112話:世界は救済を求めている
マリアンネから光が発せられた時、ネルカたちは安堵した。
どのようなことが起きたとしても、本来ならそのような気持ちなど抱くはずもない状況にもかかわらず、人々は強制的に安心感を抱かされてしまったのだ。この感覚にネルカは身に覚えがある、金色の聖女ズァーレと同じ感覚だ。
「マリ…あなた…もしかして、聖女の力が…?」
桃色の聖女――破壊の運命を修復する力。
気付けば、魔王から受けた傷が癒えていた。
気付けば、消費しきった魔力が補充されている。
気付けば、エレナは人間になっていた。
気付けば、斬ったはずの首が繋がっていた。
――生命に関するものすべてが元に戻っていた。
「うっ……ん………あ、あれ…ボク…?」
「エレナ! 良かった!」
「マックス? 何が起…きたの?」
「それが、俺もよく分かんねぇ…。」
二人は未だ仄かに光っているマリアンネの方を見る。
その正体こそ彼女たちは良く分かってはいなかったが、救ったのがマリアンネであることは理解できた。しかし、自身ですらよく分かっていなさそうに口を半開きにしている彼女の姿に、なにも変わっていないとエレナは安心した。
そして、エレナはネルカへと視線を移す。
最初こそ目を合わせていた二人であったが、過程と結果がどうであれ首を斬ったという後ろめたさより、ネルカはたまらず目を逸らした。だが、エレナは斬る決断をしたネルカを褒めこそすれど糾弾などしない。
だからこそ、エレナはエレナのできることをする。
「マリちゃん、ネルちゃん……ボクはもう大丈夫だよ?」
「え…?」
未だに光ったままのマリアンネはエレナの言葉の意図が理解できずに立ちすくんでいる。しかし、ネルカだけは違っていた。喜びを分かち合うことよりも、疑問を解消させることよりも、謝罪をすることよりも――やらないといけないことがある。エレナは何も知らないながらに、それだけは知っている。
「…………そう。分かったわ。」
「うん。頼んだよ、ネルちゃん。」
ネルカは坊主頭の騎士の方を向くと、声をかける。
「三人を、安全な場所への誘導。お願いするわ。」
「…ネルカ嬢はどうするっスか?」
「私は――」
彼女は踵を返して歩き出す。
そこには、大きな瓦礫が大通りへ続く道を塞いでいた。
ネルカが二度鎌を振るうと、瓦礫は割かれて道が開いた。
ネルカの目には怒りの闘志が宿っていた。
「この悲劇を止めてみせるわ。」
― ― ― ― ― ―
聖女の力は――王都全土を包んでいた。
とは言え、ケガが治り、魔物化が治まっただけに過ぎない。
死んだ人間は蘇らないし、破壊された建物は直らないし、ゼノン教の信徒たちは人々を襲い、魔王の茎根こそ動きが止まったものの元から魔物である存在は暴れまわっている。だからこそ、パニックの最中であることには変わらない。
幸いにも敵は王城周辺をターゲットにしているのか、襲撃の激しさには偏りがあったため、騎士たちは人々を王都の外側へと誘導する。
「ふんふ~ん♪ ふふんふん♪」
そんな中、鼻歌交じりに王城側へと歩く姿が一つ。
深くローブを被った初老の女性であるが、その見目年齢と違って足取りと声色は、まるで面白い玩具を見つけて心浮かれる子供のようであった。
女性の正体は――リーネット元側妃。
向かう先は光の中心地で、つまりは目的は聖女だ。
ひとまず今日は、どんな人か見るだけ。
「ふんふ……ん? あれは?」
しかしながら細い路地、奥の方から男女二人組が走って来るのを見つけた。まるで何かから逃げているかのようであったが、すぐにさらに奥の曲がり角からその正体が顔を出した。
緑色のゼリー型魔物だ、二人は魔物から逃げていたのだ。
王都で最も暴れている5体ほど大きいわけではないが、それでも比較が人間であるのならば十分すぎる大きさだ。飲み込まれてしまえば窒息による絶命と、消化は免れないことだろう。
