113話:赤髪大暴れ
一方その頃――
― ― ― ― ― ―
王都中央広場に近い場所まで、ハスディは移動していた。
魔王に包まれながら、ハスディはジッと瓦礫の方を見る、
そこには腹に穴を開け、顔面は血により確認不可となっている男が寄り掛かっていた。王都中央へと向かうハスディを足止めすべく動いていたその男は、努力虚しくたった数分程度しか目的を果たすことが出来なかったのだ。
赤髪の炎弓戦士ナハスが、そこに倒れていた。
「さぁ、あなたたち、餌の時間ですよ。」
どこからか現れた魔物化した野犬と、三つ首の魔物がナハスを捕食するために群がる。ハスディは彼の死後が楽園に辿り着けるように祈りながら、王都中央広場へと向かおうと移動を開始した。
次の瞬間――
――聖女が覚醒。
光が王都全土を包んだのだ。
「おお! 神々しい…やはり聖女の力は…素晴らしい!」
死んでいない範疇の者は傷が完全に癒え、魔物化した存在はすべてが元に戻る。それだけではない、魔王の動きが完全に止まってしまったのだ。ハスディは魔王とは共生の関係になりつつある今だからこそ、聖女の力に苦しめられているのが良く分かる。
周囲を見ると、魔物は何も気にせず動いている。
つまり、聖女の力が及ぼしているのは魔王だけだ。
「あぁ…これで…我々の未来の祝福は確実だ!」
それでもハスディは涙を流しながら、歓喜に震える。
ハスディの計画が成功したのなら、それは人々の幸福につながる。
失敗したとしても、聖女がいるなら人々は不幸に立ち向かえる。
そりゃもちろん、成功した方がいいに決まっているが、
失敗に対する様々な懸念点が、今この瞬間に消え去った。
どちらの主張が勝ったとしても、ハスディの勝ちは確定なのだ。
そうしていたところ、彼の背後から轟音が響く。
「アァッ! クソッ! 人様の足食ってんじゃねぇ!」
ほら、赤髪の炎弓戦士もあの状況から復活できる。
これもそれも、聖女がいるからこそだ。
どんな絶望も聖女さえいれば乗り切れる。
ハスディは自身の横まで吹き飛ばされた、三つ首の魔物だったと思わしき黒焦げに目を向ける。そして、未だ弱っている魔王を強引に動かして振り向くと、ナハスが炎の弓を構えて立っていた。衣類は腹部と右足部が破けている。
「おぉ! おぉ! ナハスさんはやはり、見立て通り『祝福された側』の人間だったのですね! この国は素晴らしいですねぇ…私が見てきたどの地域より、祝福された人が多いのですから!」
「祝福だぁ?」
「えぇ、そうです。我々が幸福と感じることができるのは、すべて神から祝福を賜るからこそなのです。私もかなり長い間、この国に滞在しておりましたが、それは幸福者が多かったからに他なりません。つまり、祝福の国だったのですよ。だからこそ、私は『魔王の発芽』をさせる場所として、この地を選んだのですからね。」
「ケッ! それは神のおかげなんかじゃねぇよ。人間の努力のおかげだ。それに、アンタは今、随分と幸せそうだな? それも祝福のおかげってんなら、神も見る目がねぇよ……アンタがやってることは、幸福の破壊なんだからなぁ!」
「ご理解いただけないとは残念です。しかし、経験すれば話も変わることでしょう。私が今から、ナハスさんを『楽園』へと送って差し上げます。」
ハスディがそう言うと、周囲の魔物と魔王の矛先がナハスへと向けられる。周囲の騎士たちは加勢をするべきかと一瞬迷ったようだったが、結局のところ市民の安全を優先して動くのであった。
孤立無援だが、ナハスにとってはその方が都合がいい。
「ヨシッ……誰もいなくなったな。」
ナハスは炎の弓を構える。
通常の矢と違い先端に異様なほどまでの魔力が込められているが、危機感を抱くのは魔物たちだけだった。止めるべく一斉に襲い掛かって来きたものの、射出された瞬間に――
『『『グルアァァァ!』』』
矢の先端が弾け、炎の礫が辺り一面に飛び散った。
その範囲、壁を背にしていたゆえに、魔物を一網打尽。
その威力、先頭の魔物たちを貫通し、後ろにいたのさえも。
その被害、無差別。
「ふーっ。視界がさっぱりだ。」
これこそがナハス・コールマンの修行の成果。
ガマーシュとの戦闘を意識しすぎてしまい、彼の魔法に対する考え方は出力主義へと変わっていってしまったのだ。そのせいで周りの人間が悩みを抱くことになってしまったのだが、もはや彼の修行を誰も止められない。
破壊力――ただその一点だけを考えるなら、彼は本気の騎士団長ガドラクすら越えている。問題は魔力の消費が激しいことと、逆に火力を抑えるのが困難になってしまったことぐらいである。
遠慮しなくてもよい戦闘、今の彼の独壇場なのだ。
魔法の派手さが増すたびに、性格も派手になっていく。
以前はもっと、隊の長として繊細さがあったのだが…。
「だがやっぱり、魔王とやらは無理か…。」
しかしながら、魔法である限り魔王は天敵だ。
聖女の光から回復し、茎根の動きも元に戻っている。ヒュンヒュンと音をさせながらしならせ、ナハスを囲むように移動していた。どうも彼ほどの魔力ならば、完全に消すことができないのか焦げ付いてはいるが、ハスディの元へとたどり着かせるには不十分だった、
そんな時だった。
ドゴォン!
すぐ右に位置する建物が急に破壊された。
そこには屋根を越す体格の岩石魔物――ゴーレムが存在していた。
ゴーレムは様々な生物を模倣するが、今回は少し珍しい人型だ。
それは王都に出現した五体の巨大魔物の内の一体だった。
「次から次へと、勘弁してく…ん?」
驚愕して見上げるナハスの視界には、黒い影が一つ。
「おまっ! ネルカ!?」
「御義兄様! チェンジ! こっちお願い!」
「ったくよぉ! 兄遣いが荒い義妹だな!」
黒衣を使って近くに着地したネルカは、義兄の顔を見ることなくハスディの元へと駆け出し始めた。次々に迫る茎根を切断しながら、高速で近づくネルカ――だったが、複数本に茎根を纏めることでハスディまで後もう少しで止められてしまう。
「ネルカさん…私に構って、大丈夫ですか?」
「もうその手には乗らないわ。乗る必要が無いの。」
ハスディの言葉にネルカはほくそ笑む。
背後からゴーレムによる追撃が来る気配がしているのは、ネルカは重々承知しているが、彼女はそのことについて一切の心配もしていない。確かにあのゴーレムに対してネルカは有効な一撃を持たず苦戦してしまったが、彼女が託したのは――
「だって私の義兄なのよ? 問題ないに決まっているじゃない。」
次の瞬間、背後で轟音と共に――ゴーレムの腕が破壊された。
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