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その令嬢、危険にて  作者: ペン銀太郎
第一部:第10-2章:祭と友と恋と(後編)
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118話:影に潜む者

一般市民の居住区。

その中でも比較的金を持っている人が集まる地区にて、少女の手を引いて走る少年がいた。10になったばかりの少年は、目の前で起きている現象に混乱しながら、妹を守るただその一点だけを考え走っていた。


彼らの頭上では――無数の水の球が宙に浮いている。

そして、人々は――水球の中に囚われていた。


さらに遥か上空には一際大きな水球があり、その中には巨大な魚型の魔物が泳いでいた。また、浮いている水球から水球へと、小型の魚が飛び回っており、中には囚われた人々を喰っているものさえも。


(母ちゃん! 父ちゃん! 助けられなくて…ごめん…俺!)


少年が水球に囚われそうになったとき、身を挺して助け出したのは彼の両親だった。そして、水の中、言葉も届かぬ中、両親は確かに少年に伝えたのだ――『妹を守れ』と。


託された、ならば、妹だけでも――



「おにいちゃんッ!」



ふと、手を引く妹の体が軽く感じた。

少年が慌てて見ると、妹が水球に囚われようとしているところだった。彼は妹を引っ張り出そうとするが、それどころか体はどんどん呑まれていき、腰を掴んで引っ張ろうとした少年もまた呑まれてしまった。そして水球は浮上していく。


(絶対に妹だけは…!)


そんな時、一匹の小型魔物と目が合ってしまった。

その小魚魔物は水球から水球へと飛び移り、ついには少年たちの水球までたどり着いてしまう。開けた口には無数ともいえるようなギザ歯があった。食べられる、そう思ったときには、少年は――逆に水球の中へと入って行った。


(妹…妹だけはッ!)


体を割り込ませる。

魚が迫る。

目をつむる。


少年は覚悟を決めた。




「――少年よ。頑張ったな。」




気が付けば水球の中にいる感覚がなくなり、誰かに抱きかかえられている感覚に変わっていた。少年が恐る恐る目を開けると、そこにはバラバラに切り刻まれた小魚の魔物と、気絶してしまった妹――そして自身を助けた白髪交じりの男。


男は着地すると二人を下す。

すると、両手に黒色の曲剣を顕現させた。

よく見ると、周囲には黒色の直剣が四振り浮いていた。


その黒に――少年は見覚えがあった。

武闘大会の日に見た黒色だ。


「死神…鴉……………ネルカ様?」


「チッ……あの娘といっしょにするな。」


男の名は――トーハ。

影の一族、ネルカの親戚である。


別国の裏組織に所属しつつも、敵の罠にかかってしまい、ベルガンテ王国の王子を襲ってしまった者だ。現在は謝罪としてこの国に協力しており、表向き『リーゼロッテ王女の潜伏護衛』として、裏向き『デイン王子の使い駒』として王都に滞在していたのだ。


「ふむ……他も終わったようだな?」


トーハがそうつぶやくと、路地の方からゾロゾロと黒色の人間が市民を抱えて現れ、しばらくすると二人の男が現れた。一人は黒魔法で分身を作って戦う――バルハという男。もう一人は黒魔法で鎖を作って戦う――リオールドという男だった。


「どうだバルハ?」


「見れる範囲は、これでラストだよ。他にも俺の分身が救出した人を集めた場所はあるけど……操作に集中力持ってかれるし、これ以上は協力できないかも。トーハ、いいか?」


「上々だ。」


二人は抱えていた人間を地に下ろす。

それは少年の両親だった。


「母ちゃん! 父ちゃん!」


「おい、俺は行くが、ここから離れんなよ。」


「あっ…う、うん! ありがとうおじさん!」


その言葉を背に受け、トーハは巨大魔物の方へと歩き出した。


「「トーハ……了解だ。」」


そして、バルハは守りに徹することにした。

そして、リオールドはトーハの後ろを着いて行く。


何も言われずとも、従うのだ。


影の一族には長と言えるようなものは存在しない。王家から命令が下されれば、従って活動するだけの一族だ。だが、歴代最上と言われるほどの今が現役の世代の者たちは、実質的なリーダーとして彼らはトーハを認めている。


トーハなら、そう指示を出すはずだから。


『プゥロォォォォ…。』


餌を横取りされた魚型の魔物は憤っていた。


陸に棲む生き物とは水の中では無力で、空中に漂っていれば手も足も出ない。王都を守る王宮騎士団は確かに強いかもしれないが、魔物が有利な状況を維持できている限り、敵にすらならない――ただ餌なのだ。


