108話:真実
物語の説明には『想定としては100話×3部構成』と書きましたが、
このままいけば140~150話ぐらいになりそうです。
原因は明白――予定にないアドリブ書きでサブキャラを活躍させてるからです。
この国の主となる宗教は――ベルガー教である。
王家の名前が宗教名となっている通り、信じる対象は神様ではなく代々国を守ってきた長たちである。つまり個人の平和などではなく、国の平和を求める宗教ということだ。
かと言って、神を否定しているというわけではない。
ただ、あえて神について言及しないようにしている。
その理由は簡単だ――他の宗教と共存できるようにである。
「ハスディ様! どうして! こんなことを!」
そんな中でハスディはベルガー教の司祭を務めている。
本来ならさらに上の、それこそ最上位の役職まで進むことを約束されていたのにもかかわらず、『活動が縛られるから』という理由で本人が辞退してきた無欲の聖職者。多くの人々に救いの手を差し伸べ、ベルガー教のお手本だとさえ言われている。
そして、マリアンネとハスディは十数年の付き合いがある。
彼女が物心ついた時から、彼は皆の『平和の象徴』だったのだ。
それなのに――
「アタシたちは! ハスディ様がいたから! いてくれたから! 笑える日々を過ごすことができたんです! あの毎日は嘘だったんですか! アタシたちを騙していたってことですか!」
「おや? なにか勘違いしていませんか? マリアンネさん。」
「え?」
「これは宗教活動の一環なのです。私はただ、多くの人々に幸福を与えようとしているにすぎない、この気持ちに嘘偽りなどどこにもないのですよ?」
今の彼の笑顔は、いつもの笑顔だ。
善人で、幸福人で、人間が好きで――誰よりも優しい聖職者。
人を殺す気で動いてなお、彼はいつもの彼なのだ。
だからこそ、マリアンネは気が狂いそうになる。
彼女を庇う様に前に出たのは、赤髪の義兄弟だった。
「そう…あなたはこの現状が、幸せになるために必要なこと…そう言うのね。でも私は、少なくとも、地下にいた男性が幸せだったとは思わないわ。」
「彼は言いましたよ。自分は貧しくて、不幸なのだと。」
「それで?」
「不幸しか感じない人生に生まれてしまったこと…それ自体が悪なのです。」
「お、おい! じゃあ、さっきのスリ……あいつはどうして逃がした!」
「彼はまだ…まだ更生の余地が残っているではないですか。」
スリの男は弱者ではない。
ならば、この先に心を入れ替えることが可能だ。
しかし、魔物化に使った男は弱者だ。
ならば、心を入れ替える以前の問題で、何もできない。
善人にも悪人にもなれない、底辺を歩くことしかできないような――人間的にではなく、人生的に――どうしようもない人間――生きる価値などどこにもない。それこそがハスディという男の正義なのだ。
「もういいわ、あなたは敵よ。」
ここで躊躇なく殺す選択が取れるのがネルカである。
たった二日ほどの付き合いでこそあったが、彼女の中でもハスディと言う男は善人の部類となっている。そして、目の前の彼は今でも、善を信じて動いているのだと――彼女の感性を以てしてもそう判断させるだけのものがあった。
それでも、彼女にとって善人か否かは大事なことではないのだ。
心が善でも行動が悪であるのならば、残る判断は敵かどうか。
「死ね。」
彼女の動きを捉えられたのは騎士たちだけだ。
戦いとは無縁の者たちは、閃く剣がハスディの首元へと向かったことなど知らない。そして、知らないのはハスディも同様のことだった。
「おぉっ!」
その刃が蔦根によって受け止められて初めて、彼は自身が攻撃されたことに気が付いたようだった。刃は4分の1ほどしか食い込んでいない、やはり黒魔法の鎌でなければ鋭さが足りないのだ。
「チッ!」
追従するように四方八方から攻撃が繰り出され、彼女はバックステップを踏みながら剣で受けつつ距離を離す。植物が追撃を止める距離まで移動したころには、すでのその位置は最初の位置だ。
(反応はできていなかった、それでも守られたということは…。)
蔦根はハスディの命令に従う――だが彼の安全が優先第一。
植物が何を知覚し、どう考えているのかは定かではない。
しかし、相手は魔物なのだから、常識に当てはめるべきでもない。
そういうものだとネルカは自分に言い聞かせた。
彼女はこめかみに生じた掠り傷から垂れる血を拭う。
そんな彼女にハスディは上機嫌に語り掛ける。
「しかし、ネルカさん、自身が魔法を消される側に回るとは思わなかったでしょう? この植物について、気になりますか? 気になりますよね?」
「……。」
「――この植物こそが、魔王ゼノンなのですよ。」
「「「は?」」」
その言葉に『ゼノン』の名の意味することを知っている者から、同時に困惑の声が漏れ出た――ネルカを除いて。そう、彼女だけはある程度の予想をできていた――今回の一件は側妃ではなくゼノン教によるもの――この植物が魔王に由来する何かしらであるということを。
「影の一族のルーツは…母から聞いたことがあるわ。なんでも、とある魔物の因子を体に入れ込んだことで、その力の片鱗を扱うことができ……数人に一人が遺伝するらしいわね。それこそが黒魔法だと。」
「おや、ご存じでしたか。」
「さすがにそれが植物型の魔物だったとか、魔王だったとかまでは知らなかったわ。それに、こんなことを可能にした先祖なんて、どうせ誇れる奴じゃないに決まっているじゃない。」
「ほう。」
「あなたたちだって同類よ。」
「おや、これは手厳しい。」
いつの時代も、どこの地域でも、魔物の力を使おうと考える者は現れるものだ。その弊害を食らうのは決して『当時』だけではない。例えばダッカール子爵家のように、例えば影の一族のように――いつかはゼノン教も、あるいは今のゼノン教がそうなのかもしれない。
「しかし、私とて無駄な争いは避けたいものです。あぁ! なら、ゼノン教の話でもしませんか? きっと皆さんなら理解ってくれるはず、説得というやつですよ! 皆さんも気になっていることも多いはずでしょう? 今日は特別ですよ、これでも私は幹部をしていますので、ただの信者では知らないことも知っているのです。」
すると、地面を割っていくつかの根茎がさらに現れる。
いずれにも二、三個ほどの例の蕾が付いている。
これが一斉に開花してしまえば――ネルカは判断に迷ってしまう。
説得などではない、これは脅迫だ。
そして、ハスディは落ち着いて語りだした。
「魔王とはいかなる存在で、ゼノン教が何を目指しているか――」
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