116話:王子の守護者(前編)
避暑地襲撃事件より、『王宮騎士団ゼノン教対策本部』が設立。
様々な部隊から選ばれたエリートが集まったソレは、ゼノン教に対抗するという唯一つの目的のために存在する。その中でもいくつか班が存在するわけだが、『隠密調査班』はベルガンテ祭の日にちょうど王都外周を探っていた。
班の指揮を執るは、デイン・ズ・ベルガー――第三王子。
本来なら王子として表立って動くことなどありえないのだが、彼は避暑地での襲撃以降はゼノン教を終わらすことを目標の一つとしている。沸々と煮えたぎる感情をすべて才能の発揮へと変換させた彼は、王子という肩書が大きすぎて逆に警戒されず、実のところ王都に潜伏するゼノン教の惜しいところまで近づいていた。
だが、あともう少しというところで――
「………よりによって今日とは…ね。」
ハスディの襲撃が始まってしまった。
一行が慌てて王都内に戻ったのも、聖女の光を見たからだ。
トムス、ロルディン、エルスター、デイン、そして三人の騎士は現在、貴族地区にある物見やぐらの上から王都を見渡していた。王城に近い位置に三体の巨大魔物、王都中央付近にゴーレム型が一体見える。報告によるともう一体いたようだが、が見失ってしまったようだ。
最年長のロルディンはデインに指示を煽いだ。
「殿下、いかが致しますか?」
「今の私では、まだお荷物だ。」
「殿下をお荷物など…。」
「いや、そういった言葉はいらない。必要な人間が、必要な場所で、必要な動きをすることが必要だ…………トムス、ロルディン…二人して中央広場に向かってくれ。幸い、王都の外側は敵も少ない…僕でもできることはあるはずだ。」
「俺らは中央広場ですか…? 王城ではなく?」
「あぁ……敵の狙いは広場の方だろうね。」
ロルディンは調査の結果と、今の場所から確認できる巨大魔物の配置から、敵の狙いは王城だと思っていた。しかし、デインという天才は騙されない、『何もないかのようにしすぎて、逆に不自然になってしまっている箇所』を的確に見つけ出していた。
フットワークの軽いロルディンと、見失った巨大魔物と遭遇したとき用のトムス――行かせるとしたらこの二人だと判断したのだ。
「「ハッ!」」
二人は物見やぐらから近くの建物の屋根へと飛び降りる。
最短距離は直線、屋根伝いに移動することだった。
屋根から屋根へと跳躍し、中央広場へと向かって行く。
跳躍途中、下から巨大魔物が現れた――蛇型魔物。
「え?」
太く長い図体でも、地下に潜めば確認できない。
その突撃は誰も予想できない、完全なる不意打ちだった。
「トムスッ! ロルディンッ!」
今にも向かおうとするデインは他の騎士によって止められた。
ここにいるメンツでは巨大魔物など、到底太刀打ちなどできない。せめてトムスが禁忌の力を使い、誰か隊長格でもいれば話は別かもしれない。
しかし、トムスは喰われたため、どこにもいない。
しかし、ロルディンは右腕が無い状態で、倒れて動かない。
ならば、できることなど何もない。
幸いここは貴族地区、今日は実家で祝うため不在宅ばかりだ。
だからこそデインは切り捨てるという選択を取ることにした。
取り押さえられた体は諦め、覇気を失った。
「―――ッ!」
だがその傍ら、物見やぐらから飛び降りた男が一人いた。そこにいる者の中で最も行動からかけ離れた存在に、誰一人として止めることはできなかったのだ。
動いたのは、エルスター・マクラン。
「無理だ! 君は『こっち側』だろ! 戻れ!」
エルスターは強くはない。
エルスターは戦士などではない。
エルスターは立ち向かうべきではない。
だからこそ、デインは『こっち側』と言ったのだ。
(殿下…それは私が一番よく分かっているんですよ。)
しかし、彼はそれを口に出すことはしなかった。
唱え始めた『詠唱』が途切れてしまうから。
― ― ― ― ― ―
エルスターという男は、人の才能を見る目がある。
それは『他人の才能』ではなく『人の才能』だ。
つまり、自分を含めて才能を見れる男だ。
彼の人生、初めての失望は自分自身――二人目の失望は母。
人を見る目も才能かもしれないが、それ以外の才能がなかった。
それはエルスターのコンプレックスとなった。
しかし、デインという最上級の才能を見てしまったとき、彼のコンプレックスは解決することになる。デインと比べてしまえば、他の者など有象無象に過ぎず、四捨五入の基準値をデインにしたとき、自身を含めた多くの者が【0】なのだと気付いてまった。つまり、才能のない自分であるが、他も似たり寄ったりなのだから恥じることは無いと悟ったのだ。
いや違う、悟ったのではない。開き直ったのだ。
尊敬する気持ちに嘘偽りはないが、逃げの気持ちもあった。
一年も経てば開き直りは自己暗示となり、尊敬へと変換される。
殿下は素晴らしい。
殿下と比べたら他など有象無象。
殿下こそ最上の方なのだ。
殿下を越えるものなどいない。
殿下がいれば、私は問題ない。
才能のない彼だったけれど、殿下は才能がある。
彼が何を言っても、殿下の才能の前に誰も言い返せない。
殿下、殿下、殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下殿下!
あぁ! デイン殿下!
― ― ― ― ― ―
ある日、私は赤髪の天才と出会ってしまいました。
会う順番が逆だったらもしかしたら…そう思うほどの才能。
『もう、ほんと…人が多いなぁ。』
この才能は――誰だ?
殿下以外で、惹かれた存在など初めてでした。
ネルカ・コールマン――不思議な女性ですね。
『私が殿下の立場ならあなたを横に置きたいとは思わないわね。』
『ファンの迷惑行動は推しの低評価につながるのよ。』
どうしてアナタはそんなことを言うのですか!
殿下は素晴らしい方だから――方だから?
そう言えば…殿下はなぜ…私を側近に置いてくださる…?
『私、エルが好きよ!』
アナタなぜ、そんなことを…言うのですか?
なぜ? どうして?
だって私は才能が無いんですよ?
誰か、教えてください、誰か――
「エルスターって賢いのに、そんなことも分からないっすか!」
ふと漏らしてしまった悩みの先は、同僚のトムス・ダッカール。
『誰か』とは言ったけど、コイツに相談だけはありえない。
ハァ、私もこんなバカでドジなトムスに相談するなんて――
「簡単っすよ! 傍にいていいんだから、傍にいていいんすよ!」
――え?
そう…です…。
デイン殿下は決して間違えないお方だ。
ネルカは捻くれてるけど、熱意は本物です。
どうして、私は疑っているのですか?
傍にいていいから、傍にいていい。
そんなの当然のことじゃないですか。
そうか、そういうことだったのですか。
私は長い間、勘違いをしていたのかもしれません。
私は『傍にいていい』――そういう人間であるのだと。
才能の有無なんて、関係ないことだったのですねぇ。
他でもない、私自身が証明していたのですね。
才能とは初期性能であり、伸び率であり――限界ではない。
私がここに立っているのは、私自身の力によるものだと。
しかしまぁ、気付かされたのがトムスとは、癪に障りますねぇ。
ふんっ! これは『借り』としておきますよ!




