120話:最強の老兵(後編)
姿を現したキマイラからは怒りのあまり魔力が漏れ出しており、ところどころの毛先からはバチバチと青白い電気が発生していた。その睨む先は賢人たちに向けられていた。
『バォ!』
キマイラの蛇の尾から一筋の光が発生するが、彼らに直撃する前に半透明の壁によって防がれた。しかし、直撃の際にたわみを見せた壁には、ヒビが入っており二撃目は耐えられないだろう。
そして、次には――二発が発射された。
「「させぬッ!」」
ガドラクとアルタンが射線上へと割り込んだ。
雷撃の速度に対応できるわけではなく、あくまで狙いが分っているからこそ、ただ武器を盾にして体を割り込ませただけである。雷撃の直撃と共に二人のいたところが爆発し、発生する砂塵から吹っ飛ばされた二人が現れた。
傷だらけの体、しかし、意識ははっきりしている。
ガドラクは戦場の上空を飛びながら、騎士に指示を出した。
「ジェイサム! レオン! オウラ! イーゼフ! 行け!」
「「「「おうッ!」」」」
動くは齢40を超える老騎士たち。
だが、第一部隊の先鋭たちだ。
「俺らもすぐに追いつく!」
魔物の個体には≪等級≫が付けられることがある。
個で対応可能な――凡級――ほとんどの魔物はこの級にあたる。
小隊を必要とする――警報級。
中隊を必要とする――魔害級。
部隊を必要とする――厄災級。
複数の団を必要とする――終焉級。
しかし、基準となる『個』と言ってもピンからキリまであり、あくまで平均的な騎士を基準としているだけで、狩人時代のネルカのように単独で魔害級下位まで対応できる存在もいる。本気を出せないとはいえ、ガドラクだって可能だ。逆に、厄介な魔法を使うことが出来るゆえに、強さ自体は凡級でも隊を壊滅しうる魔物だっている。
それでも、ガドラクは部下を数名使うことに決めた。
彼の目算では魔害級中位――このままでは被害は広がるだけ。
「俺に続け! 指揮は代わる!」
「「「了解!」」」
古株のイーゼフが先頭を走る。
対するキマイラはターゲットを彼らへと切り替え、雷撃を放つ準備を開始した。今度はキマイラの蛇尻尾からではなく、周囲に黄色半透明の球体が四つ生成される。
そして――
バリバリバリィッ!
四筋の雷線が四人に向かって放たれた。
先ほどのガドラクやアルタンの時と違って、魔力の揺れなどもなくの攻撃だったため、ガードなどできるはずもない。いくら威力が分散されているとはいえ、直撃となれば話は別である。
王宮騎士団の老兵が持つ魔力量による魔力膜、さすがに行動不能となるまではないにしろ、それでも進行を止める分には十分すぎる攻撃である。
だがしかし、彼らはただの老兵ではない。
第一部隊の老兵共だ。
「「「「うおおおおおお!」」」」
彼らは直撃してもなお突き進む。
確かに、雷撃の速度はすさまじく、反応などできない。
ならば、避けることを放棄してしまえばいいのだ。
「隊長の教えを信じろ、お前らぁ!」
「「「言われずとも!」」」
第一部隊は王宮騎士団の最強部隊と言われている。
だが、最強とエリートは必ずしもイコールではない。
強ければ騎士としての任を遂行できるとは限らないからだ。
それでも、第一部隊の役割は『騎士団全体の管理と、各部隊への派遣配置』となってこそいるけれど、正しく表現するならば『騎士団全体の管理と、(ゴリ押しをするための最終兵器として)各部隊への派遣配置』なのだ。つまり、騎士としてはどうかは別にしても、第一部隊に求められるのは最強であることなのだ。
ゴリ押し。
これこそが第一部隊の真骨頂。
潜入だとか、計画だとか、魔法だとか、連携だとか――手段がどうであれ、最終的には問題を解決してしまえばいい。だったら、圧倒的な力を以てして、上からねじ伏せてしまってもいいという考え方だ。
強いから強い。
力こそ力。
パワー イズ パワー。
単純――そう、単純なのだ。
だが、単純だからこそ最強の部隊なのだ。
それが王宮騎士団第一部隊。
「魔物なんざねじ伏せるぞ!」
「お前らぁ、怯むんじゃねぇぞ!」
「誰にもの言ってんだ!」
「筋肉に神は宿る!」
何度、雷撃を浴びただろうか。
いくつ、傷ができただろうか。
どれだけ血が流れているだろうか。
それでも進む。
隊長の『筋肉は裏切らない』という教えを胸に抱き。
彼らはついにキマイラと近接戦の距離まで近づいていた。キマイラは右前足の爪で騎士を切り刻もうとするが、二人がかりで剣によって止められる。鍔迫り合いの状態の中、残りの二人が顔面と左前足へと剣を振るった。
『キャインッ!』
付けた傷はそこまで深くはない。
キマイラほどの魔物であれば、魔力を使って回復できる。たまらず後ろに跳躍して距離を離すと、着地する頃には傷は治っていた。そして、蛇の尾に魔力を込めると、今度は上空へと跳躍した。
「「「なっ!?」」」
尾から放たれた雷撃は、四人の騎士――の少し手前の位置に直撃する。しかし、雷撃は爆発することなく、さらに突き進んで地面を抉りながら、騎士の足元をにヒビを入れるのであった。
跳躍した体は重力によって、下へと加速していく。
そして、その勢いを使って、前足を地面へと叩きつけた。
ヒビが入った地面は――四人もまとめて空中へと投げ出す。
『ガオォ!』
どんなに屈強な戦士でも、崩れた姿勢と空中という二要素が成立してしまえば、無防備になってしまうというもの。キマイラは再び尾の蛇を構えると、斜め下から雷撃を放つ準備を行う。
「やべぇ!」
四人の顔が青ざめる。
明らかにキマイラは吹き飛ばそうとしており、これ以上に雷撃を食らいながら、生きて地面に着地する自信がないのだ。虚勢と根性と筋肉で耐えていたが、さすがに限度だってある。
四人は同時に死を覚悟した。
――そんな四人に、五人目が現れる。
「よし、これは任せろ。」
「「「「副隊長ォ!?」」」」
それは追いついたアルタンだった。
しかしながら、彼は跳躍により四人の位置までたどり着いているようで、この状態から避難など到底できようもない。それどころか、鉄棍棒を上段に構えており、明らかに迎撃するという意志の構えだった。
((((まさかっ!))))
四人の思考がそろっていたとき――
キマイラの雷撃――アルタンの振り下ろしが――同時に。
「ぬぅんッ!」
『グルゥッ!』
雷撃と鉄棍棒が衝突した。
キィィンと甲高い音が辺りに響き渡る。
その時間は、ほんの一瞬だった。
そして――
――雷撃を打ち返した。
あまりの衝撃的な出来事に四人は口をあんぐりと開け、返された雷撃が直撃したキマイラは白目を剥きながら近くの建物の壁に体を傾けた。そして、正気が戻った視界、自身がもたれ掛かっている建物の屋根の上――そこには一人の男。
ガドラクが斧を持って立っていた。
「でいやぁぁぁぁぁぁ!」
彼は屋根から飛び降り、戦斧を振り下ろす。
その一撃は――キマイラの首を切断する。
頭が飛んでしまえば、いくら魔物でも再生などできない。
胴体が崩れ落ちるのと、頭が地面に落ちるのは同時だった。
立って動く存在は、ガドラクとアルタンだけだった。
― ― ― ― ― ―
巨大魔物5体目撃破――残るはハスディのみ。
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