しかし、あの黒い武器を持つ集団は違う。



――水を消した。



こちらの攻撃は一切に通用しなかったのだ。

それでも魔物は焦ってなどおらず、ただ餌を取られたことだけを憤っていた。まだ自分は空中に漂っているという優位性が残っていて、実際にトーハの浮遊剣は魔物がいるところほど遠くまで飛ばせない。


だから――


「――だから大丈夫…そう思っているんだろ? どうせ。」


トーハは空を見上げる。


その顔には笑みが張り付いていた。


「おい、リオールド、釣りは好きか?」


「え? ………あぁ、そういうこと。ハハッ! 大好きだぜ?」


「お前、北の国の例の料理、喰ってみたいって言ってただろ?」


「おいおい…魔物の『ナマモノ料理』なんざ食いたくねぇよ! マモノだけにナマモノってか! ハッ! 上手い言葉遊びじゃねぇか!」


三又銛――リオールドが黒魔法で生成する。

彼の得手である鎖に取り付けられていた。


魚型の魔物は大きな勘違いを一つしている。

トーハたちは空中にいる敵に対して『手を出せない』というわけではなく、『手を出さない』だけだったということだ。彼らはあくまで、人命救助を優先していたから襲わなかっただけということ。


つまり、手は出せる。


「やれ。」


トーハの命令と同時に、リオールドから魔力が昂る。

魔力膜すら解除し無防備になった彼は、黒魔法と身体強化にだけすべてを注いだのだ。しかも、身体強化も全身にではなく、これから彼が行う動作に必要な箇所だけ――


――三又銛を構える。


――投擲の構えだ。


「ぬぅんッ!」


リオールドが足を踏み出すと、彼を中心に地面にヒビが発生する。そして、その勢いのまま振りかぶり、銛を魚型の魔物に向かって全力で投げた。速度としてはそこまで速くはないのだが、銛は前方向にも上方向にも減速することなく、ただ真っ直ぐに鎖を伴いながら進んでいく。


『プゥォオロ!?』


魔物は対処するという判断に至ったが、低知能の魚畜生が混乱下に判断できるものなどたかが知れており、ことあろうか黒魔法を相手に魔法で対抗しようとしてしまったのだった。



展開されるのは十層に及ぶ水のバリア。



こんなもの、黒魔法の前では何の障害にもならない。



『プォォォォォ!!』



三又銛は魔物に突き刺さった。

苦痛の叫びが轟く。


リオールドは手にしている鎖に力を入れると、思いっ切りグイッと引っ張った。苦痛と黒魔法の二要素が魔物を混乱させている今、抵抗する力よりもリオールドが手繰り寄せる力の方が大きい。


二人と魔物との距離はグングンと近づいていく中、トーハは両手の曲剣を冗談に構えた。さすがの魔物も無抵抗を晒すだけではなく、水球を二人に向かって放った。四方八方、数は十を超える。



しかし、水球はすべて、浮遊剣により斬り消された。



「ハァッ!」



トーハは魔物へと跳躍し、上段に構えた双曲剣を振り下ろした。

すれ違いざま、二振りの曲刀で――三枚おろし。



「いっちょあがり。」



リオールドは、久しぶりに楽し気なトーハを見た気がした。

そして、親玉を失った雑魚魔物を駆除すべく、一歩を踏み出した。


 ― ― ― ― ― ―


巨大魔物4体目撃破――残り1体。





【皆さまへ】


コチラの作品を読んで楽しんだら、高評価をしてくださると嬉しいです。


そして、何よりも嬉しいのは作品に対する直接の言葉です。

なので、コメントしてくださるともっともっと嬉しいです。


よろしくお願いします!




~~オマケの設定紹介~~


【トーハ】


ネルカの母の従兄。

影の一族。


黒魔法の曲剣と浮遊剣を使って戦う。


初期年齢48歳。身長180中盤。

白髪交じりの茶髪。翠眼。二重。


影の一族の問題児二人(コルネクス&セグ)を教育し、国と交渉して二人でもこなせれる【暴れ仕事】を回すようにした過去がある。これにより一族の皆から認められ、実質的なリーダーとなっている。

作中描写での戦闘相手がネルカとシュヒ―ヴルなので霞んでいるが、かなり強い部類ではある。これは相手が悪い。


性格:意外と冗談を言う・隠れ子供好き


好きな食べ物:根菜類

嫌いな食べ物:辛味・酒(正確には、好きだけど下戸)

好きな人間:勇気ある人間、巨乳派

嫌いな人間:アイリーン、ネルカ



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