そして、その距離はだんだんと近づく。
二人は悠然と歩くリーネットにギョッとしたようで、特に男の方はこれでもかと言うほどに驚いていた。そして、そのまますれ違ったのだが、彼女の背後の方で男のいら大の叫びが聞こえた。
「チッ! ざけんなッ!」
ゼリー型魔物との距離も数メートル。
このままではリーネットが捕食されてしまう。
ついにはその距離は鼻先まで近づき――
彼女の背後から新たに赤色のゼリー型魔物が出現した。
赤色が緑色を包み込んだかと思うと、そこは完全な赤色一色のゼリー型魔物しか存在していなかった。そして、赤色はそのまま誰かを襲うということもなく、ただ静かに鎮座するだけだった。
リーネットは振り返る。
そこには気絶した女を担ぐ男の姿があった。男の手には筒状の何かが握られており、ちょうど懐に仕舞うところだった。彼女はまるで知人に接するがごとく、男に微笑みかけた。
「ありがとうね――マックス。」
「何してんだよ――リーネット様。」
男――マックス・ハースロン。
表の顔は、エレナの婚約者の若き商会長。
裏の顔は、リーネットと利害の一致。
「いやぁねぇ、新しい聖女の顔を拝みたかったのよ。」
「護衛も付けずに?」
「フフッ、なかなか楽しかったわ。」
「ハァ……バルドロ様さえいなければ、こんな狂った奴に仕えるなんてことはしねぇんだがなぁ。ほんと、頭おかしいぜ。」
「そう言うアナタだって、呪具の収集が趣味だなんて…狂っているわよ。それにさっき使ったのなんて、性格が悪くなくちゃ使えないでしょうに。」
ゼリー型魔物を倒した呪具――名は『レディ・ハンナ』。
元々は心拍や汗を検知して、人の恋心を測るという子供騙しのジョーク魔道具に過ぎなかった。しかし、恋愛事というのは恐ろしいもので、製作者の意図を無視してゆがんだ目的として使われていってしまったのだ。
いつしかソレは、呪具になった。
呪具としての効能は、十数分だけ活動可能なバケモノを生み出すというもの。ただし、原動力は魔力ではなく――『恋心』だ。もちろんタダというわけではなく、恋心を消費するものであり、一定以上の強い想いを持っていると対象は心の差に耐え切れず気絶してしまう。
「あぁ、今回のカノジョは過去一で恋心を引き出せたと思うぜ? この強さのバケモンを作ってもなお、まだまだ呪具の養分としての価値を残してんだ。ヒヒッ、もうちょい婚約者として、いさせてもらからな。」
「ふ~ん、興味ないわ。じゃ、聖女のとこまで案内よろしくね。」
「おいおい、帰るぞ…バルドロ様に怒られて、約束を破棄でもされたら…俺はアンタに協力する理由なんてなくなるからな。意思の宿った呪具なんて初めてだし、研究の約束は是非とも守ってもらわなくちゃ困る。」
「あら、アナタがいなくなるのは勘弁ね。帰りましょう。あぁ、嫌だわ、何の収穫もないまま王都を去るなんて。今回も負けよ。」
「負け…?」
「だってそうじゃない? ここで聖女が覚醒したということは…聖女を求める事態を引き起こしたのが…ゼノン教であって、私じゃなかったってことでしょう? いやねぇ、悔しいわ。世界は今、救済を求めているのよ。」
「へいへい、そういうことね。」
「世界が救済を求めるのは私でなくちゃ、いやよ。世界に喧嘩を売って、世界を苦しめて、世界を手中に入れる……フフッ、それはどれほどの困難で、どれほどの達成感を得られて……どれほどの困難を世界中の人に経験させてあげれるのかしらね?」
マックスは理解できないとばかりに肩をすくめると、空いた方の手でリーネットを引っ張る。彼女は名残惜しそうに光の中心地を方角を見たが、しょうがないと諦めて王都の外側へと歩き出した。
光はもう収まっている。
しかし、そこに聖女がいるということは、誰もが感じ取っていた。
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