104話:聖職者ハスディの不思議な巡りあわせ
ハスディと子供二人は棒付き飴を片手に、道を歩いていた。
そろそろパレード組も飽きてきただろうか。
今ごろネルカとマリアンネはどこにいるだろうか。
そんなことを考えつつも、自分たちは十分に楽しんでいた。
「ハスディさま~。つ~か~れ~た~。」
「俺も! 俺も! 歩きっぱなしだもん!」
「そうですね。私もですので、どこかで休憩でもしましょうか。」
「「やった~!」」
そうして、良い感じの店がないかを探していたところ、徐々に人が多くなってきた。大通りからの歓声も聞こえなくなっており、パレードが終わったと悟ったハスディは、混むことを危惧して急ぐことにした。
だからこそ、警戒が薄くなってしまっていた。
「あっ! スリだよ!」
気付いたのは子供だった。
歳が歳なこともあって、ハスディは咄嗟の反応ができなかった。
慌てて振り返るも、犯人と思わしき人間が路地裏へと走り逃げていく後ろ姿だけ。もう無理であることは百も承知であったが、彼らは心境的に追いかけざるをえなかった。
そして、角を曲がった先で――
「いでででで! 俺はやってねぇって!」
「あ~はいはい、テメェがスったところ、見てたからな。」
スリの男が帯剣した赤髪の男につかまっていた。
赤髪の男は――ナハスだった。
初め、ハスディは赤髪の男がネルカだと勘違いしてしまった。
しかし、身長も、日焼け具合も、声の低さも、目も、雰囲気も違う。
そのため、ハスディは似ているだけの別人であると結論づけた。
義兄であるとは露知らず。
「あぁ! どこのどなたか存じませんが、ありがとうございます!」
「おっ、運がよかったなぁアンタ。ほらよ、取り返しといたぜ。」
「良かったぁ。困るところでしたから。」
そう言うとハスディは受け取った財布を開いた。
そして、「これは感謝だと思って受け取ってください。」といくらかのお金をナハスに渡す。さらに財布から一掴み程度のお金を取り出すと、自身のポケットに入れた。
その後、スリの男のポケットに財布を入れ込んだ。
「「は?」」
疑問の呟きはナハスとスリの男が同時だった。
思わず拘束の手をゆるめたが、男は逃げ出す素振りもしない。
二人が口を半開きにしているのに対し、ハスディはニコリと笑う。
「あぁ、少ないということですか? すみません、今日はこの子達に美味しいものを食べさせたくて……スッカラカンというわけにもいかないのです。」
「い、いや…ちげぇだろ。アンタ、スられたんだぜ? もっとこう…何か…あるだろ。怒るとかさぁ、そういうのがあるだろ。」
「その方には天罰が下っていないですから。神が天罰をお与えになっていないということは、『まだやり直せれる』ということなのでしょう。ならば、私は神を信じるだけですので。」
そう言って子供たちの手を取り立ち去ろうとするハスディに、スリの男は慌てて肩を掴んで引き留める。あまりの事態にナハスは反応が少し遅れてしまったが、なんとかその手を体から引き離すことには成功した。
「おいアンタ! 情けをかけるってのか!」
「情け? いいえ、そんな理由ではございませんよ?」
「俺らぁな、アンタみたいなやつが大嫌いなんだよ! あーだこーだと難しいこと言って、本音のところは他人に『してあげた』ってのが気持ちいいだけだろぉ? ケッ、どうせ同じ人間、中身はクソなんだよ!」
ナハスに羽交い絞めにされながらも唾を飛ばして喚き散らす男に、数人の野次馬がなんだなんだと大通りから顔を覗かせていた。そんな中でもハスディは落ち着いており、顎に手を置きながら穏やかに口を開く。
「それは『動機が不純』ということでしょうか?」
「あぁ、そうだ! 偽善だ! 偽善!」
「動機が不純であれば、それは悪なのでしょうか? 例えば、川でおぼれている人がいたとして、『礼金が欲しいから』という理由で助けた場合……それは悪になりますか?」
「いや…、違う…けど…悪ではねぇが、善でもねぇだろ!」
「人を幸福にする行為というものは、理由が存在してしまったら…価値が落ちてしまうのでしょうか? その幸福は霧散してしまうのでしょうか? それは違います、幸福は幸福であり、不幸は不幸なのです。それは過程や理由などに左右はされないでしょう。善か悪かは判断の基準にすぎないのですよ。」
ハスディは男をチラリと見る。
服装も体形も、困っているようには見えない。
なれば、スリをしなければならない類の男ではないのだろう。
富でも貧でもないからこそ持つ不満を、ハスディは感じ取る。
男は救う側に回る余裕がある。
まだ、彼は救える。
どうしようもない人間ではない。
それを導くのがハスディの仕事だ。
「偽善? いいではないですか。誰も不幸にせず、誰かを幸せにするのであれば。『それでもいい』…そう思って生きてみてはいかが? きっと世界は明るく見えてくるでしょう。」
「……。」
「人が幸せであること…見るだけだから妬むのです。人を幸せにしてみてはいかが? きっと神があなたに祝福を与えるでしょう。もし、それで何もなければ…私を罵っても構いません。まずは一度だけでも…偽善でも…人を幸せにしてみては?」
「……ふんっ!」
「『偽善』と『何もしない人』ならば、私は『偽善』を推します。」
ハスディは伝えることは伝えたと言わんばかりに、ニコニコと男に笑みを向ける。すると男は、「ケッ…酒代だけもらっとく。」と言って財布から銅貨一枚だけ抜き取ると、ハスディに財布を投げ渡した。
路地裏の奥へと歩くその後ろ姿は猫背だった。
しかし、振り返る前の男の目に対し、ハスディは満足気だった。
「まぁ、被害者がいいってなら…構わないが。僕は別に王宮騎士団ってわけではないし…。附には落ちねぇけど。」
ポリポリと頬を掻くナハスは、受け取ったお金を手の上で転がす。
すると、子供のうちの一人が彼の近くまで来ており、裾を引っ張って見上げるのであった。どうしたのだろうとナハスはその目をジッと見るが、何も動こうとしないので思わず「どうした?」と問いかける。すると、答えるように子供はその口を開いた。
「ねぇねぇ、お兄さん、死神様に似てるね。」
「誰だよ死神様って。」
「厄災を覇して闇夜を駆ける漆黒の死神だよ!」
「なおさら知らねぇよ! なんだそのダサい二つ名は!?」
「ネルカさんのことですよ。親戚か何かの方ですか?」
「お、おい、爺さん! ネルカ…あぁ、義妹に会ったのか!」
「おや、ご兄弟でしたか。えぇっと、パレードが始まる前に…早めに大通りの反対側に行ってしまわれましたが…。何か、僕でできる範囲であれば、お手伝いしましょうか?」
ネルカの名前を聞いて焦り始めた、というより焦らなくてはいけないことを思い出したかのようなナハスの態度に、ハスディは思わず協力の言葉をかけた。すると、ナハスは一呼吸入れると、重要事項を伝えるようにゆっくりはっきりと言葉を出す。
「じゃあ、もし会ったなら、伝えといてくれないか?」
「伝えるだけですか? 構いませんよ。」
その情報は調査の末に辿り着いた――不安。
本来ならば、一般人である彼らにお願いすることではないが、取り返しのつかない事態になるかもしれないからこそ、なりふり構ってもいられない。子供の前であることを考慮せず、彼はネルカへの伝言を託すのであった。
「――マックス・ハーロンが王都に魔物を持ち込みやがった。」
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