114話:コールマン家の騎士
ゴーレムという存在は、単体だけを見るなら魔物内最弱である。
肉体強度はかなり低く、魔力量だって多くもない。果実類を主食としており、使用する魔法も土系統で巣を作る程度。
しかし、塵も積もれば山となる。
単体なら地に穴を開けるだけかもしれないが、十体ぐらい集まれば移動型の巣を形成することが可能となるのだ。しかしながら、これが案外合理的――土や鉱石を食そうとするモノはおらず、いざ戦うことになっても強固で、それでいてこちらは食糧を探すための移動が可能で、その場で貯蔵もできる。
「おいおい…何体集まってんだよ。」
十体前後で人間サイズ。
なら、建物サイズなら?
出力のことを考えれば、単純な倍計算ではないことだけは確かだ。
「壊した腕の中だけでも……ゾッとするぜ。」
ナハスはチラリと破壊した巨兵の腕を見る。
瓦礫一つ一つに数体の魔力の反応があるのを感じ、ただ破壊するだけでは倒し切れないこと悟った。そんな彼の察知は正しく、瓦礫は宙に浮くと元あった場所へと移動し、再び腕が再生するのであった。
(腕が疎らにはなってるから…何匹かは倒せてはいるのかもしれねぇが…。マズイな…全部やりきるには魔力が足んねぇ。数が段違いすぎるッ!)
聖女の光おかげで一度は魔力が回復したものの、回復した後に彼は三度も矢を放っている。しかも、そのうちの二度はかなり魔力を消費するようなものであり、実のところナハスはもうすでに魔力枯渇の前兆を体に感じ取っていた。
しかし、剣でどうにかできそうな相手とは思わない。
やはり、押し切るとしたら魔法によるものしかないか。
『オオオッ!』
ゴーレムは腕が破壊されたことから警戒したのか、岩石を飛ばす攻撃へと切り替える。初めこそナハスは駆けて避けていたが、一度攻撃が当たると続けて腹や顔面に受ける。血をダラリと流しながらも、ネルカに遭ったせいで再発し出した『狂暴的な笑み』を浮かべた。
「ウゼェ!」
ナハスは再び矢を生成させる。
先端をドリル上にさせた矢を回転させると、狙いは最も魔力が濃いゴーレムのど真ん中――腹に位置する部分へと射出した。対して魔力が込められていない矢ではあるが、その真価は血の夜会の際に証明されている。
岩の体を掘削する――そして、内側で爆発。
ゴーレムの巨体に大きな穴が開いた。
しかし――
「あ゛? どうして…穴が開いた…?」
彼は、穴を開けれるほど魔力を込めていない。
なんなら、ゴーレムの内側はスカスカの状態だった。
穴の向こう側、魔力の集まりはそこだった。
岩の鎧を捨て、攻撃特化の状態。
すでに岩の砲撃の準備は完璧だ。
「しまっ―――」
慌てて炎弓を準備するものの、ナハスはガクリと膝から崩れ落ちる。魔力の枯渇によるものだった。
射出された岩石砲ーー止める術はない。
「クソッ!」
ナハスは眼前に迫る巨石を見ながら、ゆっくり静かに死を受け入れた。遅く感じる景色の中、彼の脳内は走馬灯で埋め尽くーー
ドンッ!
「坊ちゃん、せっかちな性格は変わりませんな。やっと追いつきやしたぜ。」
ナハスの視界には、コールマン家の騎士の背中が映っていた。ダスラを筆頭とする彼の部下数人が、盾もない状態で岩石弾を受け止めたのだ。
「ッハ! 助かった!」
ナハスは再起する。
彼は腰のホルスターから一本の試験管を取り出した。その中には緑色の液体が入っており、彼は躊躇なくそれを飲み干した。
次の瞬間、ナハスから魔力が溢れ出た。
「あぁもう!苦いなチクショウ!」
魔力には三種類ある。
一つ――自由に使える魔力。
二つ――生命維持のための魔力。
本来なら一つ目の魔力だけしか任意で使うことはできないのだが、ナハスが飲んだ薬はもう一つを無理矢理に引き出すものだ。
当然のことながら、生命に関わる魔力である。過去に多くの者が亡くなった事例もあり、今や違法薬物として扱われている代物だ。
しかし、彼は水竜ガマーシュにリベンジを誓ったあの日から、常識などかなぐり捨てている。
「ケッ! 蒸し焼きにしてやんよッ!」
急に上昇したナハスの魔力に、ゴーレムたちは再び岩の鎧へと帰っていく。しかし、ダスラたちは岩石弾を防いだことで負傷してしまっていて、不利な状況は変わらない。
「魔物、アンタらのやり口はよく分かった。あぁ、中々に賢いみてぇだな。俺の矢に込められた魔力を見て、逃げるかどうか判断してんだろ?」
何も真っ向から立ち向かう必要もない。
馬鹿正直に魔法による火力上昇だけを鍛錬としてきたナハスだが、なにも正面突破だけが正義と思っているわけでもない。そうでなければ、ただ火矢を生み出すだけの魔法で、ここまで派生させることもできなかったのだから。
だが、正面でも側面でも同じこと。
どちらにせよ火力馬鹿には変わらない――。
「ネルカ、その知恵、借りるぜ!」
思い出すは少し前、地下からハスディを文字通り炙り出しことを思い出していた。貫くことだけが、焼くことだけが炎矢の使い方ではないことを知ったばかりだ。
展開された炎矢の魔力量を見て、ゴーレムたちは問題ないと判断したのか、石の礫を飛ばし始めた。
耐え忍ぶ中、ナハスは詠唱を開始する。
魔導具を経由しない、彼自身の魔法だ。
詠唱を完了しても尚、その攻撃はやむことをしらない。しかし、永遠などない――その時が来ると、待ってましたとばかりに弓を引いた。ふらつく体を無理矢理抑え、彼は矢を放った。
(今だッ!)
発射された矢は魔物の群れを蹴散らしたときのように散弾し、ゴーレムの体を破壊するような火力こそなかったものの、表面に突き刺さり杭のように残る。すると、杭同士をつなぐように火の縄が生まれ、繋ぎに繋ぎを重ねた結果、炎の網と化すのであった。
「ヘヘッ!これで逃げらんねぇだろうがよぉ!」
だが、これでは温度が足りない。
表面はともかく、分厚い岩の体の内部までは届かない。ゴーレムたちは守りの一手も、逃げの一手も繰り出さない。
だからこそ、彼は詠唱による魔法を貯めていたのだ。
「――『ラヴァファンディーラ』ッ!」
次の瞬間、網が業火と化した。
炎の色がコールマン家の髪色ではない――黄白色。
岩だろうが土だろうが溶かす勢いの超高温に、ゴーレムは瓦解していき、網の隙間から魔物の死体と岩がボトリボトリと落ちていく。どんなに固い物質だとしても、それだけでは防ぎきれないものがあるのだ。
『『『グゥギギギィ!!』』』
複数のゴーレムの断末魔が轟く。
そして、最期は――
そこに生きているのは、人間だけだった。
「ネルカ………すまねぇ。」
ナハスはうつ伏せに倒れ込む。
「助けには行けねぇわ。」
これ以上の魔力消費は、命に関わる。
ネルカの手助けなど、到底できる状態ではなかった。
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