入れてるだけかもしれない。
もしかすると、恋愛要素がオマケで、魔王討伐がメインかもしれない。
どちらが真意かなど、製作陣営でなくては分からないけれど。
だが、彼女が魔王を倒すことに繋がることは変わらないのだ。
だから彼女はここに立っている。
「師匠は死なせません! お願いします!」
坊主頭の騎士は頷くとマリアンネに背を向け腰を下ろす。
彼女はその背中に乗ると、ダスラはさらにその背後を守るように位置した。騎士は右手で剣を抜き、左手で背負う彼女を支える。彼女の豊満な胸が背中に押しつぶされているのだが、戦闘モードで心が勢いづいている坊主頭の騎士は、そんなこと気付いていすらいない。
「聖女さん、落ちないようにするッスよ!」
「はい!」
彼らはネルカの方角へと駆け出した。
マリアンネは元より活発で、最近は鍛錬もしてこそいるが、だからといってこの戦場で刃を取るというほどでもない。だからこそ、運んでもらわなくてはいけない。
二人の騎士は迫る魔物を切り伏せながら、進んでいく。
だが、マリアンネだって何もできないわけではない。
自身の胸に宿る熱さを開放させると、彼女の体が光り輝く。
(聖女の力、今のアタシならッ!)
こちらに来る途中に出会ったケガ人に何度か感覚だけで聖女の力を使ってきたおけげで、今は完全に制御して力を使うことができる。しかしながら、聖女に覚醒した当初こそは、溜まっていたもの全てが解放されたかのようであったが、今はまるで本来はこうであると言わんばかりの力しか出せない。
特に魔力方面の回復が、ほぼ無いに等しくなってしまっている。
とは言え、その回復力は――
「ぐっ!」
「治します!」
「助かりましたぜ、嬢ちゃん!」
魔物の爪がダスラを襲い、その体の全面に斜め掛けの三本傷が生じた。だが、マリアンネが聖女の力を与えると、ダスラはすぐに剣を構えて魔物を斬り伏した。治癒魔法なら完治に数週間必要な怪我も、聖女の力なら一瞬で終わるのだ。
それを見たネルカはニヤリと笑みを浮かべると、ハスディの方へと向き直った。彼女はマリアンネが危険に身を投じたとして、決して近寄るなと言うような人間ではない。むしろ、覚悟を示し見せた彼女を、相応の覚悟で答えるだけだ。
そんな姿すら、ハスディには歓喜の材料だ。
「おぉ!これが…尊いという感情! これが聖女、これが英雄! これならば…困難に立ち向かえる! あなた方がいるのであれば、不幸さえも、押し除けることが出来る!」
「だったら、安心して退きなさいよ。」
「いえいえ。幸福の最大値を求めるなら、やはり計画を実行しきることには変わりません。あくまで、失敗しても…というだけです。」
「話にならないわ。」
彼女は大鎌を右手で担ぐと、左手を地面に着け、低い姿勢を取る。
イメージは避暑地で戦った、影の一族のセグという男だ。
後先を無視して魔力を昂らせた彼女は、ハスディでは残像しか目で追えない速度で動き出した。だが、いくらハスディが目で追えないとしても、魔力を探知して動く魔王には関係ない話だ。
魔王はネルカの動きに対応し、攻撃を仕掛けた。
(やっぱり対応して来る…。ヤケクソしなくて正解だったわ。)
彼女は別に魔力量が多い人間ではない。
齢16歳なのだから、いくら経験豊富とは言え当然のことである。それでも魔力使用のセンスがあるせいで、少ないながらに高出力の仕方を覚えてしまったのだ。
実際、バルドロと戦った際は、そのせいで息切れを起こし、隙を見せる結果になってしまった。あの一戦から鍛錬を積み重ね、徐々に長期戦が可能となってきた彼女だが、それでも魔力量が大きく増えたというわけでもない。
だからこそ、彼女は魔王との戦いにおいて、ヤケクソ気味の短期決戦は仕掛けなかった。
だが、今は違う。
後ろがいる――聖女がいるのだ。
(必ずどこかで…穴があるはず。)
魔王の森とも言えるような一帯を高速で動き回るネルカだが、決してハスディの位置は見失わない。魔王は対応して攻撃を仕掛けてこそいるが、ワンテンポ遅れてしまっており、防がずとも避けずとも攻撃など当たらない。
そして、ついに見つける。
ハスディへの直線の道。
(ここ!)
ネルカは躊躇することなく飛び込んだ。
やはり速さに追いつけていないのか、彼女の背後で魔王が道を閉ざす結果になってしまっている。ハスディまで数秒もいらない、そんな中、ネルカは景色がまるでゆっくりになっているような感覚に陥っていた。
思考だけが速度に追いついている。
だからこそ、考える余地が生まれる。
(魔王は前を閉ざせばいいのに。)
そう、魔王は防がない。
ネルカを潰すことしか考えていない。
(これはまるで…。)
これはまるで――この一本道だけを使わせるための誘導。
次の瞬間、前方より魔王が生えた。
決して伸びてくるわけではない。
だが、今のネルカは速い。否、速過ぎる。
言ってしまえば、彼女自身すら制御できないほど速い。
だったら魔王は攻撃を『置け』ばいい。仕掛ける必要もない。
そうすれば、咄嗟の対応に『合わす』余裕も生まれる。
「カハッ!」
そして、魔王がネルカの腹正面を――貫通した。
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